第41話 番
午後から、部屋には見張りがつき外出が自由にできなくなっていた。
深夜にフリードさまが帰宅すれば部屋がここに変わったことにすぐに気づくだろうか……。
真っ暗の部屋で灯りもつけないままブリュンの飛竜が見えないかと期待して、ずっと窓の外を見ている。
でも、飛竜の乗り場はここからは見えない。無駄なことをしていると思うけど、外を確認せずにはいられなかった。
いつの間にか、廊下からは誰かの声が聞こえる。エディク王子が誰かと何かを話しているのだろう。
声が聞こなくなったと思えば、エディク王子が続き部屋から私のところへやって来た。
「リューディア。ヴィルフリードが帰ってきた。騒ぎになる前に、急いでヴィルフリードのところに行くんだ」
「ヴィルフリードさまが?」
今までに見たことがないほど、エディク王子は切ない様子でそう告げた。
「まだヴィルフリードには、リューディアが部屋を変わったことは知らせていないはずだ。私にできることはそれが精一杯だった」
「どうしてフリードさまに知らせないのですか?」
「ヴィルフリードが騒ぎを起こせば、ますます陛下たちはヴィルフリードとリューディアを引き離す。そうなれば、陛下たちは婚約をすぐにでも発表するだろう。今は、復興で結婚の受理をしてないが、私たちの婚約がその再開の一番手になることは予想がつく。だから、騒ぎが起きる前にヴィルフリードのところに行くんだ」
私が、エディク王子の続き部屋にいるとわかれば、フリードさまはすぐに取り返しに来るとエディク王子は確信があるように話している。
でも、私もそう思っている。毎夜、必ず私に「おやすみ」と愛おしそうに言ってくれていたから……。
「フリードさまのところに行きます。私は、彼に疑われたくないのです」
エディク王子の続き部屋にいるということは、周りは私が婚約者になったと思うだろう。無理やり連れて来られたにしても周囲は私とエディク王子がそういう仲なのだと噂になることは間違いない。
ただでさえ、エディク王子は潔白な王子で誰も召したなどという軽い噂などなかったのだから。
でも、フリードさまにだけは疑われたくない。
「……リューディア。私の妻になるには、純潔が必要だ。だから、決して朝までヴィルフリードの部屋から出て来るんじゃないぞ。意味がわかるな?」
部屋を出て行こうと扉に向かうとエディク王子がそう言った。
彼の言っている意味がわかった。エディク王子は、彼なりに私を守ろうとして、フリードさまが帰って来るまで私を部屋に居させたのかもと納得してしまった。
エディク王子の続き部屋に大人しくいる限り、誰も私とフリードさまを無理やり引き離そうとしないからだ……。
「わかります……もうこの部屋には戻りません」
「そうしろ。私はもう休む。私は、やらねばならないことがたくさんあるんだ」
扉に手をかけようとすると、エディク王子も続き部屋から寝室へ戻ろうと動いた。
お互いに顔を見合わす事などしなかった。
「エディク王子。私は、良い婚約者ではありませんでした。でも、あなたのことは一度も嫌ったことなどありません。フリードさまと出会わせてくれたことも感謝しています」
「……私もだ。リューディアを嫌うことなどなかった。ただ、私はリューディアではなく、国を取ったのだ。さぁ、行きなさい。見張りがすぐに戻って来るぞ」
「はい……ありがとうございます」
エディク王子は、部下からフリードさまの帰宅の報告を聞いて、廊下にいる見張りに、私が寝ていると伝えお茶を頼んだらしい。
私が、真っ暗の中で静かにいたから見張りはそれを不審に思わなかったのだろう。
そのおかげで、今は廊下に見張りはいない。その絨毯の敷かれた廊下を必死で走った。足音も響かない廊下の角を休まずに曲がり、フリードさまの部屋に飛び込んだ。
「フリードさま!」
「リューディア!?」
部屋に飛び込むと、驚いたフリードさまがハーフプレートを脱衣しているところだった。
「どうしたんだ? すでに寝ていると聞いていたが……」
いつも私のところへ来る時は、ハーフプレートは着ていない。今から、来てくれるところだったのだと思う。
「どうしたんだ?」と疑問に思いながら、私に向かって歩いてきた。
いくらエディク王子に言われたこととは言え、自分からは言いにくいこと。でも、フリードさま以外とは夫婦になりたくなくて、緊張と羞恥が溢れそうな感情で叫んだ。
「フ、フリードさま! 私と夫婦になってください!!」
返事がなくて、ギュッと瞑った眼を開くと、目の前に近づいて来たフリードさまが無言で固まってしまっていた。
「……それは、意味がわかって言っているのか?」
「わかっています。でも、私はフリードさまだけが好きで……」
必死で言う私と違い、フリードさまは無表情のまま顔を横に背けて考えていた。
そして、私の背にある開いたままの扉を勢いよく閉めた。それに身体がビクリとした。
「……もう後戻りはできないんだぞ」
「後戻りなどしません。私の番はフリードさまだけです」
後悔などしない。フリードさまを見据えて言うと、一瞬で身体を持ち上げられベッドに連れて行かれた。背中を預けるように押し倒されると、男らしい手が頬に伸びて来る。その腕の中で唇を重ねた。
「……理由を聞かないのですか?」
「……おおよその見当はついている。手の上で踊らされるのは好きではないが、リューディアの気持ちには応えたい」
「では、私を受け入れてください……」
懇願するように胸板にしがみつき、手は微かに震えた。その手をフリードさまの大きな手が絡み包んでくれた。
そのまま、私とフリードさまは朝までこの部屋から出ることはなかった。
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