第27話 レイラ視点

 




 たまらない。まったくたまらない。


 どうして私が、こんな使用人がするような雑用をしているのか。




 エディク王子が、いつも籠の檻の外から見張るようにいるから、誰かに代わりをさすことも出来ない。今では、書斎机まで用意して書類をひたすら片付けている。




 籠の檻の周りは見晴らしのいい外廊下も同然の場所。こんなところで執務をする人なんていない! 王太子でなかったら、こんな変人と絶対に婚約なんかしない!




 陛下はお年。王妃様は身体が弱く、公務もエディク王子が負担をかけないようにしている。


 近い将来、エディク王子が陛下の座に就くと思っていたのに、私がやっていることは、王妃のすることではなく、ただの雑用だ。




「キャア!」




 時折、こんな風にグラムヴィント様の尻尾にはたかれる。寝ているんだからジッとしていて欲しい。その上、グラムヴィント様は軽くはたいているつもりかもしれないが、人間には立派な攻撃だ。




「レイラ!」


「なんですか!」




 やけくそ交じりにそう返事をした。




「私は、仕事で少し席を外す。その間もしっかりとグラムヴィント様の世話に励んでくれ」




 優しい言葉をかけてくれるのかと思いきや、これではただの連絡事項だ。行くなら勝手に行けばいいでしょ!?


 エディク王子は、そんな私の気持ちなども理解せずに颯爽と仕事とやらに行ってしまった。




「何なのよ! ふざけないでよ! 私は、こんなことのために竜聖女になったんじゃないわ!!」




 手はかさつき、指は土まみれ。疲れ切っていて、手入れをする暇もなく夜は倒れるようにベッドで眠る。しかも、あの何の変哲もない殺風景な部屋で。




 こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかったのに……!!




 しかも、夜会ではリューディアがヴィルフリード様と参加していた。私たちが着いた頃には、すでに会場はヴィルフリード様とリューディアのことで話はもちきりだった。




 神秘的な銀髪に、姿は愛らしく美しい。そのリューディアを、愛おしそうにそれでいて大事そうに傍らで気遣うヴィルフリード様に、二人を見た人たちは目を奪われているほどの声があちらこちらで聞こえた。




 端整な顔立ちに、30歳になっても若く男らしいヴィルフリード様。若く見えると言っても、童顔ではない。鋭い眼光には威厳があり近寄りがたい方。それでも、誰もが見惚れるほどの不思議な雰囲気がある方だった。そのヴィルフリード様が、今までに見せたことがないほどリューディアにうっとりとしていた。




 それなのに、私はグラムヴィント様の世話で擦り傷まであり腕を露わにすることもできずに手袋で隠す始末。手袋をすることはおかしいことではないのに、手袋をする理由が、擦り傷を隠すためだと思うと、それが不愉快になっていた。




 思い出すだけで腹ただしい。私は、リューディアと違って両親にも愛されてきた。今まで、貴族の中でも上手くやって来た。それなのに、リューディアの方が幸せそうにやっている。




 許せない!




「レイラ。どうだ?」


「どうですって……!? 見ればわかるでしょ!! 最悪よ!!」




 グラムヴィント様の籠の檻の周りには、ひと気は無い。この籠の檻に繋がる通路の先の入り口には警備がいるけど。その入り口を通って来たのはラウル王子。いくら妾の御子でも王子ではあるのだから、警備も通さずにはいられない。




「夜会では残念だったな。注目の的になれなくて」


「リューディアのせいよ! ヴィルフリード様が、あんなにリューディアに尽くしているなんて……あのドレスを見たでしょう!? あんな素敵なドレスはそうないわ!」




 あのドレスにも令嬢たちは見惚れていた。絶対に流行る。それも、リューディアが先頭で流行るのだ。リューディアが、令嬢たちの憧れの的になるなんてあってはならないことだわ!!




