第13話 商業都市カサブランカ
「良かったな、アキト。連れと仲良くなれて」
「……何のことだ?」
「聞くつもりはなかったんだが、ドワーフは耳が良いんだ」
すぐに外に出たから安心しろと豪快に笑うガルフの顔を見て、俺は次に春香が部屋を訪れたら厳重に防音結界を張ることに決めた。
それにしても、女神様に願えばあっという間に熟睡できるとはご利益があり過ぎて依存してしまいそうだ。
そんなことを考えていると、不機嫌そうな女神様の念話が届く。
『次に、あのようなくだらん願いをしたら其方の勇者認定を外した上で春香に関する記憶を消す』
「ごめんなさい。もうしません。許してください」
「気にすることはない。アキトや春香の年齢を考えれば普通だろう」
「あ、ハイ……」
どうやら女神様の念話はガルフには届いていないようだ。これでは続きを楽しんでいたと言っているようで気恥ずかしい。
当然のことながら発信元とも言える春香には届いているはずだが、一連の会話に赤面する様子も見せない。
よくわからないが、ガンマ世界への転移前後で急に精神的に強くなったようだ。何だかメリアーナと対峙した時と同じような印象を春香に感じ始めたことに、自分だけ置いて行かれるような錯覚を覚えて焦ってしまう。
「おお、見えてきたぞ。あれが商業都市カサブランカだ」
ガルフの声に前を向くと、城壁で街の周囲が囲まれた城郭都市が遠くに見えた。向かう北門だけでなく東西からも馬車が行き交う様子を見ると、かなり大きな都市のようだ。
「ここまで発展した都市を見るのは初めてだな」
「すごい、映画みたい! ああいうの旅行会社のパンフレットで見たことあるよ!」
そう春香も感嘆の声を漏らすが、生活基盤を築こうと思ったら都市というのは案外不便なものだ。近くに魔獣も出没しないだろうから安直な冒険者稼業はできないだろう。
「ガルフ。俺たちは今まで魔獣を倒して生計を立てていたんだが、あの都市に住む人たちはどうやって暮らしているんだ?」
「魔獣を倒していただと? そんなふうに見えねぇが……そうだな。大きく分ければ二つ、物を作って売る職人か、ああして他所から仕入れた商品を運んできて売る商人のどちらかだな」
「やっぱ、そうか。少し街の中を見たら辺境に行くのが良さそうだな」
「あてがなければ俺っちの店でしばらく働いてみないか? 」
ありがたい申し出だが、俺が武器を作ったら問題がある気がする。ガンマ世界の刀剣を見たわけじゃないが、今までと大差ないと仮定すると素材からしてオーパーツになってしまう。
ちょうど良いから、半分ネタで作った刀でも見せて感想を聞いてみるか。
「実は俺も武器をつくるんだが、これを見てどう思う?」
そう言ってディメンション・ボックスから特殊鋼で作った刀を取り出し差し出した。
ガルフが柄を握って鞘から刀身を抜き出すと、美しい波紋をした日本刀が姿を現す。様々な角度から刀身を眺めていたガルフは、日本刀の積層構造や片刃の外側と内側の硬度の違いからしなやかさを見抜き、随所を褒めては感嘆の声を上げる。
「すげぇ。こんな業物、見たことねぇ。これも例の不思議な力で作ったのか?」
「そうだな。俺自身が鍛治をするわけじゃない」
補足するならば、刃の先はナノマシンにより魔力を通しやすい特殊素材で薄いコーティングが施されている。魔力を通して切れないものは、ガンマ世界では存在しないだろう。
「あんまり強い武器が流出して治安が悪化しても困るんで、どれくらいなら市販品と変わらないか教えてくれ」
「わかった。店に着いたら俺っちが作ったものがいくつかあるから、それを見て判断してくれ」
「わかった。ありがとう」
攻撃を受ける剣ごとスッパリと切ってしまうような代物を盗賊が手にしたら大変だろう。永住するなら識別タグを内部に仕込んで遠隔操作で溶解するようにも出来るが、いつ別世界に行くかわからないので流出してもいい技術にとどめないとな。
◇
街の住民であるガルフがいることで北門でのチェックを素通りした俺たちは、ガルフの店がある職人街へ向かっていた。
