第5章 未来分岐の特異点

第20話 奇妙な二人の護衛

「では、いまだに統合派の足取りは掴めぬと申すか」

「はい、申し訳ございません」


 サージェリオン銀河帝国の主星にある宮殿で、アリシアは女帝に統合派閥の足取りについて報告をあげていた。


「こうなったらアキトに新たな護衛をつけよう」

「このアリシアでは不足でございますか? もしや、新たな婚約者を立てるおつもりでしょうか」


 もし新たな候補が立てられるというなら叩き潰すまで。そう決意を固めて闘気を漲らせたアリシアを、女帝は右手をあげて制する。


「慌てるではない。同年代の女子の誰を送っても、サリオンが鍛えし我が孫には勝てまい。其方やサリオンと同じく天武の才を持っておる」

「さようでございますか。しかし、アキト殿の性格を考慮しますと下手な者を送っては逆に賊に利用されかねません」


 アキトは優しい性格をしている。守られる立場でありながら、逆に護衛を守ろうとしかねない。そんな危惧を訴えると女帝は余裕の笑みを浮かべた。


「心配は要らぬ。そちもよく知る者ゆえ、安心するがよい。少なくとも、其方とサリオンよりは強い」

「は? サリオン様よりもですか!」


 そのような者、聞いたこともないと首を傾げるアリシアを尻目に、女帝の隣に控えるサリオンが口を開く。


「母上、まさかとは思いますが……」

「そこまでじゃ、サリオン。とにかく、護衛をアキトの元に向かわせるので、アリシアは今まで通りアキトを影から守ること。以上じゃ!」


 釈然としない表情を浮かべつつ退席するアリシアの背を見送りつつ、中空に映し出されたアキトの映像を見つめる女帝に、サリオンが再度確認する。


「母上、本気ですか。さすがに色々と問題がある気がするのですが」

「十五年も連絡をよこさずメイガスの皇女とねんごろに過ごして、子供まで作っておった其方よりは問題なかろうよ」

「う……それは返す言葉もございません」

「では、後の調整を頼んだぞ」


 こうしてアキトの元に新たな護衛が送り込まれることとなった。


 ◇


 リフォームした魔王城を拠点に、辺境伯とは名ばかりの開拓デベロッパーとして魔の森を切り開く忙しい毎日を送っていたところ、変わった風貌の幼い女の子が訪れてきた。


「私はベアトリーゼ・サージェリオン! ベアトって呼んでね、アキトお兄ちゃん!」


 歳の頃は十二歳くらいだろうか。アリシアとよく似た水色の髪をポニーテールにした少女は、アクアマリンの瞳をくるくると輝かせながら俺の腕にしがみついてくる。名前からして科学文明の銀河から転移してきたのだろうが、アリシアはどうしたのだろうか。