「エディク王子は、私になにもしてくれないのに!! 許せないわ!!」


 


 リューディアとエディク王子が婚約している時。エディク王子と夜会などでお話していると、時々「リューディアにドレスかなにか服を……」とリューディアの好みを聞きたがっていたことがあった。だから、リューディアの物は私たちが買うことを伝えて、エディク王子の手を煩わすことなどない、と淑やかに伝えていた。


 


 そして、私たちの買い物のついでに、リューディアへの服を買いに行ったことはあったけどドレスなどを買うことはなかった。いつもの竜聖女の仕事に相応しい動きやすい服装のみ。リューディアにドレスなんか相応しくない。そのお金は私たちが使うのが有効だったはず。


 


エディク王子だって、段々とリューディアに贈ろうという気も失せてなにも聞いて来ることは無かった。




 その彼が、リューディアになにもしないのはいい。




 リューディアの竜聖女のお金は、実家であるウォルシュ伯爵家に支給されていた。それは、彼女が幼い頃から竜聖女で務めをしていたからだ。子供に大金など管理できないと竜機関は思っていたはずだ。そのお金の中から、リューディアの服や本を買い与えていた。でも、そのうちリューディアに使うお金は段々と少なくなっていた。食事などは城から支給されるから、何の問題もない。そのお金で、私のドレスなどを買っていたのに……! 




 今は、そのドレスを買いに行くことさえできない。 


 あの、見張り番のように廊下で執務をする王子のせいで!!




「エディクは、リューディアと同じように、実家であるウォルシュ伯爵家が準備すると思っているんだろう。……実際に、竜機関から支払われる竜聖女のお金にエディクは個人的に上乗せしていた」


「だったら、お父様たちが私にたくさん買ってくれてもいいでしょう!? 私の給金よ!!」




リューディアのドレスなどはウォルシュ伯爵家で準備することにしていたから、私が竜聖女になっても、エディク王子はそうすると思っている。……余計なことをしたばっかりに!!




「……気付いてないのか? レイラの給金はリューディアよりも少ないぞ。エディクも個人的に上乗せしてない。まだ、リューディアほどの給金は出せないと考えているんだろう。あのエディクは、仕事ぶりで給金を上げるから……それでも、竜聖女の給金はきちんと支払われているけどな……」


「う、うそ……っ!?」




 リューディアの竜聖女の給金は良かった。そのおかげで私たちは、たくさんのドレスに宝石を買っていた。支払いだって、竜聖女を輩出した家だと崇められているようで、足りない時は分割にもしてくれた。必ず、竜聖女の給金が入るから、毎月の支払いをおろそかにすることが無かった。だから、信用が落ちることはなかった。


 ……でも、それが滞っていたら?


 リューディアよりも、私の竜聖女としての支払われるお金が少ないなら……。




「……今頃気付いたのか? ウォルシュ伯爵家は、困窮しているぞ。贅沢のし過ぎと毎月の支払いが追い付いてないようで、街の店ではちょっとした噂になっているぞ。……今は店同士の噂だが、近いうちに困窮している伯爵家……と市井でも噂は広がる」


「じゃあ……お父様たちが、私にも何も買って来ないのは……」


「レイラのドレスを買い求めている場合では無いのだろう。それにウォルシュ伯爵は店に竜聖女の名家だと言って尊大な態度で困らせているらしい。ハッキリ言えば、嫌われ者まっしぐらだ」




 そんなお店は、許せないわ。私が王妃になったらどうなるかわかっているの!?


 でも、このままではいつ結婚するかなんて予想もつかない。竜聖女になって……婚約者になってよくわかった。あの男はリューディアのことが嫌いでも、私が好きでもない。


 大事なのは、この国だけのような気がする。


 


 私が結婚するまで、お父様たちに大人しくしておくように言わなくちゃ……でも、大人しくしていても、支払いがなくなることはない。数年がかりの支払いなどはどうするの!?


 支払いができないなんてみっともないことなんか出来ない。




 その間もリューディアが、ヴィルフリード様の大豪邸で何不自由なく生活していると思うと、さらに腹立たしい。


 リューディアは、何もなくなったはずだったのに……!








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