第二章 竜聖女の秘密と白き竜

第12話 飛竜のお世話係


 フリードさまと暮らすようになって、毎朝一緒に朝食を頂いている。


 いつも食事は、竜聖女の部屋へと運ばれてきたから、誰かと一緒の朝食は新鮮そのものだった。




「リューディア。服はどうだ? 足りなくはないか?」


「充分です。この服も動きやすくて気に入りました。ありがとうございます」




 フリードさまから頂いた新しい服は着心地も良くて気に入っている。


 そんな私をフリードさまは、そうか、と頷きお茶を飲んでいる。


 毎朝テラスに朝食を用意してくれて、朝の温かな日差しの中でいただく朝食は穏やかだ。この穏やかな時間は意外と居心地がいいと思う。




「リューディア」


「はい」


「仕事がしたいと言っていただろう?」


「はい」


「そのことを考えていてだな……よければ、俺の飛竜の世話をしてくれないか? もちろん給料は出す」


「お世話をしてもいいのですか?」


「お願いしたい」




 嬉しい提案に声が跳ねてしまう。竜の世話ができる仕事なんて夢みたいだ。




「嬉しいです……お名前はなんというのでしょうか?」


「ブリュンと言う。飛竜の竜舎にいることが多いが竜舎ではなくこの邸に連れて帰ることも多いんだ。少し気難しいところもある飛竜だが……この邸に連れて来た時の世話を頼む」


「やります。ぜひ、やらせてください!」




 仕事もしないでフリードさまに面倒をみてもらっているのはいいのだろうか、と毎日思っていたから仕事ができることは本当に嬉しい。それに、フリードさまの飛竜ならきっとフリードさまへの恩返しにもなるはず。




「では、昼に一緒に連れて帰ろう。今日は、昼食は邸で摂るから待っていてくれるか?」


「もちろんです」




 昼が楽しみになってきた。嬉しすぎて心臓も脈打っている。その気持ちのまま、朝食後にはフリードさまを見送った。











 フリードさまが、お昼に飛竜と帰って来ると言うので、胸を踊らせながら準備をしている。




「リューディア様。飛竜のものはこちらの小屋にすべてありますので……」




 庭の一角にはレンガ造りの小屋がある。中には、むき出しの土の床にモップや木の桶。木のタライに氷で冷やす冷蔵庫まで置いてあった。そのレンガ造りの小屋を案内し、説明してくれているのは、フリードさまの従者のリックだ。フリードさまよりも若く、短い髪型は清潔感を感じさせる青年だ。




「魔物肉はありますか? すぐに取りに行きましょうか?」


「飛竜を連れて帰る時は、フリードさまが魔物肉も一緒に持って帰るので大丈夫ですよ」




 はりきって魔物肉を取りに行こうと考えていると、リックに止められてしまった。




「水は近くに小川を造っているので、そちらからご利用ください。ブリュンは、そちらで飲んだりもしますから、水の心配もいりませんよ」


「小川が庭に?」


「近くの川から引いていますので、魚なども取れます。釣りもできますね」




 すごい! 庭に川があるなんて……!




「見てもいいですか?」


「もちろんです」




 ほんの少し歩くと、サラサラと流れる小川があり、その流れの先には湖のように広くなっている。そのまた先は、また狭くなっているから、また川へと循環しているのだろう。


川の周りには、木陰を作るためか樹々が生い茂っており、まるで本で読んだおとぎ話のようだ。一枚の大きな絵画のような風景に目が輝いてしまう。




「素敵ですね……」


「お気に召しましたか? ここはブリュンがいるので、使用人もあまり来ないので穴場ですよ」


「私がいつでも来ていいのですか?」


「もちろんです。リューディア様はヴィルフリード様の大事な方ですから……このお邸のお好きなところに行ってかまわないのですよ?」


「大事な方? 私が婚約者だからですか?」




 婚約者だから、大事な方と言うのだろうか?


 世間に疎いからか、人と関わって来なかったからか……そういわれてもピンとくるものはなく、呆然とリックに聞き返した。




「当然です。それにヴィルフリード様が結婚すると言って女性を連れて来たのは初めてです。今までどんな縁談にも興味がない方でしたのに……リューディア様だけですよ」


「それは、私が好きということですか?」


「……それは、ご本人にお聞きください」




 ニコリとして、そう言ったリックは、「こちらです」と私たちがここにいると片手をあげて合図をしている。


 手を挙げた方を見ると、執事のハンスさんに下僕フットマンたちが、大荷物で歩いて来ていた。




「あれは何ですか?」


「ハンスさんたちが、今日の昼食は庭で食べられるように準備に来たのです」


「外でいただいても?」


「今日は天気が良いですから……外で昼食をいただくことも問題ありません」


「……もしかして、ここでいただいてもかまわないのですか?」


「もちろんです」




 小川が綺麗で、ここで昼食をいただけるかと聞けば、リックは嫌な顔をせずにそう言ってくれた。大荷物でやって来たハンスさんたちもその提案を聞くと、何故かホッとしたように頷き準備を始めてくれている。




「ハンスさん。決まった場所があったでしょうに急に変えてすみません」


「リューディア様。謝罪の必要はありませんよ。むしろ、女主人になるのですから、リューディア様がお決めになられてホッとしました。そして、私のことはどうぞハンスと呼び捨てでお願いします」


「では、ハンスと呼ばせていただきます」


「はい。リューディア様」




 ホッとした表情を見せたのは、そういうことだったのか……。お城の淑女教育と貴族の教育は少し違うところがあるから、よくわかってなかった。それに、私は竜聖女だったから、将来の王妃という役割より竜聖女の役割が優先だったのだ。そう教育されて来たし、実際にグラムヴィント様が私を離すことはなかった。


 ……それなのに、どうして私に婚期のことなんて話したのだろうか。




 ハンスが、昼食のサンドイッチなどの並べる場所を指示しているのを見ながら立ったまま考えていると、頭の上から影が差した。見上げると、フリードさまの飛竜がゆっくりと降りてきている。その降下場所に誰よりも早くに走った。




「フリードさま。おかえりなさいませ」


「あぁ、ただいま。ブリュンを連れて帰ったぞ」




 颯爽とブリュンから降りるフリードさま。そのブリュンの顔を見るとキリッとした切れ長の眼と視線が合う。瞳孔は、縦長でフリードさまの髪と同じで黒い。




「どうした? リューディア」


「フリードさま……ブリュンは、男前ですね……素敵です……」


「は……?」




 竜聖女を解任されてから、始めての竜の世話が出来ると胸が高鳴り、思わずこの凛々しい飛竜に見惚れてしまっていた。














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