第23話 ハルカD to ……?
※本話には、かなり気持ち悪い人の描写が出てきます。作者の想定以上に気持ち悪さが出てしまったので、そういうのにトラウマがある方や、苦手な方は十分にお気をつけください。
私は思わず席を立ちあがった。後ろに逃げようとしたけれどそこには壁がある。横に出る? いずれにせよ、逃げようとするとどうしても、刃物を持った男により近づく方向に移動することになってしまう。
「お前は、いつだって助けて、助けてって、SOSを出していた」
酒に酔っているわけでもなさそうなのに滑舌の悪い様子で、彼はそう語り始めた。
「お前の書く小説を読めば分かった、お前は、実に不器用で友だちも少ない、社会に出れば、全部に過敏すぎて、まともに働くことのできない。そんなお前だから、恋人には粗末な、扱いだから、そういう恨みだ」
話すことに慣れていない人間特有の、言葉と言葉の間に挟まるひゅっという細かい息遣い。おまけに紡ぎだされる文章は、長くなればなるほど、どこか文法的に不完全な印象を与える。そもそも、私の書く小説を買ってくれるような"層"の人間なのだろうか。娯楽のためだけの、実用性のかけらもない小説を買うような……こう言っちゃ身も蓋もないけれど、金銭的余裕のあるような"層"の人間ではないだろうと感じた。だって、失われた前歯の数本すら治療するゆとりのない人が、田辺先輩が「くだらない」と吐き捨てるような内容の娯楽に手を出すかなって。
「お前を、理解できるのは、俺しかいない……そうだろう? それなのに、Twitte○の、写真は?」
「あの人はただの仕事仲間です!」
「嘘だ! お前のあの目は、あの男の、女の目だった」
あーっ、おまけに人の表情すらちゃんと読み取れない残念な方~! どう見たってあれは恋する乙女の目じゃねえだろ~!
男は、握った刃物をより一層光らせた。
「……わかりました、すみません。私が間違ってました。ごめんなさいね? 寂しい思いをさせて。そうです、あなたは私の善き理解者になるでしょう」
取り敢えず刃物を置いてもらうために、そう言うしかなかったのだ。
「よかったら連絡先でも交換しませんか? 私、嬉しいです! 運命の人になってくれるんでしょう。それなら刃物なんかじゃなくてスマホでも……」
「……偽者が」
男はガタガタと怒りに震え始めた。
「偽者、ニセモノ、ニセモノ! ハルカちゃんは、そうゆうこと言わないだろ!」
男は机の上の写真をわっと払い落とした。
「ハルカちゃんを、返せ!」
あ、終わった、と思った。
※ ※ ※
ふと目を開けると、パソコンの画面。そこには、三桁の数字の羅列、目の前に置いてある受験票に記載された数字も映し出されていて――
あ、そういうシステム? ちょっと拍子抜けって感じ。これは私が小学生のころの夢。さらに言えば、中学受験で第二志望校に合格し、公立の共学とどちらに通うか迷った末、女子校を選ばないとその後の中学校人生が詰む、あの瞬間だ。何が意外だったって、この選択肢を選びなおすチャンスが、もう一度やってきたということ。これまでは時系列で人生の書き換え現象が行われてきたため、今後もどんどん人生の後半に向かって書き換えが起こっていくのかな、と勝手に推測していたのだった。
「ねぇ、お母さん。――私、A女子に」
「遥香。人生って、そんな簡単にはいかないのよ」
夢の中の、幾分若々しい母がそんなことを言うので私は固まった。
「人生にはね、迷うことがいくつもいくつもある。進学もそう、結婚もそう。仕事もそう。でもね、その選択肢が、将来の遥香を決めていく」
「分かってるよ、そんなこと。だから私は――」
「でもね、世の中には『絶対にあり得ない選択』っていうのがあるのよ」
「あり得ない?」
「そう。……そりゃぁ、お母さんだって、昔はアイドルになりたかったし、でも大学で勉強はしたかったし、子どもも欲しかったし。だけどたぶん、アイドルになったら大学にしっかり通えるかっていうと難しいだろうし、その大学に通っていなかったらお父さんとは出会っていないから、遥香たちは生まれていないでしょう?」
「……その『あり得ない』を叶えてくれるのがこの夢なんじゃないの? そもそも、過去にさかのぼって自分の人生をやり直すこと自体があり得ないんだから」
なんだか、学芸会で小学六年生辺りが演じる、不思議な夢の世界のようなセリフを放っているな、という自覚はある。
「でも遥香が生きるのは現実よ? そして現に、この夢の世界があなたの現実をどんどん変えていってるじゃない」
「……私は、どうすれば」
「遥香の心に従って、遥香の好きなように選べばいい。ただひとつだけ、覚えておいてほしい。絶対にあり得ない選択肢を選ぶと、あなたは消える」
え、なんて?
「なかなか好きなようにはいかないのが、人生だから」
私、もしかして無自覚に今まで危ない橋を渡り続けていたの?
「ねえ、遥香。……A女子と、B中、どっちに行きたい?」
そうすると、これから先の可能性に賭けて、こう答えるしかなかった。
「とりあえず、当面B中で」
※ ※ ※
ふと目を開けた。周囲が騒がしい。
「人が刺されたぞ! 早く、救急車を!」
そうか、私、夢を見る直前サイン会で――え? 刺されたのって、私?
視線の先には、そう、あの刃物を持っていたはずの不気味な男が二人の警備員に取り押さえられていて、私のすぐ目の前には……
「田辺先輩? どうしてここに」
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