第26話 夜会 2
「ヴィルフリード。リューディア」
リューディアを傍らに抱き寄せ見惚れていると、エディク王子とその隣にはレイラ嬢がやって来た。レイラ嬢は、不機嫌な様子でリューディアを睨みつけている。
「エディク王子。お義姉様。お久しぶりです」
「元気でやっているようだな……」
「フリードさまのおかげです」
照れながらも柔らかな笑みを見せ、淑やかにドレスを持ち上げて挨拶をするリューディア。エディク王子は、それに驚きながらもどこかホッとしている。
「……っドレスのおかげだわ……! リューディアが、綺麗なわけがないわ……! 小汚いカナリアのはずでしょう!?」
ドレスを握りしめ、憎々しい様子でリューディアに嫌悪感をむき出しにしたレイラ嬢。リューディアは、いつものことなのか変わらない。
「レイラ、口を慎め……ここをどこだと思っているんだ。王妃主催の夜会だぞ。母上の顔を潰す気か? それにリューディアはヴィルフリードの婚約者だ。礼を取れ」
「リューディアが、私に挨拶をするべきですわ」
「だから、リューディアは挨拶をした。私が連れて来たパートナーだからだ……それに、それは今私と一緒にいるからだ。私がいなくてレイラ一人の時にヴィルフリードと一緒のリューディアに会えば、挨拶を交わすのはレイラだぞ。礼儀を忘れるな」
身分制度のある我が国では、身分が上の者に礼をとる決まりがある。エディク王子は、俺よりも身分が上。だから、礼をとる。そのエディク王子と一緒にいるレイラ嬢にも同じように。だが、エディク王子と一緒ではない時は、伯爵であり将軍の俺にレイラ嬢は礼を取らなければならない。俺と一緒にいるリューディアにもだ。
それが、レイラ嬢にはたまらなく嫌なのだとわかる。
会場からは、かすかに遠目で見られている。エディク王子は、このようなことがお嫌いな方だ。すでに、レイラ嬢を訝しんでいる。
「……レイラ嬢。以前も言いましたが、リューディアへの暴言は私への暴言ととらえますよ。彼女は私が唯一愛しいと思える女性です」
レイラ嬢に見せつけるようにリューディアを抱き寄せてそう言う。リューディアは恥ずかしながら小声で「フリードさま……」と言う。
「……エディク王子。兄上のラウル王子が来られていますわ。すぐに行きましょう。……では、ヴィルフリード様。失礼を致しますわ!」
カッとしたように、レイラ嬢は苛立ちながらその場を去った。
「……一体なにを考えているんだ。それよりも、リューディア。その…飛竜の世話はどうだ?」
飛竜の世話は、暗に白き竜のことを聞いているのだろう。リューディアと顔を見合わせて察したように頷く。
「お変わりはありません。すくすくとやっております」
「そうか……」
顔には表さないが、エディク王子は疲れ切っているのだろう。そう言うと、レイラ嬢とは反対の方へと向かっていった。
「リューディア。俺たちも席をはずそう。噂の的になる必要はない」
「はい」
思いのほか、レイラ嬢の声が大きく周りの視線を集めてしまっている。エディク王子の新しい婚約者が前婚約者に無礼な態度を取っていたのだ。しかも、その前婚約者は将軍の婚約者となっている。
そのうえ、怒っているのはエディク王子の婚約者となったレイラ嬢で、リューディアはそれに対して、暴言で返さないどころか、怯えることもなく静かに聞いていたのだ。他者から見れば、毅然とした態度に見えたかもしれない。
エディク王子には、今夜も頭痛の種だろう。新しい婚約者に、自分と一緒にいる時に無様なマネをされたのだ。王太子としての品位を落とすことを嫌う彼には許し難いものだろう。
しかも、ラウル王子に見られていた。
「……お義姉様は、エディク王子とラウル王子があまり仲が良くないことをご存じないのでしょうか?」
「レイラ嬢は、身分で人を見ているところがあるから、そんなことは気にしないのだろう」
ラウル王子は、エディク王子の兄上と言っても王妃様の御子ではない。彼は、陛下の妾の御子。王妃様が、身体が弱く、御子がなかなか授からなかったせいで妾を取ることになり懐妊。そして、王子として育てられた。だが、その数年後に王妃様がエディク王子を懐妊した。
同じ王子といえども、正妃の御子が第一王位継承者になるのは当然のことだった。それなのに、陛下の妾はそれに納得ができずに、息子であるラウル王子を王位につけたがっていた。ラウル王子も、当然のように思っていただろう。
だが、それは誰も認めない。正妃の御子が第一継承者であることは決まっている事だからだ。エディク王子もそれがわかっていた。だから、幼い頃より誰もが王太子に相応しいと思われるように、勉学に励み、公務も積極的に行ってきた。ラウル王子の方が、王太子に相応しいと思われないように。
そして、ラウル王子には、王太子の座を渡せない為に一年前にエディク王子の王太子の儀をおこなった。それは、王妃様の御子が王太子だというもの。妾の御子のラウル王子には、決して王太子の望みはないと知らしめるものだった。そうまでしないと、ラウル王子は王位の座を諦めないからだった。
そのラウル王子への挨拶を言い訳に、レイラ嬢はこの場を去った。彼女にすれば、リューディアが美しくてこの夜会の注目を一身に受けていることが気に食わなかったのだろう。俺たちの前にやって来た時には、すでに不機嫌だったのだから周りの噂話は聞こえていたはずだった。
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