第三章 黒緋竜と漆黒漆黒と竜聖女

第24話 番

 数日後。

 ブリュンがいる邸の小川に、白き竜を連れてきている。ブリュンは、白き竜にもツンとするけど追い出したりはしないから、これがブリュンらしい接し方なのだろう。


「それにしても、いつも小川にいるな」

「きっと水の属性が強いのですよ。清浄な水から魔素を吸い上げているように見えます」


 白き竜は、いつも小川に来たがるから、今日も朝からブリュンのいる邸の小川に来ていた。

 この小川の側にテーブルを置いて、朝からフリードさまとお茶をいただいている。彼を見ると、お茶を飲んでいる姿は軍人とは思えないほどスマートで素敵だと思う。


「……リューディア。グラムヴィント様が、いつ目覚めるのかわからないか?」

「それは、わかりません。いつも冬眠の期間が違うので……」


 どうやら、フリードさまはグラムヴィント様と話したいらしい。将軍であるフリードさまならエディク王子もグラムヴィント様の謁見を許可するだろう。

 そのグラムヴィント様は、お変わりないだろうかと聞いてみた。


「……寝ているから、グラムヴィント様はよくわからないが……レイラ嬢がサボらないように、エディク王子が毎日見張っている」

「エディク王子が?」


 レイラお義姉様は一体なにをやっているのでしょうか。

 

「それにしても、グラムヴィント様は竜聖女と番になってどうする気だったんだ。あんな巨大な身体ではなにもできないだろうに……竜聖女が人間と結婚するのが嫌なのか?」

「あの……グラムヴィント様は、人間の姿に変身できますよ」


 その瞬間、フリードさまの持っていたカップがガチャンッ__と落ちた。眼は見開いている。


「に、人間に変身できる!?」

「はい。私は拝見したことありませんが、端正なお顔らしいですよ。グラムヴィント様がそう言っていました。一度は拝見したかったですね」


 きっとグラムヴィント様なら、素敵なお顔だと思う。もしかしたら、フリードさまに似ているかもしれない。フリードさまも端正なお顔だから。


 そう思っていると、白き竜が小さな翼をバタつかせて近づいて来る。


「あなたは、きっと可愛いお顔でしょうね。ブリュンも端整なお顔かしら? きっと男らしいのでしょうね。フリードさまは、どう思いますか?」


 白き竜の手を取りあやしながらそう言う。ブリュンを見るとこの飛竜もフリードさまみたいに素敵なお顔だと思う。


「ちょっと待て!」

「どうしましたか? 汗をお拭きしましょうか?」


 瞬く間に汗を流しているフリードさま。驚き声が大きくなると白き竜はビクッとしてブリュンの側に慌てて飛んで行った。


「それは、グラムヴィント様は人間と番になれるということか!?」

「……お話しましたよ。私は、グラムヴィント様の番だと……グラムヴィント様以外とは子ができないと言いましたけど……」


 フリードさまは、言葉通りの意味に今度は困惑している。


「……まさか……グラムヴィント様には子がいるのではないだろうな!?」

「……一度だけ、竜聖女と子ができたことがあるとは聞いたことがあります。でも、いつかはわかりません。もう何百年も前のことらしいので……だから、グラムヴィント様の子供がいても誰にもわかりません。もう亡くなっているでしょうから……」


 衝撃の事実だったのか、驚いたままのフリードさまは何かを考えている。


「……もしや……竜聖女はグラムヴィント様の血筋か!?」

「……どうでしょうか……よくわかりませんけど、私は違うと思います」


 何百年も前の血筋を辿ろうにも、私が産まれたウォルシュ伯爵家がはるか昔からあるとは思えない。だから、わからない。それに銀髪碧眼の娘は私だけだ。銀髪は、竜聖女の証みたいなものだと私は思っていた。

 少なくともお義姉様が竜聖女になるまでは。


 グラムヴィント様に竜聖女がいなかった世代は、銀髪の娘が生まれていなかったのだろうと思っていたのだ。どうして、銀髪の娘が産まれたのがわかるのかは、グラムヴィント様にしかわからない。


 その間も、フリードさまは追い詰められたように考え込んでいる。そして、段々と青ざめている。


「いや、本当に番になれるということは……っ」

「……大丈夫ですか?」

「グラムヴィント様は、やはり敵ではないか!」

「ええっ!? グラムヴィント様は、敵じゃありません」


 一体何の敵だと思っているのか……こんな困惑を極めるフリードさまは初めて見た。いつも落ち着き払っているのに。


「いや……もしも、血筋で竜聖女が決まるなら……レイラ嬢は、本物の竜聖女ということか!? しかし……」


 竜聖女が、先祖返りのように血筋で現れると思っているかのようだけど、私は違うと思っている。でも、レイラお義姉様が竜聖女になったのも本当だ。


「……グラムヴィント様が、言葉通り本気でリューディアと夫婦になろうとしているなら……!」

「あの……フリードさま。落ち着いてくださいね」


 グラムヴィント様に嫉妬しているような雰囲気と、グラムヴィント様に子供がいたという事実を交互に頭を巡らせている。


「どのみち、もうグラムヴィント様の子供を探すことなどできませんし、血筋を探す理由もないので気にすることないと思います」


 人間が何百年も生きるわけがない。いくら、グラムヴィント様の子供がいたとしても、人間ならすでに亡くなっているはずなのだ。いるかどうかも分からない子孫を探す意味すらない。グラムヴィント様の跡を継げるのは神秘の竜(ルーンドラゴン)だけ。人間なんかに跡は継げない。


「……確かにそれは気になるが、一番気にしているのは……」


 静かになったかと思えば、今度は真剣な眼差しで私を見つめて来る。


「……決して、俺に黙ってどこにも行かないと約束してくれないか?」

「はい……」


 そう言って、強く手を握り締めてくる。その手を私も強く握り返した。








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