第四章

第38話 つかの間の昼食

私は、最後の竜聖女としていまだ城から帰ることができなかった。


白き竜の存在もすでに陛下や高官たちには公になっている。でも、まだ子供すぎてこの子竜では竜聖女が選べない。人の言葉も話さないから、城に留まるかどうかも確認できないのだ。


城では、復興が始まっており、フリードさまはひたすら走り回っていた。


私もなにかできないかと考え、癒しの魔法で傷病者を治したり、食事の手伝いなどをしたりしていた。




昼食の時間になると、崩壊した二ノ城でテーブルが並べられて一斉に食事をすることになっている。その配膳の手伝いをするためにトレイに乗せたサンドウィッチを運んでいる。そこに、いくつもの影が差した。


物質の配達や、魔物退治に出ていた竜騎士たちが帰ってきたのだ。


一際大きな飛竜もおり、フリードさまも帰還されたのだとわかり胸が温かくなる。


飛竜から颯爽と降りて、真っ直ぐに私のもとへ向かってくれる彼をサンドウィッチのトレイを持ったまま迎えた。




「フリードさま。おかえりなさいませ」


「あぁ、ただいま。リューディア」




緋色の竜の眼と灰色のフリードさまの瞳。それが私に優しく向けられる。




「お腹が空きましたでしょ? すぐにフリードさまのサンドウィッチも持ってきますから待っててくださいね」


「リューディアは、もう食べたのか?」


「まだです。これを運んだらいただきます。みんなお腹を空かせてますから」


「では、リューディアの分は俺が用意するから終われば、裏庭で一緒に食べよう。あそこなら静かだ」


「はい」




優しいなぁ……と思う。


サンドウィッチを配膳して、コッソリ彼に振り向くと怪我を治す回復要員がフリードさまに声をかけていた。


それを見て、「またかな?」と思う。




フリードさまは、あの緋色の竜の眼を絶対にバラさない。そのせいで、怪我だと思われて何度も治すように話を持ち掛けられているけど、怪我の後遺症でもう治らないと言い張っている。


迫力のあるあの顔で言われるから、相手はビクビクしてしまいいつもそこで話は終わってしまっていた。そして、今も回復要員の方は諦めて他の人のところに行ってしまう。




その様子に私もハラハラしたけど、今ではその様子に少し笑ってしまっている。


「ご苦労様です」と心の中で回復要員に向けてそう言うと、クスリと笑った私にフリードさまが気付き微笑を返してくれた。


二人だけの秘密だから、この笑っている意味は誰にもわからないまま、周りは私たちが仲睦まじいとしか思ってなかった。




配膳を終わらせて急いでフリードさまの待つ、裏庭に行くとすでにサンドウィッチと飲み物を準備してくれていた。そこには、いつ来たのかあの白き竜もいる。


フリードさまの指をついばむ様子を目の当たりにすると、まるで親子のようにさえ見えた。




「フリードさまに懐いてますね」


「この眼のおかげか? しかし、子竜は可愛いものだ」


「はい」




側に座ると、膝の上に座る子竜にサンドウィッチに挟んでいる野菜をあげると嬉しそうに食べ始めていた。




「まだ子供だから魔物肉を食べないのか?」


「そうかもしれませんが……早く大きくなろうと自分の属性を高めているのかもしれません」


「野菜でか?」


「私の予想では、この子竜は水と植物の属性が強いのでは、と思っています。グラムヴィント様は、大地と植物の力が強かったですが……」




グラムヴィント様は、植物の力よりもはるかに大地の力が強かったのは間違いない。


でも、この子竜に大地の力があるようには見えない。気がつけばすぐに水のあるところに行っているのだ。




「早くあの清浄な水路は直したほうがいいですね……この子竜には必要です」


「復興には時間がかかるからな……邸では、ハンスたちがリューディアに感謝をしていたぞ。すぐに邸を守ってくれたから、誰一人邸の者は怪我一つ負ってない」


「フリードさまがいない時は、私が邸を守ります。その……結婚するのですから」




フリードさまの邸は無事だった。あの時、私がすぐに魔法であの邸を守ったからだ。でも、王都の側のこの郊外の街は至るところで地震の影響は甚大だった。




そのために、街の人たちは自分の家に帰ることができずにいる人たちもいる。そのために、フリードさまが大豪邸の一階の一部分と、庭にある別邸を提供している。


それに倣って、他の貴族たちも邸の一部を市民に開放していた。おかげで、街は混乱なく復興が進んでいる。




「本当は、お邸のほうでも力になりたいのですけど……」


「そうだな……だが、今は不特定多数が出入りしているから、今は城にいる方がいいだろう」


「魔法も使えるから、私なら大丈夫ですよ?」


「そうだが……グラムヴィント様はいなくなった今、リューディアを崇めようとしてくるかもしれないし、ウォルシュ伯爵家が借金をしていてその取り立てのためにリューディアのところにくるかもしれない」




すでにお取り潰しが決まっているウォルシュ伯爵家は、多額の支払いを分割にしており今は資金繰りに奔走しているらしい。


店は、壊れたものを一刻も早く直したくて、すぐにお金が欲しいのだ。しかも、お取り潰しが決まっているから、返済ができずに逃げられると思っているのだろう。




「……午後からは、少し遠出をしなければならん。遅くなるが、必ず帰ってくる」


「一人でも、大丈夫ですよ……」




フリードさまが私を見据えると、自然とその胸にもたれた。それを受け入れてくれる。


毎日毎日、野営もしないで私がいるところに帰って来てくれるフリードさまは、無理をしているのだと思う。




「寂しくはないか?」


「いなくならないと信じていますから……でも、帰って来てくれると嬉しいです」


「そうか……」




しばらくの抱擁をしたまま、出発の時間になるとウルリク様が迎えに来た。


名残惜しむようにフリードさまは、また仕事に行ってしまわれた。










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