第1話 ハルカA ~青春ドブ捨て女~

 ほら、ウチら青春ドブ捨て女だからさ、と友人はこぼした。


「基本的に皆恋愛とか下手じゃない? だから、あんたが結婚した時は驚いたよ」

「……でもさ、その後留美るみ琴音ことねも結婚したじゃん」

「まあ、あいつらは別? なんていうか、いかにも『結婚しそうな女たち』じゃん。要領も良いし、努力してるし」


 ちょっと気まずそうに濁す友人、美玖みくの言葉を聴きながら、私は小さくため息をついた。――分かっている。地味で、大して器量の良いわけではない私が結婚したのが意外だ、と言いたいのだろう。仕方がない。実際私は学生時代から地味な女だったし、東京出身、東京暮らしの三十路女としてはあまりに垢抜けていない。趣味は貯金、高いコスメにもハイブランドにも、海外旅行にもあまり興味がない私が一丁前に男と付き合い、結婚までしたのを気に入らないと感じる人間があってもおかしくはない。勘違いしないでほしい。この子だって意地悪な子ではない。普段から機会を見ては女子会を開く仲の良い友人たちも、誰もが結婚、妊娠、出産の話になると妙にシビアになるお年頃だ、というだけの話である。

 中高一貫校出身の私は、学生時代仲の良かった友人と共に中高同窓会に来ていた。今はその二次会。単に昔を懐かしみ、いつもみたいに馬鹿な話をして笑い転げていればよかったものを、うっかり「今日は夫にも遅くなるって伝えてるから大丈夫」なんて抜かしてしまっただけに、ちょっとした婚活の愚痴や小さなイヤミを聞かされているというだけの話だ。イヤミを言うにしろ、「青春ドブ捨て女だから、恋愛が下手だ」と言ってくれているだけ、全然マシだと思う。私が地味でダサくてブスだと言うのを避け、あくまで「女子高でぬくぬくと育った環境そのもののせいだ」という体にしてくれているのだから。まあ私、結婚しているんですけど。今日だって、せっかくの機会だからと一着二万のワンピースなんか着ちゃって、誕生石のアレキサンドライトのネックレスもしてきたんだけれど、きっとファストファッションの服におもちゃのカラーストーンを身に着けていると思われているに違いない。


「遥香はさ、なんだかんだ人生順調だよね。全部思い通りって感じ? 手に職つけて、それなりの給料で働いて、三十路手前で結婚してさあ」

「全部思い通りってことはないけれど……今の世の中、平穏に暮らせるのはありがたいことだなとは思ってるよ」


 友人がため息をつく。――せっかく綺麗なワンピースを身に着けて、ブランドバッグを持って可愛らしいメイクをしているというのに、ため息と愚痴ばっかりだなんて勿体ないんじゃない? と口にすればブスの僻みだと思われそうなので黙っておく。





 帰宅すると、夫の大輝だいきは布団の上に転がりながら動画投稿サイトを観てケラケラ笑っていた。最近お気に入りの芸人のチャンネルを繰り返し見ているのだ。


「ただいま」

「お帰り。ご飯はいらなかったよね」

「うん。大輝はなんか食べたの?」

「うん」

「何を?」

「……本当は何も食べてない」


 彼は基本的に、様々な欲求が乏しい。贅沢な食事、大きな家や車なんていらないと言うし、下手をすると一日一食でも全然問題ないし、高いものも欲しがらない。睡眠時間が十分にとれ、その上でインターネットを見ながら布団の上に転がる時間をとることができれば大満足だという。忙しい社会人生活の弊害だと思っている。彼は大手出版社で編集の仕事をしている。作家先生方に執筆依頼をし、彼らを急かしたりアドバイスしたりしながら本を作る手助けをする、あのお仕事だ。


「大輝が何も食べてないなら、何か作ろうか? パスタならすぐにできるけど」

「ううん、いいよ」


 大輝は一人暮らし歴が長く、家事は一通りできる。なんなら、ずっと東京育ちで、結婚する直前まで実家を離れなかった私と比べてもよほどまめに家事をするし料理だって上手い。つい忘れがちであるが、彼が彼自身で料理をしない場合は、私が代わりにそれをやってあげることに特に意味はなかったりする。





 明日も朝早くから仕事である。


「おやすみなさい」


 夫は私を一でし、にっこりと微笑むと私の隣で眠りについた。結婚生活も一年を越えた。上手くやっていると思う。欲もなく、拘りもない大輝とは、ぶつかることがほとんどないのだ。それでいて、彼は私に十分すぎるほどの愛情を注いでくれる。

 時々考える。――どうして、彼はわざわざ私を愛してくれたのだろう、と。

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