第17話 深き霧の森

 森は、騎士団が少しずつ霧を払っていたようで、かがり火を焚いている所は調査済みだと分かるようにしていた。

 飛竜のブリュンでフリードさまと降り立ったのは、森の一角の場所。あまり樹がない開けた場所だった。そこには、他の騎士団の団員もおり、かがり火が燈されている。


「ヴィルフリード様!」

「調査はどうだ?」


 フリードさまに、声をかけて来たのは若い騎士。


「いまだ霧の発生源はわかりません。魔物も活発になっているので、思うように調査は進みませんけど……」


 そう報告しながら、若い騎士は私を見てニコリとした。


「ヴィルフリード様……いくら離れたくないからと言って、こんな危険なところに連れて来てどうするんですか? 森の奥から魔物がやって来ていて、ちょっと危険ですよ」

「魔物が溢れているのか?」

「視界が悪くてなかなか進めない上に魔物ですからね。ちょっと苦戦しています」

「霧はどうだ? 温度や湿度を変えても霧は変わらないか?」

「その場限りですね……やはり、ヴィルフリード様の予想通り、自然の霧ではないかもしれません。調査員もその可能性を強く推しています」


 フリードさまが、若い騎士とそんな話をしている。気の置けない仲なのか、友人にさえ見える。そんな話を横目に神経質を研ぎ澄ますと、弱々しい竜気を感じる。


「……フリードさま。きっとあちらです」


 話し中のフリードさまに、方角を指さす。そして、その場にいる騎士三人が視界に入ると軽症ながらも怪我をしている。


「怪我を?」

「みな軽症です。申し遅れました。私は、ヴィルフリード様の執務官も兼任しているウルリクと言います。どうぞお見知りおきを、リューディア様」

「敬称はいりません……」

「ヴィルフリード様の婚約者の方ですからね。そういうわけには……」

「今だけです。それよりも、すぐに癒しの魔法をかけますね。これくらいならすぐに治せます」


 そう。今だけだ。私を知れば、結婚など考えられないはず。

 フリードさまとウルリク様は、顔を見合わせている。そのフリードさまは無表情で私を見て立ち尽くしている。視線が痛い。

 その間に、私は癒しの魔法を軽症者たちに一斉にかけた。傷はあっという間にふさがり痛みもなくなっている。

 軽症者たちは、お気になさらず、と言いながらも怪我を癒されて私に感謝を述べていた。

 それに、いつも通りにペコリと頭を下げる。笑顔を作るのは苦手なのだ。


「フリードさま。私は、竜気を辿ってこのまま行きます」

「一人で行かせるわけがないだろう」

「一緒に来て下さるのですか?」

「リューディアなら、魔物にも対処できるのだろうけど……一人にさせるつもりはない」

「そうですか……では、行きましょうか?」


 心配そうな、それでいて私をいつも気遣ってくれるフリードさまは、軽症者たちをここで待機させて私とウルリク様を伴い竜気の感じる方へと歩いて行った。


 しばらく歩いていると、側には川が流れており空気がひんやりとする。濃霧のせいで温度も下がっているのだ。そして、だんだんと腐った臭いがしてきた。


「……血の匂いがするな」


 フリードさまが眉根にシワを寄せてそう言う。


「霧が濃くて、この辺りの調査はまだなのですよ。魔物がどこから現れるかわからないので……」


 ウルリク様も辺りを警戒しながら答えた。

 被害は霧以外にないから、騎士団を全軍投入することはできない。森に魔物がいることは異変ではないし、街に被害がなかったから討伐対象にもならない。実際に街には、騎士団の屯所があり、魔物が入って来れないように見張りはいる。それでも、フリードさまは異変があると思い調べていたのだ。それは、先日の地震があったからだと思う。

 そう思うと、エディク王子も異変に気付いているのだろうか。


 ウルリク様が持っている魔法の松明の周りは霧が少しだけ薄くなっている。


「ウルリク様。あちらを照らしてください。何かあると思うんです」


 そう言いながら指さすと、ウルリク様が先頭に進み魔法の松明を照らす。そして、さらに松明の火を強くして、かがり火よりも強い火が燃え盛った。

 私たちの周りだけ霧を晴らすと、魔物の死骸ばかりだ。引き裂かれた跡もある。

 その先には、洞窟の入り口が見え霧はそこからあふれていた。その洞窟に向かい進もうとすると、霧の中から狼系の魔物が飛び出て来た。


 すかさず魔物に魔法を放とうと手をかざすと、それよりも先にフリードさまの手に槍が出現した。武器召喚の魔法だ。竜騎士は、この武器召喚の魔法が必須と言われている。


「ウル! リューディアに魔物を近づけるな!!」

「わかってます!!」


 ウルリク様も、すかさずに武器召喚で武器を持っていた。ウルリク様の武器は大剣。フリードさまよりも小柄のこの身体にどこからそんな力があるのだろうと思うが、難なく大剣で魔物に対処している。


 フリードさまは、柄は長くそして刃先の大きな槍を豪快に扱い魔物はあっという間に骸となった。

 私よりも大きな槍は、漆黒のように黒くて、真っ赤な血すらわからない。

 私が、魔法を使う暇などなく霧の中から現れた数体の狼系の魔物たちは退治されてしまったのだ。


「大丈夫か?」

「はい。すごくお強いのですね」


 息も乱れずに、槍を魔法で消したフリードさま。ウルリク様も同じで、落ち着いた様子は変わらない。


「リューディア様。ヴィルフリード様は、国一番の使い手ですよ。剣も得意ですけど、槍を持たせれば右に出る者はいません」


 ウルリク様が、自信ありげにそう言う。

 竜騎士で、そのうえ将軍。国一番の猛者なのだろうと察しが付いた。


「ウル。魔物がまた現れるかもしれない。お前は、ここで待機していろ」

「ハッ!」


 洞窟の前で待機してくれるウルリク様に、「では、行ってきます」と言って、私とフリードさまは、一緒に進んだ。







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