第10話 婚約者
昼食を届けた後には、フリードさまに「少し遅くなるが邸で待っていて欲しい」と言われて、今は私に用意されている部屋で本を読みながら待っていた。
そして、晩餐時間に帰ってくると、フリードさまが着替えもせずに私を部屋まで迎えに来た。
「リューディア。見せたいものがあるんだ。こちらに来てくれないか?」
「見せたいものですか?」
「おかえりなさいませ」とフリードさまに言うと、柔らかなそれでいて嬉しそうな微笑みを見せて私を一階の部屋に連れて行った。
部屋を開けられると、装飾のある長机の上にたくさんのリボンのついた箱が並べられている。四角い箱から円柱のリボンのついた箱まである。どのリボンもピンクや赤にと可愛らしく見えた。
「なにか催し物でもあるのですか?」
「そうではない。リューディアへの贈り物だ。身の回りの物ばかりだが……悪いが、城にあったリューディアのサイズを使わせてもらった。だから、サイズは問題ないと思うが」
私は、ほとんどグラムヴィント様の鳥かごの檻からでることはなかったけど、催し物がある時は祭祀用の衣装に着替えることはあった。それは、城で用意されるもので、そのために私のサイズは城に保管されている。
フリードさまが使った私のサイズは、そのことだろう。
「でも、私が頂く理由がありません」
「婚約者に贈り物をしたいと思うのは当然だ」
「そうなのですか……? エディク王子は、あまりしてくださいませんでしたよ」
時々、ドレスを頂いたことはあったが、それはずっと昔のこと。すでにサイズなど合わなくなっている。ここ一年以上は何もない。
「エディク王子は、王太子であるために大変な時期だったからな……悪い人間ではないから、気にすることは無い」
一年ぐらい前だろうか……。
エディク王子が王太子になった時、私は竜聖女として式に出席して祝福をした。その後は私も一緒に晩餐に出席したけど、グラムヴィント様に呼び出されて私はすぐに下がったことを思い出した。
私は、彼にとってきっといい婚約者じゃなかっただろう。だけど、私が優先すべきなのはグラムヴィント様で、それは国からもそう決められている。
だから、エディク王子は私がグラムヴィント様のところに行くことを止めはしない。ただ、不機嫌に「さっさと下がりなさい」と言うだけだった。
フリードさまに開けてみるように言われて、おそるおそる開けると淡い色の落ち着いたドレス。他の箱にはワンピースにナイトドレスまである。円柱の箱には帽子。靴にアクセサリーまであった。ほどいたリボンを見ると、刺しゅう入りの物までありそれさえも美しいと思える。
「……私が、洋服を持ってないことにお気づきだったのですね」
「あのトランク一つだからな……誰でも気付く。すぐに仕事もしたがっていたし……これからは、欲しいものはなんでも言いなさい。遠慮をする必要はないぞ。婚約者に不自由をさせるような甲斐性の無い男ではないつもりだ」
「婚約者ですか?」
「もうリューディアは、俺の婚約者にするとエディク王子や陛下たちに伝えた」
フリードさまの行動力は意外と素早い。しかも、誰も反対しなかったらしい。
でも、このまま私はフリードさまと結婚していいのだろうか。エディク王子からの紹介だから問題はないけど……グラムヴィント様のことが頭から離れない。
もう竜聖女ではないから、私はグラムヴィント様に必要はないはず。それでも、まだ確信の持てないこともある。
悩んでいる私にフリードさまは優しく「どうした?」と聞いてくる。
でも、言えない秘密もある。考えていることを言えずにほんの少し口を開けたままフリードさまを見上げてしまった。
「……婚約者でしたら、私もフリードさまになにかいたしますね……そうですね。お金はないので魔物退治に行くときは、どうぞ私をお連れください。回復魔法などいくつか魔法は使えますから……飛竜のお世話もできますよ? 飛竜が怪我をした時にもいつでもお呼びくださいね」
もちろんフリードさまには、無報酬で、という意味だ。
「それは、仕事だ」
「お金はないので、身体で払います」
「それは、少し違う」
いつもの無表情でそう言うと、フリードさまは困ったように呆れてしまっている。
そして、こちらをジッと見ている。
「礼なら、側にいてくれるだけでいい」
「そうですか……でも、私にして欲しいことがあればなんでも言ってくださいね」
「では、そろそろ晩餐だ。気にいるドレスに着替えて来てくれるか? 俺も正装して来るから……着替えのあとに部屋に迎えに行こう」
「はい。ありがとうございます」
少し照れながらお礼を言い、ドレスの箱を開けるとレースで飾られたドレスが収められており、それに何とも言えない気分になる。このドレスにさえ照れてしまっているのだ。
その後ろでフリードさまは、私を微笑ましく見ている。
「それは、今流行りのシースルーを使ったドレスだそうだ」
「すごく綺麗です……」
「では、メイドを部屋に行かせよう」
そう言って、フリードさまはサーバントベルでメイドを呼ぼうとした。それを、私は止めた。
「フリードさま。支度は自分でできますので、メイドはご遠慮ください」
「ドレスの支度を一人でか?」
「……ある程度はできます。ですから、私には必要ありません」
そして、もう一度お礼を言い、フリードさまにペコリと頭を下げた。
そのまま、振り返らずに駆け足で部屋へと戻り、ドレスに着替え始めた。
服を脱ぎ、自分の姿が映った鏡が目に入る。……とてもフリードさまと釣り合うようには見えない。その上、竜聖女も解任されたのに、私の身体は何一つ変わらない。
そして、秘密を隠すように胸元の隠れるドレスを身にまとった。
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