第23話 竜紋と印 2
「リューディア!」
「フリードさま……どうしてここに……?」
心配そうに早足でやってくると、私の前に跪いて彼と視線が合った。
「心配した。部屋にいるものかと思っていたのに……」
「……どうしてここがわかったのですか?」
こんな森の中で、どうして見つけられたのだろうか。
「この辺りだけ、霧に包まれていたぞ。上空から見れば、輪っかのようにこの辺りだけ霧の中だったんだ」
気付かなかった。私たちの周りには霧は見えないし、空にも霧がないから……この子竜が側にいるから、霧の気配すらわからなかった。
「どうして邸を一人で出て行ったんだ? 言ってくれれば一緒に出掛けたのに……探したんだぞ」
「ご迷惑にならないように……邸から出ようと思ったんです。私は、跡継ぎを産めませんし……この白き竜が見つかれば竜機関に引き渡されるかと思って……この子竜の食事も必要でしたし……」
「そのことなら、心配はいらない。悪いがエディク王子には、リューディアの話を伝えた。竜機関を抑えるにはエディク王子に協力してもらうのが一番いいからな。そのエディク王子も、俺たちが白き竜を保護することに異論はない。リューディアも白き竜も俺が必ず守る」
なにも言わない私に見切りをつけて出て行ったのではなかった。私が、部屋に籠っている間に、フリードさまはエディク王子に話をつけに行ってくれていたのだ。
竜機関を抑えてくれれば、白き竜を通報されてもいきなり連れて行かれることは無い。
「黙って出て行ったのはそれだけか? ……それとも、グラムヴィント様のところに帰りたかったのか?」
愛おしそうに、頬にフリードさまの手が伸びる。それと同時に、どこか悲しそうだった。
「……私……フリードさまに、嫌われたのだろうと……フリードさまは、優しいから言わないだけで……」
「嫌うわけがない……あなたのことはずっと好きだった」
それは初耳だった。そんな話は聞いたことがない。
「信じてないか?」
「恋人みたいな女性といましたし、私を一度は断りましたよ」
「断った理由は先日話したはずだ。女性のことは心当たりが全くない」
自信ありげにそう言われても、見たものは見たのだ。おかしい、と思いながら考えているとフリードさまが隣りに座り込んだ。
「女といたのを見たのはいつだ?」
「……邸から、出てくる前です。フリードさまに昼食を持って行こうと階下に行く途中の玄関で……」
「あれか……」
慌てる様子もないフリードさまは、懐から一つの小さな巾着のような袋を出した。リボンで結ばれたそれは贈り物のようにも見える。
「これを持って来てもらったんだ。まさか、恋人と勘違いされるとは……あれは、オズニエル伯爵家が持っている店の店主だ」
「お店……?」
そう言いながら、私の手を取り薄いピンクのリボンのついた巾着をのせた。可愛らしいラッピングに頬までもが同じように薄く染まる。
「かわいい……」
「……リューディアがメイドに化粧水のことを聞いていたとハンスから聞いて、これなら喜ぶかと……」
開けてもいいですか? と聞いて、フリードさまはホッとしたように頷く。開けると、私が持っていたクリームと同じケースに入ったクリームだった。オズニエル伯爵家は、クリームなどのお店なども持っているらしい。
落ち込んでいる私が少しでも喜ぶかと、フリードさまは忙しいのに急いで邸に持って来てもらった物だった。
「以前、同じクリームをもらったことがあります……あれは、フリードさまでしたか?」
いい匂いのするクリームを持ったまま驚きながら聞く。
フリードさまは、何故か片手で顔を隠してしまっていた。
「本当は、一生黙っていようと思っていたのだが……あれは、ブリュンの怪我の礼に持って行ったんだ。でも、あの時は、リューディアは部屋にいなくてグラムヴィント様にもたれて眠っていて声がかけられなかった。それから、あなたをよく見に行っていた……今でも鮮明に憶えている。あの光景がとても美しくて神秘的だった。一生忘れえぬことのできない光景だ」
まるで、絵本の一節のように穢れのない神秘的な風景に、目を奪われてしまったらしい。
そんな風に思われていたなんて知らなかった。フリードさまが来たことも知らなかったし、フリードさまが将軍になる任命式の時もグラムヴィント様に呼ばれて私は参加することができなかった。だから、私は将軍の顔すら知らなかった。それなのに、フリードさまは私をずっと見ていたことに驚いてしまう。
「……知りませんでした。ずっと見られていたなんて……」
でも、それって普通のことなのだろうか? わからない。
「言っておくがストーカーではないからな。遠くから見ていただけだ」
語尾を強めにそう言うフリードさま。でも、嫌われてないとわかるとどこかホッとしている。その私を愛しそうに柔らかく抱きしめてくる。
「……あなたのことは好きだ。だから、結婚もしたいと思っているし、これからも一生守る」
フリードさまの、腕に包まれてそう言われる。頭にあるフリードさまの顔が大事そうに銀髪に口付けをしているのがわかる。
「私は、竜の番で……胸の竜紋は消えません。おそらく、グラムヴィント様の寿命が尽きても……」
「グラムヴィント様のもとには、二度と帰さない。子のことも気にしなくていい。リューディアだから、妾に出されたあの時に迎えに行った。あなただから求婚をしたんだ……竜紋も気にしなくていい。グラムヴィント様のものだという印は少々気に入らないが……そうだな、竜紋を見せてくれるか? それとも、俺にも見せられないか?」
グラムヴィント様に対抗意識があるように、ムッとしてそう言われる。その真剣な表情に、首を振った。
「大丈夫です。フリードさまなら……」
包まれた腕の中から見上げてそう言うと、フリードさまの腕が緩んだ。そのまま、ゆっくりとボタンもない服の袖を抜き上半身の服を脱いだ。彼は、その様子を見ないように顔を背ける。下着になると羞恥が沸いたように身体が火照る。そして、胸を隠しながらフリードさまの名を呼んだ。
「フリードさま……左胸です」
フリードさまの顔がゆっくりと私の左胸に視線がいく。そこには、竜の絵柄の刺青に似たような竜紋が刻まれている。
「これがあるから……メイドも、誰にも私の世話を頼むことはできません。ですから、着替えも湯浴みも、誰の手も必要ない……のですっ……!?」
言い終わる前に、彼の唇が竜紋の上の辺りにやってきた。思わず慌てると痛みが走った。
「……っフリードさま!? 痛いです!」
「竜紋を刻んだ時は痛くなかったのか?」
「わ、わかりません!!」
頭の中が真っ白になるほど竜紋を刻まれた時のことが思い出せない。竜紋があるからといって、その真上を吸われるとは思わなかった。
「これで、俺のものだ」
胸には、竜紋の上にフリードさまの痕が残っている。まるで、グラムヴィント様の竜紋に対抗するように印を付けられたのだ。
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