第42話 褒美
ほんの少し身体に違和感があった。その身体を明るくなったベッドの上で唸りながら気怠そうに転がった。
「起きたか?」
不意に自分に影が差し、耳元で低くて男らしい声が響いた。それに、一瞬でぼやけた目が覚めた。
「……あの……」
「昨日は、一人にして悪かった」
髪をすくうように、大事に撫でるフリードさまに、なにがあったのか察しがついているのだろうと思う。迫った自分が今さらながらに恥ずかしくなった。
「すみませんでした……私は、恥ずかしいことを迫ってしまって……」
「リューディアには、応えたいと言っただろう。俺からすれば喜ばしいことだ」
起こした身体をシーツで包み、愛おしそうに抱き寄せてくれる。
「……陛下たちに、婚約破棄を迫られたか? あれほどしないと言い張ったのに……」
「……結婚しないと言ったら、部屋をエディク王子の続き部屋に変えられて、周りから固めようとしてきたんです。エディク王子が、私とフリードさまが頑固だから、もう陛下たちは穏やかに話し合いをしなくなると言って……」
筋肉質な腕の中で、ゆっくりと話していると、フリードさまは静かに抱き寄せたまま聞いている。
「それで、フリードさまが帰って来ると、エディク王子が行きなさいと私を部屋から出してくれたんです。エディク王子との結婚には、必ず純潔が必要だから……その、朝までフリードさまの部屋から出てこないようにと……」
「エディク王子は、俺が帰って来るまで、リューディアを守ろうとしてくれたんだな」
「私を……?」
腕の中で顔をあげる。
「エディク王子の続き部屋にいなかったら、エディク王子との結婚までリューディアを軟禁していたかもしれない……と言うことではないか? それくらいリューディアには、価値があるんだ」
だから、そうなる前にエディク王子は私をフリードさまのところへと行かせた。騒ぎが起これば、すぐにでも私とフリードさまを引き離すと予想がついていたから、エディク王子は、少しでも早く人知れず私とフリードさまの既成事実を作ろうとしたのだ。
「私……エディク王子にも怒ってしまいました」
「エディク王子はわかってくれてる。彼は、リューディアを嫌ってはいなかった」
彼に謝らなければと思う。
純潔ではなくなった私は、エディク王子との結婚は消えたのだ。彼がそうしてくれたから。
私とエディク王子は、お互いに良い婚約者ではなかった。でも、お互いに嫌ってはいなかった。一番大事なものが違っただけ。そう思うと、幼い頃に一緒に無言だけのお茶をした時のことが思い出される。もっと、言葉を交わすべきだったのだ。
フリードさまの胸板にしがみついて子供の頃を思い出していると、廊下から騒がしい幾人もの足音が響いて来た。
「来たな」
「フリードさま?」
フリードさまは、私をさらに腕の中に閉じ込めてシーツで身体を隠すように覆った。
「オスニエル将軍!! リューディア様は、おられるか!?」
扉を慌ただしく叩く音に、身体が震えそうだった。でも、フリードさまの心音が私を落ち着かせた。
「大丈夫だ。すぐに追い出す」
「はい」
私を隠そうとしないフリードさまは、上半身はそのままでズボンだけ履いて騒がしい廊下への扉を開けた。
「人の寝室に何の用だ?」
「オスニエル将軍! リューディア様は!?」
「ここにいる。それ以上部屋に入って来ないでもらおう。今すぐに騒ぐことも止めろ」
「……っ。何をしたかわかっているのですか? リューディア様は、ただの令嬢ではないのですよ!? オスニエル将軍ともあろう方が、一体何を考えて……!」
この現状に、憤怒している表情を見せた高官に、フリードさまはさらに冷ややかな表情を見せた。
「その言葉はこちらのセリフだ。俺の不在時にリューディアに婚約破棄を迫ったことは許せるものではないぞ。二度と彼女に近づかないでもらいたい」
そう言って、フリードさまは高官たちが集まっている廊下への扉を閉めた。
