第39話 婚約破棄の要望

フリードさまが仕事に行ったあとは、私は竜機関の跡地に来ていた。崩壊した二ノ城にあった竜機関の瓦礫に埋もれたたくさんの書物などを掘り起こしていたのだ。

秘密の多い竜機関は、資料や書物などを見られないために関係のある人間たちだけで作業は進められていた。


風の魔法で瓦礫を吹き飛ばし、それでも動かない柱の瓦礫は竜の鎖で引き上げ、その間に埋もれた書物などを竜機関の人間たちがかき集めていた。

そんな作業中に私は陛下に呼ばれた。

一体なんの要件だろうと思うが、陛下の呼び出しを無視するわけには行かずに、作業していた竜機関の人たちに抜けることを告げて一ノ城へと向かった。


陛下に呼ばれて城の廊下を歩いていると、窓からは、グラムヴィント様がいたあの籠の檻には今は大穴が空いたままだったのが見下ろせた。それを土魔法でひたすら埋めているのを見ると切なくなる。


あの地下世界に潜ったのは、一体誰のためだったのだろうか。私と二人になりたかったのか……フリードさまが来ることがわかっていたから、二人で話すために潜ったのか……それとも、気高い竜だったから最後の瞬間を見られたくなかったのだろうか……。


そのまま陛下の執務室に着くと、中には不機嫌なエディク王子や高官たちが待っていた。


「リューディア・ウォルシュ。参りました」

「あぁ。よく来てくれた」


スカートを持ち上げ膝を曲げてお辞儀をして陛下と挨拶を交わすと、神妙な面持ちでさっそく要件を伝えられた。


「リューディア。さっそくで悪いが、婚約をエディクと戻して貰いたい」

「婚約……? でも、私は、フリードさまと結婚を……」


呆然としたままエディク王子を見ると、不貞腐れたように顔を逸らした。


「ヴィルフリードとの婚約は破棄だ。エディクの結婚相手は、竜聖女と決まっている。そして、リューディア。お前は、竜聖女のままだった。グラムヴィント様が認めた唯一の竜聖女だった。一度、竜聖女を解任し、婚約を破棄したことは謝罪しよう。だが、この国には竜聖女が必要なのだ。ましてやこの現状にグラムヴィント様の声を一番聞いていた最後の竜聖女リューディアには城にこのままとどまってもらいたい」


心が沈む。フリードさまが、隙を作ってはいけないと言っていたのはこのことだったのだ。

人の世のことに興味もなかった。グラムヴィント様だけがいればいいと思っていた世間知らずの私には考えもつかなかった。

もしあの時に、私がレイラお義姉様とラウル様を殺していたら、暗殺ではなくすぐにバレただろう。そうすれば、間違いなくそれを理由にこの城に監禁されていた。それが今、本当の意味でわかった。


何度も私が竜聖女だと強調して言う陛下。

私が竜聖女だということは、グラムヴィント様がいなくなっても変わらないのはわかる。仕える竜がいなくなっただけのことだから。


エディク王子に目をやると、いまだ不機嫌な様子は変わらず何を考えているのかわからない。


「……お断りいたします。私は、フリードさまと……ヴィルフリード・オスニエルさまと婚約をしています。結婚も彼とだけしたいのです」


すくむ足を抑えるようにギュッとスカートを握り締めて、陛下たちにそう告げた。


「リューディア。これは決定事項だ。エディクの婚約者は竜聖女と決まっておる。それに、今は国がこんな状況だ。誰もがグラムヴィント様が潰えたことに心を痛めておる。その竜聖女を誰もが神聖視しているのだ」

「……私を、グラムヴィント様のかわりに祀り上げるつもりですか?」

「……この国の象徴になってほしいと思っている。グラムヴィント様最後の竜聖女を市井には解き放てん。危険から守るためでもあるのだ」


あの子竜では、まだグラムヴィント様の代わりが出来ない。それまで、私がグラムヴィント様の代わりになって、この国はまだ竜に見捨てられてないと言いたいのだろう。それは、他国に竜の国という威厳を示すためでもある。


「白き竜の世話に相応しいのはリューディアだけだと考えている。この城に残りその任を全うしてもらいたい」

「白き竜のお世話はいたします。毎日だって通います。でも、エディク王子と結婚はできません」

「褒美もなんでもやろう。欲しいものはないか? 宝石でも、ドレスでも、」

「いりません! ……欲しいものはフリードさまだけです!!」


陛下の言葉を遮って声を荒げた。欲しいものなど何もない。物欲のない私が欲しいのは彼だけ。


「エディク王子は、なんとも思わないのですか!? 私とあっさりと婚約破棄して……私は知らない人の妾に出されるところだったのですよ!? その私を迎えに来てくれたのはフリードさまだけでした!」


興奮している私に執務室は緊張感が漂い、エディク王子は驚いていた。彼を責めたことなどなかったからだ。


「……陛下。リューディアは興奮気味です。今日の無礼はお見逃しください。少し頭を冷やさせましょう」

「だが、婚約は近いうちにしてもらう」

「では、そのことは後日改めて話しましょう。ヴィルフリードも黙ってないでしょうから……」


エディク王子は、苦々しい表情になった陛下に一礼すると足早に私の手を引っ張り執務室から連れ出した。その手を執務室から離れた廊下で振り払った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る