第20話 冬眠している黒緋竜
竜聖女は、グラムヴィント様の花嫁だった。あの巨大な竜とどうやって番になるかはわからないが……このままでは、リューディアはグラムヴィント様の寿命と共にいなくなってしまいそうだと思えるほど悪い予感が離れない。
妾の話をしていた理由も全てわかった。彼女は、子ができないから伯爵家には嫁げないと言っていたのだ。エディク王子に、妾か第二妃の話をしていた理由も納得した。
いつもどこか遠くを見ていたリューディア。グラムヴィント様が恋しくて遠くを見ていたのかと思っていたが、事はそう言うことではない話だ。
この国は危機に瀕している。それと同時に、リューディアがグラムヴィント様の花嫁と言うことが許せなかった。
邸に連れ帰ったリューディアは、無言のままでこちらを振り向くこともない。「大丈夫か?」と声をかけても返事もない。軽く頷くだけ。リューディアのベッドに寝かせた白き竜を我が子のように撫でる姿が、胸が締め付けられるほど痛ましかった。
リューディアにすれば、竜も人間も変わらないのだ。それどころか、人間のリューディアは、この世に一人だけ竜の世界にいるような錯覚さえする。
__このままではいけない。
そう思うと、あの黒緋竜グラムヴィント様に会わずにはいられなかった。
リューディアと白き竜を休ませて、あの黒緋竜グラムヴィント様のおわす籠の檻に行くと誰もいない。竜聖女であるはずのレイラ嬢すらいない。
その現状を不審に思うが、今は好都合だった。
籠の檻に入れるのは、竜聖女だけ。竜聖女がいなければ、陛下すらもこの籠の檻には入れない。だから、籠の檻の外から眠っている黒緋竜グラムヴィント様に声をかけた。本当なら、竜聖女、もしくは王太子の許可がいなければ声さえかけられない決まりだが、もうそんなことを言ってられない。
「グラムヴィント様。私は、ヴィルフリード・オズニエルと申します」
名を名乗っても瞼一つ動かない。冬眠しているのは間違いない。それでも、険しい表情が崩れることのないままグラムヴィント様に話しかける。
「……あなたは……リューディアをどうするおつもりですか? ……グラムヴィント様の寿命は仕方ない。ですが、リューディアは違う。彼女は、これからも生きる人間なのですよ」
聞こえていないのか、ピクリとも動かない巨大な竜に苛立ちが隠せなかった。
「……なんとか言ったらどうなんだ!? 偉大な黒緋竜グラムヴィント!」
籠の檻が壊れるほど叩き付け、叫んだ。錬金術師の作った檻は、それでも壊れることは無い。
「……あなたにリューディアは二度と返さない……!」
いくらこの国に必要な竜だとしても、もうリューディアは渡せない。リューディアは花嫁だと言ったが、俺からすればまるで生贄だ。たった一人の娘が犠牲となりこの国を災害や魔物から守っていたのだ。それだけではない。リューディアがグラムヴィント様を受け入れているのだ。そのリューディアをグラムヴィント様が離すとは思えない。
グラムヴィント様が竜紋を刻むことも、解任されたのに竜紋があるままということは、竜聖女が他の男の子種を持つことをこの偉大な竜が認めていないからだ。
冬眠から目覚める気配すらないグラムヴィント様。踵を返してこの籠の檻を去ろうと歩いていると、入れ違いでレイラ嬢が使用人をお供に歩いて来ている。
「ヴィルフリードさま! まぁ! 私に会いに来て下さったのですか!?」
フリルで彩られたドレス。そのドレスの裾を持ち上げて駆け寄って来るレイラ嬢。
そんな着飾ったドレスでどうやってグラムヴィント様の世話をするのか。その傲慢で男に取り入ろうとする様子が不快感を加速させた。
「近づくな」
「……っひ……!」
冷たく一言そう言い放つと、レイラ嬢とそのお供の使用人たちが身体をこわばらせて微かに怯えた声を漏らした。
そのまま、振り向くこともなく待たせていた部下たちを引き連れてエディク王子の執務室に行く。誰にも聞かれたくなくて、エディク王子の執務室の周りには部下たちを配置させた。
執務室に入ると、冷たい顔のままのせいでエディク王子は書類を書いていた手が止まってしまっていた。
「どうした?」と訝しむエディク王子に、人払いをさせていることを伝えると、重要な話だとわかりエディク王子は耳を傾けている。そして、リューディアから聞いた話を伝えると、言葉に詰まったまま呆然としていた。
「……それは、本当か?」
「あのリューディアが嘘をつくわけがありません。ましてやあれほど悩んでいたのです。リューディアの今までの発言にも思い当たることがあります。エディク王子にもリューディアは妾や第二妃の話をされたでしょう」
「……私は、リューディアに嫌われているのだと……いや……それよりも、グラムヴィント様が……」
エディク王子は、リューディアに嫌われているからそう言ったのではないとわかったからか、驚きを隠せなかった。
「……グラムヴィント様の後継者は見つけています。ですが、レイラ嬢は信用できない。彼女に白き竜は渡せない。竜機関がレイラ嬢を調べないなら、騎士団で彼女のことをすぐに調べさせてもらいます」
「レイラのことを調べるのは賛成だ。だが、リューディアの竜輝石の光が消えた理由がわからない。リューディアが竜聖女のままなら、何故竜輝石の光が消えたんだ? それをずっと考えていた。ヴィルフリード……私から、正式に頼もう。竜機関を調べるのに、手を貸してくれ。竜機関を動かせば、内部に敵がいれば筒抜けになってしまう」
エディク王子は、何度も竜輝石を確認していたようで、その度に光らないリューディアの竜輝石を見て落胆に似た感情を持っていたらしい。リューディアが、誰よりも竜聖女に相応しいからだ。それは、誰もが認めている。あの様子のレイラ嬢など、とてもじゃないが竜聖女に相応しくない。
それどころか、俺はリューディアの話を聞いてレイラ嬢は竜聖女ではない、と確信している。だが、竜機関が竜聖女だと認めている。最終的な判断ができるのはグラムヴィント様だけ。それなのに、グラムヴィント様は冬眠から覚める気配すらない。あの偉大な竜は、腹ただしいほど何も語らないのだ。
「……もし、リューディアが竜聖女のままでも、グラムヴィント様には返しませんよ。彼女は、生贄じゃない。どんな手を使ってでもリューディアは守ります」
「……やめろ。国一番のドラゴンスレイヤーにでもなる気か。グラムヴィント様は、討伐対象の邪竜ではない。それに、グラムヴィント様には竜聖女が必要だ」
竜と共に生きているこの国に、今さらグラムヴィント様と竜聖女がいなくなることは、受け入れがたい出来事だろう。俺だって、竜聖女がただの世話係ならなんとも思わない。竜聖女にも全く自由がないわけでは無かったから。でも、リューディアだけは違った。あのウォルシュ伯爵家はリューディアを受け入れない。そのせいで、リューディアは孤立を極めたのだ。
その結果、グラムヴィント様に全てを捧げることを拒否する考えすらリューディアにはなかったのだ。
「ヴィルフリード……近いうちにお前の邸に行こう。リューディアと白き竜は、そのままお前の邸で保護していてくれ。特に、白き竜のことはまだ公表しない方がいい。お前なら、二人を守れる」
「必ず守ります」
そう一礼して執務室を去った。
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