これが証拠になるのだろう。二人がこんな朝を迎えた様子を見せたのだから、私はエディク王子の婚約者には戻ることはできない。話し合うよりも、ずっと話を早く終わらせられる。
「今は、国の復興に尽くしているから、俺は我慢をしているんだぞ。リューディアだってそうだ。彼女は、最後の竜聖女の役割を十分すぎるほど果たしている。今も、その身をもって復興に尽力しているのだ。俺たちはそれに報いるべきだ。リューディアがいなければ、グラムヴィント様がこの国を滅ぼしていたんだぞ!」
今のうちにと思い、急いで服を着ているとフリードさまが声を荒げて話している。高官たちと言い合っていたのに、返答がなくなったからきっとその彼の迫力に圧されているのだと予想がついた。
服を着て、扉をそっと開けるとこの部屋を守るようにフリードさまが立っており、彼から離れないというように傍らにしがみつく。
「……三人で謀ったか?」
静かな声が響くと、高官たちが一斉に道を開けた。
陛下が、私とフリードさまを見据えながら歩いてきていたのだ。
「何のことでしょうか?」
「お前が私に逆らうか」
「リューディアなら、誰にも渡さないと常々伝えていたはずですが。私は、彼女だけが欲しいのです」
陛下は純潔のない私をエディク王子の婚約者にはもうできないのだろけど……フリードさまは、陛下に怒っている。
陛下は、無言で私とフリードさまを見据えている。その陛下も、私たちを罰しようと思っているのかもしれないとさえ思えるほどの沈黙だった。その沈黙に廊下中が緊張で漂う。
皆が息を飲んでいた。その中で、キュッと唇を引きしめ、陛下の前に跪いた。
「陛下。昨日私に褒美をくださるといいました」
「……なにか、欲しいものがあるのか?」
「あります。どうか、私にフリードさまを……ヴィルフリード・オスニエルさまをください」
両手を握り締めて懇願すると、陛下はポツリと「良い感覚をしておる……」と呟いた。
「陛下……?」
意味が私にはわからずに、顔を見上げた。
「王太子には、純潔の怪しい娘との結婚は認められてない。リューディアは、エディクの婚約者にすらもう戻れん。そのまま、ヴィルフリードとの結婚を進めるのがよかろう」
陛下が、そう告げると高官たちは「し、しかし……っ」と食い下がろうと必死になるが、その瞬間に高官たちの身体が強張る。
跪いたままそっと振り向きフリードさまを見上げると、自分の身体まで強張るほど恐ろしい形相で高官たちを威嚇していた。
「結婚式は、大聖堂の復旧が終わればいつでもしなさい。その時には、グラムヴィント様の竜輝石もお運びしよう」
「はい……! 感謝いたします!」
結婚式に、グラムヴィント様も参加してくれるみたいで涙が出るほど嬉しかった。
陛下は、「この件はこれで終わりだ」と言って、この場にいる困惑中の高官たちを引き上げさせた。
立ち上がりフリードさまに抱きつくと、彼は怖い表情のままだった。
「フリードさま……もう大丈夫ですよ?」
「俺は、褒美か?」
「意地悪言わないでください」
拗ねたように抱きあげられたかと思うと、フッとフリードさまの顔がほころぶ。
「あれでは、もうリューディアには手は出せんな。リューディアの功績として、大勢の前で、褒美を授かったのだから……あれなら、陛下の顔に泥を塗ることすらできない」
どうやら、陛下たちの「エディク王子との再婚約」という振り上げた拳を上手く私が降ろさせたことになったらしく、フリードさまはそれを褒めてくれた。
でも、それはエディク王子が私をフリードさまのところに行かせてくれ、フリードさまが私を受け入れたからだと思う。
純潔のままなら、そんな褒美は通らなかった。
「フリードさま。一緒にフリードさまの邸に連れて帰ってください。早く帰りたくなりました。あの邸が大好きなのです」
「では、今夜は一緒に邸に帰ろう」
「はい」
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