「この街は中心の貴族街、その周囲にある商店街、その外側に一般住民が住む居住区や俺らのような職人が住む職人街に分かれている」
「ふーん。ちなみにここらへんで使われていない金貨とかあったら換金できるところはあるか?」
「単純に金や銀の含有量に応じた取引で良ければ、商業ギルドで換金してくれるぞ」
「そうか。じゃあ、ガルフの店に着いたら俺と春香は商業ギルドに行ってくるから、後で場所を教えてくれ」
よし。これでアルファ世界やベータ世界で稼いだ金貨をガンマ世界の通貨に換金できる。
「いや、それならこのまま中央に向かったほうが早い。商業ギルドに寄って行こう。俺っちも盗賊被害の報告に行こうと思っていたからな」
「わかった。大変な目にあった後で、色々と悪いな」
「俺っちの方は命を助けてもらったも同然なんだ。気にしないでくれ」
ドワーフは思っていたように義理堅い種族のようだ。
◇
やがて商店街に建つ商業ギルドにやってくると、忙しなく行き交う人々に圧倒される。
「なんだか凄いね。修学旅行で市場見学に来た時みたい」
「ネットを使った電子取引もないし、全部、人を通して取引するからだろうな」
つまり情報が伝わるのが遅いということだ。国中に通信網を張り巡らせて、状況に応じて商品を安く買って高く売ればあっという間に儲かってしまいそうだ。
そんなことを考えているうちに、買い取り専用と書かれた受付の前にやってきていた。
「ここで金属の換金ができる。俺っちは、別の窓口で報告をしてくるから、出口で落ち合おう!」
「わかった。ありがとな!」
俺は手を振ってガルフを見送ると、早速受付のお姉さんにアルファ世界とベータ世界の通貨の買い取りをお願いする。
「見たことのない金貨だけど、鋳潰して金を抽出する手間がかかる分だけ価値は落ちるけど良いかしら」
「なんだ、純金の方が良ければ金の延べ棒にして出すよ」
俺は魔法で融解した金をディメンション・ボックスに流し込み、金のみを成分分離して取り出し、魔法で急速冷却して金の延べ棒にして渡した。
「はい、一本一キログラムでとりあえず三本を換金してくれ」
「ええ!? ちょっと待ってくださいね!」
受付のお姉さんは水の中に金を吊るして重量を計ることで、金の比重を計算しだした。そんな方法なら、馬鹿正直に百パーセントの金にする必要はなかったなと思いながら、結果が出るのを待つ。
「信じられない……限りなく百パーセントに近い金の延べ棒だわ」
「まあ、ちょっと便利な魔法があると思ってくれ」
「そんな都合のいい魔法がありますか!」
いかん。単なる金属の精錬だけでも過ぎた技術だったようだ。これだと化学的プロセスを使うのも駄目そうだな。
「どうしたんだ、ブレンダ。後がつかえているんだからさっさと処理しろ」
「ギルド長! こちらの少年がとんでもない魔法で……」
「落ち着け。顧客の秘密を公然とバラすな。お前らしくもない」
「申し訳ありません」
後ろから様子を見にきたギルド長と思しき男性に嗜められ、ブレンダさんは落ち着きを取り戻したようで、金貨二百八十五枚に換金できた。手数料は五パーセントで金貨十五枚が商業ギルドの取り分だ。
「ありがとう。じゃあ……」
「ちょっと待ってくれないか」
後ろで金の延べ棒を調べていたギルド長の男性に呼び止められて振り返る。
「この金の延べ棒のように他の金属を抽出できるなら、商業ギルドの依頼として金属の精錬を請け負ってもらえないか?」
「うーん、でも俺は住所不定だしなあ。そうだ、武器職人の鍛冶屋ガルフの店にしばらくいるから、そっちに依頼してくれたら引き受けてもいい」
「おお、武器屋のガルフなら十分な取引実績があるから商業ギルドとしてもありがたい。じゃあ、ガルフの店に材料を運ばせるから頼んだぞ!」
こうして成り行きで商業ギルドの仕事を請け負うことになった俺は、商業都市カサブランカの武器職人ガルフの元で金属精錬師として生計を立てることとなった。
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