第8話 漆黒将軍の求婚 2

 フリードさまの執事のハンスさんは、30歳ほどのスラリとした黒い執事服の似合う方だった。そのハンスさんに、フリードさまのお昼を入れたバスケットを渡してもらった。


 


「ハンスさん。少しお聞きしてもいいですか?」


「はい。もちろんです」


「お金を得るには、どこにいけばいいのでしょうか?」


「お金……ですか?」


「はい。フリードさまにずっとご迷惑をおかけするわけにはいきませんので……」


「手っ取り早いのは、女性なら髪を売る方もいますけど……」


「髪が売れるのですか?」


「珍しい色の髪や質のいい髪は売れますけど……そのようなことをなされなくても、お仕事なら、ヴィルフリード様にご相談された方が……」




 でも、お昼を届けるのは仕事ではなくて、お使いではないのだろうか?




「……そうですか。そうですね……大事な方のお気に入りの髪ですから、髪は売りたくないのでよく考えます」


「そのほうがよろしいかと……」




 グラムヴィント様のお気に入りの銀髪はさすがに売りたくない。それに、こんな傷んだ髪は売れないだろう。




 悩んでいる間にハンスさんは、馬車を用意してくれており私はそれに乗り込んだ。




 騎士団は、お城の一角の棟にある。グラムヴィント様のいるところとは少し離れているけど、少しでも近くに行けるかもしれないと期待して行った。




 騎士団の馬車乗り場に着き、扉が開いたら降りようと思い、バスケットを持った。


 その時に、扉が勢いよく開いた。扉が壊れるほどの勢いに、思わずビクついてしまう。




「リューディア。待たせたか?」


「た、たった今着いたばかりですけど……」


「どうした? 何かあったか? 何故そんな隅に座っているんだ?」




 不意打ちのように勢いよく扉を開けられたら、驚くのは無理ないと思う。バスケットを持ったまま、ビクついている私を心配するフリードさまは、しっかりと持っている私のバスケットを取り持ってくれた。




「……顔が赤くなっているぞ?」


「動悸がしてますから……」




 物凄い勢いで扉を開けられれば驚くことこの上ない。まだ、胸がドキドキしている。




「大丈夫か?」


「大丈夫です」




 フリードさまのせいで驚いているなど露ほども思ってない様子で私を馬車の中から持ち上げて降ろしてくる。




「力持ちですね」


「リューディアは、やせすぎだ」




 軽々と降ろされると、顔が少しだけ近くなる。それに少しだけ照れてしまう。




「……リューディア? 何をやっているの?」




 ほんの少しフリードさまと視線が合っていると、聞き覚えのある声がする。お義姉様だ。




「……お義姉様。どうしてここに?」


「ヴィルフリード様を追いかけて来たのですけど……どうしてここにいるのかしら?」




 怒りを抑えているような笑顔に、それは私に向けられたものだとわかる。私が一体何をしたのだろうか。


 私からすれば、グラムヴィント様を取られた気分なのに……。




「リューディアには、近づかないでもらいたい。それに先ほどのお話はお断りいたしました」


「どうしてかしら? ヴィルフリード様は竜聖女を崇拝していたとお聞きしましたけど? 私の護衛を断る理由がわかりませんわ」


「……崇拝していたわけではありません。尊敬をしていたのです」


「でしたら……」


「お断りです」




 どうやら、新しい竜聖女になったお義姉様はフリードさまに護衛を頼みたいようだけど、護衛を頼んでどうするのか不思議だった。毎日毎日、一日中グラムヴィント様の檻の中にいて何故護衛が必要なのかわからない。少なくとも私にはいなかった。


