第22話 竜紋と印

 フリードさまに包まれるように横抱きにされて邸の部屋へと戻って来た。彼は「大丈夫か?」と終始私を労り、愛しむように私の頭を撫でている。それに、なにも言えない私はただ頷くだけだった。


 ぐったりとしたまま眠っている白き竜をベッドに休ませる。その子竜を我が子のように撫でていた。その私をフリードさまは、無言で後ろから見ている。

そんな重苦しい空気の中で、フリードさまは仕事に行って来ると言って部屋をあとにしていた。





 あれから数時間経っている。

 私を軽蔑しただろうか。いくら竜聖女とはいえ、私は竜の花嫁なのだ。

 スヤスヤと眠っているこの子竜の隣で呆然とベッドにもたれていると、不意に思い出した。フリードさまの昼食を持って行ってない。フリードさまがくれた仕事なのに、そんな簡単なことさえできてない。


 フリードさまは、求婚してくれたけど、私は妻の役目を果たせないだろう。せめて、言われた仕事ぐらいはできなければ……。そう思い、急いで部屋を出た。


 階下にお食事を取りに行くために、玄関の大階段に差し掛かると、フリードさまが帰って来ていた。いつの間に帰って来ていたのかわからない。その隣には、綺麗でお洒落な女性が笑顔で立っている。サラサラの綺麗な金髪の女性を迎えているフリードさまは優しい顔だ。


 フリードさまは素敵な方だ。グラムヴィント様みたいに優しくて安心する。でも、竜の番とわかった私なんかと結婚などしたくないのだろう。胸がチクンとする。


 __彼の邪魔はできない。


 帰って来ていたのに、私に会いに来るわけでもなく女性を招き入れていたということは、フリードさまの恋人だ。直視できずに、階段を降りるのを止めて急いで部屋へと戻った。


 朝から、この子竜を見つけてフリードさまに秘密を話した。感情がこんなに高ぶることなどなかったせいか、頭がぐちゃぐちゃに感じる。その冷静さもない状態で、持って来ていたトランクに荷物を放り込んだ。フリードさまが私に贈ってくださった布のしっかりとしたショールを雑に取り、眠っている子竜を包み子供を抱っこするように自分の身体に巻いた。


 子竜は、それに目を覚まして「きゅう……」と鳴き私を見上げた。


「大丈夫よ。あなたは私が守るからね」


 フリードさまは、優しいから私を追い出すことなどしないだろう。それに甘えてはいけない。それに、この子竜にも食事が必要だ。

 使用人たちも昼食の時間なのか、裏口には誰もいない。使用人たちのいる階下を通らずに来たから、私が出て行くところは見られていない。私はトランクを持ち、そのまま裏口から飛び出した。


 ◇


 邸から飛び出して郊外の森に来た。この街は森に隣接しているから、街中を通らなくても森には来られる。体力には自信があるし、休まずに森に入り魔物を探していた。


「どんな魔物なら食べるかしらね?」


 この子竜にも食事が必要だ。この子竜を見つけた時に、洞窟の前には大量の魔物の死骸があったけど、食べたような形跡などなかった気がする。なら、狼系の魔物は食べないのかもしれない。

 弱っていたから食べられなかったかもしれないけど……少なくとも、親の竜が食べさすことはなかったと思う。


 食事のことを考えていると、子竜は身体に巻き付けたショールの中で可愛らしく「キュゥ……」と鳴いた。そして、私のお腹も鳴る。思えば、色々考えていて、ハンスが食事を呼びに来たのに私は食事にも出なかった。


お腹をさすりながら辺りを見回すと、樹々は生い茂っている。きっと木の実ぐらいはあるだろうと思いながら、魔物を探していた。すると、子竜がなにかに気付いたように、「キュッキュッゥ!」と身体に巻いたショールの中から出ようと騒ぎ出している。


「どうしたの?」


 ショールから飛び出そうとする子竜を出すと、小さな翼でフラフラと飛んで行く。それに、不思議に思いながらついて行った。その先には、澄んだ水の流れる川がある。川の周りは石ばかりだが、さらにその周りは緑に囲まれた樹々が日陰を作っており、なんとも豊かな光景だった。


 その川に子竜は迷わずに飛び込んでいった。


「……霧を自分で出していたし、もしかして水の属性が強いのかしら……」


 両手で水をすくうと、透明度は高くて飲めそうな感じだ。そのまま、渇いた口を潤すように少しだけ飲んだ。清涼感のある水が美味しくて、ホッとした。


 川で遊んでいる子竜を見ながら、側にある木陰に座り込み疲れた身体を休めると、これからどうしようか、と思う。


 白き竜は珍しくて、竜機関に見つかれば必ず保護に乗り出すはずだ。でも、竜機関に渡せば竜聖女であるお義姉様に引き渡されるのは間違いない。お義姉様が本物の竜聖女かどうか確信がないのに、引き渡すなど考えられない。


エディク王子は、どうだろうか。でも、竜聖女を解任された私が王子に軽々しくは会えない。この子竜を守るのに、戦う力があるだけではダメなのだと、今さらながらに気づいてしまった。生活する場所がいるのだ。


 悩む私の前に、コロンッと木の実が転がってきた。子竜がいつの間にか木の実を取っていたのだ。


「……私にくれるの?」


 木の実を拾いそう聞くと、驚いたことに子竜はその木の実の魔素を吸い上げ始めたのだ。そして、ポリポリと食べ始めた。


「……木の実が好みなの?」


 グラムヴィント様もなにも食べない時もある。それは、あの籠の檻の植物から魔素を吸い取っているのもあったのだろうが……どちらかと言うと、グラムヴィント様は魔物肉が好きだった。それでも、あの清浄な植物からの魔素が必要だったのだ。穢れのある魔素は、竜を荒ぶらせてしまう。グラムヴィント様を荒ぶらせることは、大地の怒りを買うも同然の行為だ。神秘の竜(ルーンドラゴン)は、飛竜たちと違い自然の力が強いのだ。


「グラムヴィント様は、元気かしらね……」


 膝の上で、木の実を美味しそうに食べている子竜にそう話しかける。グラムヴィント様を懐かしみ空を見上げると、飛竜のブリュンを思い出す。


「フリードさまは、良い方だったわ……」


 優しくて頼もしい方だった。私に仕事もくれて、いつも気遣ってくれた。彼のことを考えると、自分の冷めた感情が動いている気がしている。


でも、彼とは歳が十歳以上も離れている。そのうえ私は竜の番。子などできないのだ。貴族は、血縁を大事にする。誰もが、自分の子に爵位を継いでほしいからだ。

 私には、それができない。


「キュッキュッ!!」

「どうしたの? 木の実ならまだあるわよ」


 急に膝の上で、バタバタとし始めた子竜を落ち着かせようと撫でると川の側に影が差した。飛竜がゆっくりと降りて来ていたのだ。黒味の強い飛竜はフリードさまのブリュンだけ。


 どうしてここに来たのだろうか……。そう思うと、フリードさまが飛竜から降りてこちらに歩いて来ていていた。

 それに、私の心臓は鼓動を打っていた。










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