第21話 捕らわれのアキト

 ベアトとリースが来てから数週間が経過した。二人が互いの文明から持ち出してきた建築用の魔道具やツールにより、かつての魔王城は信じられないほど近代化した建物に様変わりして快適な生活を送れていた。


「はっはっは、おもしれぇ! ありがとな、ベアト」

「これくらい、アキトお兄ちゃんの護衛として当然の気配りだよ!」


 続きが気になっていたアニメや漫画も、ベアトに買ってきてもらったりナノマシンを通して録画記録を見せてもらったりすることで鑑賞することができるようになった。それだけではない。


「アキトお兄様、食事の支度ができましたよ」

「おう! うめぇ……リースの作るメシは最高だな!」

「ふふふ。アキト様の好みの味はイリーナ様からバッチリ伝授されておりますわ」


 母さんの料理の味を完全にトレースした食事にありつけるようになり、もう、他の世界を探索なんてどうでもいいかな、と思い始めていた。

 そうして、ベアトとリースの二人に両脇を固められて満面の笑みを浮かべる俺に、春香が呆れた声を上げる。


「アキくん、完全に二人に餌付けされちゃったね」

「……ハッ! 確かに!」


 俺が思わず二人から距離を取ると、二人から舌打ちが聞こえてくる。あぶない、あぶない。ベアトとリースも幼い外見に似合わずコミュニケーション能力が高すぎるのだ。

 それだけではない。ベアトは父さんがしていたという人々に害悪をなす魔獣の討伐を積極的にこなしているし、リースは母さんがしていたという貧しい者への施しをデルタ世界で行っている。二人とも人間的に尊敬するべき面を持っており、ベアトもリースも年齢にそぐわない細やかな気配りができる。

 そんな二人だからか、傍にいると安心してしまう不思議な感覚に襲われ、あっという間に家族のように親しい間柄となってしまったのだ。


「もう。アキくんはベアトちゃんかリースちゃんどちらかの国に行くの?」

「いや、そんなことはないぞ! 俺は自由気ままに生きるんだ! それに……そうしたら春香と一緒に暮らせるかわからないじゃないか」

「アキくん……」


 そうして俺と春香が見つめあい互いに距離を詰めて抱き合うと、コホンとわざとらしく咳払いをする声が聞こえて思わずパッと離れる。


「もう昼間からお熱いなぁ! お兄ちゃんが春香お姉ちゃんのことを大好きなのはわかったから、大丈夫だよ」

「その通りです。春香お姉様を正妃に迎えて、その上で側妃を沢山娶ればよろしいのですわ。殿方憧れのハーレムです!」

「いやいやいや、側妃とかハーレムなんて考えられないからァ!」


 こうして時には価値観の違いに悩まされつつも、春香とベアトとリースの三人、穏やかな日々を過ごした。


 ◇


 そんな充実した生活を送っていたある日、二人が俺から離れた機会を狙って春香が意を決したような表情をして問いかけてくる。


「アキくんに三、四歳年下の妹さんっていたっけ?」

「そんなのいるわけないだろ。何年一緒にいたと思っているんだ」

「あのね、私は血のつながった人同士が何親等離れているか、手を触れればなんとなくわかるの。ベアトちゃんとリースちゃんはアキくんと二親等しか離れてないよ」


 二親等というと……兄弟か祖父母に孫だっけ。親父とお袋に隠し子なんていたのか。お兄ちゃんだのお兄様だの呼ばれるのもこそばゆい気がしていたが、実は本当にそうだって?


「そう……なのか。俺に妹がいたなんて知らなかったな」


 そうすると双子? 異母兄弟? あの親父が浮気なんてあり得るのか? 俺は外にいるはずの二人を見ようとバルコニーに出た。その瞬間――


 プスッ……


 ショッキングな事実に気を取られたせいで、俺はその接近に気が付けなかった。


 ドサッ!