 護衛が一緒に来ていたのは、グラムヴィント様の魔物肉を取りに行く時だけ。さすがにその時だけは、騎士たちと一緒に出掛けていたけど……。


 お義姉様を見ていると歪な笑顔に見えてくる。




「そう……リューディアは、どうしてここにいるのかしら? そんな汚い格好でヴィルフリード様の隣にいるのは相応しくないのではないかしら?」




 フリードさまが、私を背に隠すようにしていると、お義姉様はほんの少し顔を傾けてそう言う。




「リューディアへの暴言は止めていただきたい。彼女への暴言は、俺への暴言と捉えますよ。……さぁ、行こう。リューディア」




お義姉様に対してずっと怒りを露わにしている。その反面、私には優しく話しかけてくる。


それが、ますますお義姉様をいら立たせていた。




 それでも、フリードさまは私を連れてその場を颯爽と去っていった。


 そのまま、ひと気のない騎士団の庭へと連れて行かれる。日陰を求めてか、庭のガゼボに行くと一息ついたみたいにお互いに隣り合って座った。




「昼食をいただきましょうか? たくさんサンドイッチを作ってくださったようですよ」




 バスケットを開けると、たくさんのサンドイッチが並べられている。それを取ろうとするとフリードさまが言いにくそうに話し出した。




「……いつもああなのか?」


「お義姉様のことですか? もう一年ほどお会いしてなかったのでよくわかりませんね」


「……トランクの中には何が入っていた?」


「着替えとかですけど……」




 お義姉様の私への態度がよほど気になるのか、下顎に指を当てて考え込んでいるフリードさまに、サンドイッチを並べた。




「フリードさま。お気になさらなくて大丈夫ですよ。私がお洒落もできてないのは本当のことですから……私など庇えばフリードさまのお名前に傷がつくかもしれませんし……」


「リューディアこそ気にしなくていい……あれは、本当のことだ」


「私たちは、他人です。私への暴言はフリードさまへの暴言になりません」




 その発言に、フリードさまの眼が見開く。そして、少し間が開いたと思えば、目を細めて私を見据えている。




「……他人になりたくないと言ったら?」


「昨日、結婚しないといわれましたよ? 私は不釣り合いだと……」


「あれは、撤回する。不釣り合いだと言ったのは俺のことだ。俺は、もう30歳だ。リューディアは若くて可愛いから、俺のような無骨な人間は可哀想だと思ってだな……」




 可愛いなど、人間に言われたことなどない。グラムヴィント様は、「可愛い私のリューディア」と言ってくれたことはあるけど……それとは、違う気がする。今までにないほど、頬が温かくなっている。




「で、でも、私は、本当に令嬢らしくなくてですね……お義姉様の言う通り、薄汚れていましてっ……フリードさまだって、私に口付け一つしたくないと思います……っ」


「リューディアほど、清廉な人間はいないと思うが……穢れているところがまったくわからない……だが、そうだな……」




 可愛いと言われて、照れたまま必死で話している。赤ら顔を隠すように、顔は上げられなかった。私みたいな、おしゃれも出来ない薄汚れた令嬢に誰が口付けしたいと思うのか。


 すると、頬に柔らかい感触が不意に来た。驚き、眼はパチクリとして瞬きもできない。


 フリードさまが、不意に私の頬に口付けをしたのだ。




 動揺が隠せずに、動けなくなった私の手を包むように握られる。頬は、赤く染められたままだ。




「リューディア。結婚して欲しい。頼まれたからではないぞ。あなただから、そう言うんだ」


「でも、フリードさまにはもっといい縁談が……」


「自慢ではないが、縁談はいつも断っている。結婚したいと思うのは、リューディアだけだ」


「私といれば、フリードさまが笑われてしまいます。せめて、少しでも綺麗になってからじゃないと……」




 自信がない。私は、世間知らずでドレス一つ持ってない。握られている手でさえカサカサで恥ずかしいと思える。




「俺は気にしない……」


「……私は、気にします……」




 握られた手がカサカサだからか、フリードさまに握られているのが恥ずかしいのか……いきなりこんなことになり、心は落ち着かず動悸がしている。


 頬に口付けをしてくるなんて、グラムヴィント様がしてきた時はこうはならなかった。




「リューディア。せめて、婚約をしよう」


「本当ですか?」


「本当だ。だから、気兼ねなく俺の邸にいてくれるか?」






 ほんの少し考えてしまう。フリードさまは、エディク王子と違う。嘘を言っているようにも見えないけど、フリードさまに好かれる理由がない。


 フリードさまも、いつか私に婚約破棄を言い渡すかもしれない。そう思うと、結婚に振り回される自分が嫌になる。




「……ありがとうございます……でも、仕事は探させて下さい」


「あなたがそうしたいなら……」




 そう言って、左指の薬指を取りそっと口付けをしていた。
























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