「えーっと、新たな婚約者候補だとか言わないよな?」


 そう言うと、ベアトはキョトンとした表情を浮かべたかと思うと、ケラケラと笑ってそれを否定した。


「違うよ! ベアトはお兄ちゃんの護衛に来たんだ!」

「護衛だって? いや、それはちょっと無理がないか?」


 目の前の女の子に守られる自分を想像しただけで笑ってしまった。


「むー、そんなことないよ! じゃあ、ちょっと組み手しようよ!」


 ベアトはそう言って俺の手を引いて中庭に連れ出す。


「あれ? アキくん、その子はだれ?」

「ベアトリーゼ・サージェリオン、多分、親父の縁戚だ」

「よろしくね、春香お姉ちゃん! ベアトって呼んでね!」

「うん、よろしくね、ベアトちゃん」


 差し出した手を握ったところで、春香の動作と表情が固まった。


「どうした春香。あ、そういえば春香に読心を使ったら駄目だぞ。中に怖い女神様がいるからな」

「それは聞いているから大丈夫! それより早く組み手しようよ!」

「仕方ないなぁ。ちょっとだけだぞ」


 俺は親父との稽古の前のように定型の礼をしたあと、様子見で寸止めするつもりで軽く正拳突きを放ち、


 トサッ……


「あれ?」


 気がつけば仰向けになって青空を見上げていた。


「はい! ベアトの勝ち!」

「嘘だろォオオオオオ!」


 動きが見えていなかったわけではないが、まるで羽毛が地面に舞い落ちるかのように優しく地面に投げられていた。どういう仕組みかさっぱりわからない。


「も、もう一度だ! 今のは油断していたんだ!」

「いいよ! 次はちゃんと全力で打ち掛かってきてね!」


 どうやら手加減するほど弱くはないようなので、言われた通り今度は全力で手刀を突き入れ、


 トサッ……


 先ほどとまったく同じように地面に投げ出されていた。


「もう! 本気でって言ったでしょ!」

「いやいやいや! 本気だったぞ!」

「もう! アリシアお姉ちゃんと戦ったとき最後に使っていた技があるでしょ?」


 つまり、ベアトは全力で身体強化した状態の俺を見ていながら、なお本気で来いと言っているようだ。

 俺は立ち上がってあらためて構えたベアトの佇まいを見る。どうやら幼い姿に騙されていたようだ。まったく隙が見当たらない。


「……わかった。本気で行く。これが最後だ」

「うん、いつでもきて!」


 俺はナノマシンに身体強化の魔法を発動させ全力の身体強化をすると、親父に教わった最速の拳技を繰り出すことにした。


「光技、瞬光!」


 トサッ……


「うん! 良く鍛えているね!」

「ウッソだろ……親父より強えぇ」


 そこには拳を突き出した格好のまま地面に投げ出され、ヨシヨシと頭を撫でられる俺がいた。色々な意味でまるっきり子供扱いだ。

 勝てるビジョンがまったく浮かばないなんて、いつ振りだろう。小さい頃の俺と親父ほどの差が、今の俺とベアトの間にある。どうなってんだ?


「お兄ちゃんに影技は少し早かったかな。十年か二十年くらいベアトと組み手を続ければ防げるようになるよ!」

「十年や二十年って、ベアトは何歳だよ」

「お兄ちゃん? レディに年齢を聞いたら駄目なんだよ!」

「そんな若いベアトに言われてもな。まあいいや。ベアトが強いのはわかったよ」


 俺も結構強くなったはずと思っていたが上には上がいるもんだ。肉体をいくら強化しても、技だけであしらわれていたらどうにもならない。

 俺は立ち上がって埃を払うと、頭の中の予定帳に自己強化計画の練り直しを明記したのだった。


 ◇


 ベアトリーゼとアキトが組み手をする様子を遠くからうかがっていたメリアーナは、その隔絶した技量にアリシアに問い詰めた。


「ちょっと、あの子はなんですの? アリシアさんより強いじゃないですか」

「統合派からアキト殿を守るために、皇家が用意した護衛です」

「冗談でしょう? あんな子がいて、貴女がロードビアを名乗れるなんておかしいですわ!」

「まったくです。帰ったら陛下に称号を返上しなくてはならないと真剣に考えていたところです」


 アリシアはサリオンよりも強い護衛と聞いて半信半疑でいたが、送られてきた少女はアリシアの想像のはるか上をいく使い手だった。アリシアがベアトの組み手の相手をしても、アキトと同じように成す術なく地面に転がされると容易に想像がつくほどだ。


「サージェリオン一族の年頃の女子の中で、アキト殿の婚約者に相応しいのは自分だと自負していましたが、とんだ思い上がりだったようです」

「でも、婚約者ではないと否定していたではありませんか。彼女からは家族のような親愛の情は感じられても、恋愛に結びつくような感情は見受けられませんわ」

「確かに。でも年齢を考えれば数年後はわかりません……」


 新たなライバルの登場にメリアーナとアリシアは戦々恐々としていたが、更に二人を驚かせるような存在がもう一人出現したことで、真実を知ることになる。


 ◇


 組み手をしたあと中庭でベアトに稽古をつけてもらっていると、ベアトと同じような年頃の少女が姿を現した。長い金髪を後ろで結い上げ、お袋のような翡翠の瞳をした彼女は、非常に洗練した立ち振る舞いで挨拶をしてきた。


「こんにちわ。アキトお兄様。私はヘイゼルリース・メイガス、リースとお呼びくださいませ。私も、お兄様の護衛として参りましたわ!」

「へ? お袋の親戚かな。でも、リースみたいな綺麗なお嬢様に護衛は無理じゃないか?」

「そうです! アキトお兄ちゃんは、ベアトがいれば大丈夫です!」


 そう言ってベアトは俺の腕にしがみつくと、リースの方を向いて舌を出していた。

 その様子にカチンと来たのか、目の前のフランス人形のような造形をした女の子は、その見た目からは想像もできないような超高密度の魔力を立ち昇らせた。


「なにがお兄ちゃんですか、無理にも程があるでしょう。丁度いい。今、ここで叩きのめして差し上げます」

「そっちこそ人の真似をして、お兄様とは笑わせる。返り討ちにしてくれよう」


 口調も表情も変わり、底冷えする魔力と烈火のような闘気が二人の間でバチバチと物理的な音を伴って鍔迫り合いをしていた。

 そんな一触即発の雰囲気に、俺は思わず間に入って仲裁を試みる。


「だ、駄目だ! 二人とも可愛いんだから傷つけ合うようなことはしないでくれ!」


 正直、どちらもまるで抑えられる気がしなかったが、俺の言葉に先程までの濃密な殺気を嘘のように引っ込めて、二人とも上機嫌に微笑んだ。


「嫌ですわ。ほんの冗談です! お兄様」

「そうそう。いつもの挨拶だよ! お兄ちゃん」

「ホントかぁ? というか、二人とも知り合いだったんだな」


 いつもこんな挨拶をしているなんて、喧嘩するほど仲が良いパターンかもしれない。


 そんな能天気な感想を抱いた俺は、後にそれがとんでもない思い違いであることを知ることになるのだった。

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