「アキくん!」


 倒れ込んだ俺に春香が近寄ろうとしたが、空間転移してきた存在に阻まれた様子が見えた。

 意識はあるが、まったく動けない。ナノマシンの解析によると、どうやら何かの麻酔薬らしい。急いで解毒を進めているが、すぐには回復できなそうだ。


「やれやれ、やっと隙を見せてくれたか」

「誰!? アキくんをどうするつもり!」


 何者かに背負われ連れ去られようとする俺を春香が呼び止める。


「彼には然るべき場所で我らの主人として君臨してもらうつもりだから心配しないで欲しい。ただ、君の中の存在は危険だから、一緒に連れていくことはできない」

「おい。余計なこと話してないで、さっさと転移するぞ。邪魔したな、天元の巫女よ」

「アキくーん!」


 なんとか動くようになった首を上げると、異世界転移を発動させた不審者二人に駆け寄り手を伸ばす春香の姿が見えたが、それは一歩届かず俺は見知らぬ星に連れ去られたのだった。


 ◇


 麻酔薬の解毒を終えた俺は、転移が効かない特殊な部屋に軟禁されていた。ナノマシンに記録されたログを辿ると、元の地球が存在する世界のようだが場所は何億光年も離れている。どうやら別の銀河に拉致されてしまったようだ。

 もはや足掻いてもどうしようもないと、備え付けのベッドに横になって休んでいたところ、不意にスライド式のドアが開く音が聞こえメイド姿の女の子が姿を現した。栗色の髪をお下げにしたその子は、トレイにティーカップと水を持ってこちらにやってくる。


「アキト様、解毒は済みましたでしょうか。ご気分がすぐれないようでしたら、お薬をお持ちしますが……」

「あのな、問答無用でどことも知れない場所に連れてこられて気分がいいわけないだろ。それで? お前らは親父とお袋どちらの関係者だ」

「どちらの関係者でもございません。強いて言えば、アキト様の関係者でマリーと申します」

「はあ? 何言ってんだ。この世界では地球にしか知り合いはいないぞ」


 念のためナノマシンで過去記憶と目の前の女の子の顔を高速照合してみるが、一致する人物は深層記憶にも存在しなかった。


「それはこれから説明致しますが、その前にこれをご覧くださいませ」


 何をするのかと黙って見ていると、マリーは魔法で水を沸騰させながら缶に入った青葉をナノマシンで発酵処理して茶葉にして、二つを合わせて紅茶を淹れてこちらに差し出してきた。


「お前、もしかして……」

「はい。アキト様と同じ、魔法と科学、二つの文明の間に生まれたハーフですわ」


 そう言ってニコリと微笑むマリーに、俺はどう反応していいか分からず黙り込んだ。


 ◇


 アキトが統合派のアジトに連れ去られたあと、デルタ世界では残された春香はベアトとリースにアキトが拉致されたことを知らせていた。


「大変だよ! アキくんが知らない男の人たちに連れ去られちゃった!」


 対するベアトとリースは、落ち着き払った態度でお互いを見て不敵に笑って傲然と言い放つ。


「ようやっと動いたか。あまりにもグズグズしておるから、わざとアキトの元を離れてやった甲斐があったわ」

「ええ。これでも事に及ぶことができないのであれば、泳がせるのをやめて二人を捕らえて手仕舞いにするところでした」

「ええ!? な、何を言っているの! それじゃあワザとアキくんを襲わせたみたいじゃない! というか、ベアトちゃんもリースちゃんもどうしちゃったの? いつもと全然雰囲気が違うじゃない!」

「「……あ」」


 しまったと口を開けた二人を春香が問い詰める前に、二つの転移ゲートが開きメリアーナとアリシアが姿を現し、ベアトとリースの二人に報告を始めた。


「ベアトリーゼ様。彼奴等のアジトを突き止めることに成功しました」

「ヘイゼルリース様。近衛連合軍、配置を完了しております。すでに突入の合図を待つのみですわ」


 久しぶりに見た二人がベアトとリースの二人に跪いて頭を垂れる姿は戸惑う春香を更なる混迷の渦に落とし入れたが、ベアトとリースの二人は揃っていつもの調子でカチコミを告げる。


「それじゃあ、アキトお兄ちゃんを助けにいくよ!」

「ついでにお兄様を拐かした不届き者を叩き潰してしまいましょう!」

「「エイエイオー!」」


 そんな二人の言葉に、メリアーナとアリシアは共に立ち上がってキビキビとした動作で敬礼すると、五人は揃って世界を越えるゲートの光に包まれた。

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