ep04.類は友を呼ぶ?


 今日の日程は終了し、放課後になる。

 俺はホームルームの最後に、橋岡先生から十分後に職員室へ来るよう呼び出された。

 きっと修学旅行の班についての話だ。

 一番不安な班の班長になってしまったからな。


 席から立ち上がると、ムスっとした表情で俺を見ている黒沢と目が合った。


「ど、どうしたんだ?」


 何も言ってこなかったが、無視したら怖そうなので俺から黒沢に声をかけた。


「班長として、もっとすべきことがあったんじゃないの?」


 親睦を深めようとしてくれるのかと期待していたが、いきなり駄目出しをされた。


「班長なら率先して班員と連絡先を交換するべきよ。それでラインで班のグループを作って、いつでも連絡事項を伝えたり意見を言える場を設けるべきじゃないかしら?」


 やはり黒沢は元生徒会長なだけあって、班長がすべきことを理解している。

 きっと俺の行動を見ていて、言いたいことが積もりに積もっていたのだろう。


「申し訳ない。班長というか、代表者とかリーダー的なことするの初めてだから自分でも手際は悪いと思う。今までそういうの避けてきたからな」

「初めてなら怖くなかったの? あのメンバーで班長をするのは、誰がどう見ても最初にしてはハードルがちょっと高過ぎると思うのだけど」

「誰も立候補者がいないなら、誰かがやるしかないだろ。それが俺だっただけだ」


 黒沢は俺と真逆で今まで率先してリーダーをしてきただろうから、今の俺の気持ちはわかってくれないのかもしれないな。


「金田君のように私が元生徒会長なんだからやればって押し付ければよかったじゃない。そうすれば私がやらざるを得ない空気を作れたはずよ」

「嫌だと思うことを人に押しつけるくらいなら自分でやろうと思っただけだ」


 以前までの俺なら班長から逃げていただろうが、今の俺はみんなよりも年上だ。

 そんな立場の人間が逃げて年下の生徒に押しつけるのは、人として恥ずかしい。


「別に嫌とは言ってないけど」

「黒沢の顔を見てれば嫌というかやりたくないってのは、はっきり伝わってきたんだ」


 黒沢は言葉に詰まり、髪をくるくるといじって居心地悪そうにする。


「……そう。申し訳ないわね」


 そこはありがとうと感謝を述べるのが一般的ではあるが、黒沢は申し訳ないと謝罪の言葉を選んだ。

 それが黒沢が人から好かれなかった原因なのかもな。


「まぁ、私が逃げた分、裏方としてサポートはするわ」

「優しいとこもあるんだな」

「そんなことないわ。優しいのはあなたの方でしょ」


 班のことを真剣に考えてくれている時点で、他のみんなにはない優しさというか責任感は伝わってくる。

 思っていた以上に冷酷な人ではないようだ。


「話し合いの時は、協力する気なんてさらさら無さそうに見えたけどな」


「今、あの話し合いの時を振り返ると、ねていてわがままで子供っぽかったなと反省してるわ。だからあなたにも子供扱いされてしまった訳だし」


 過去の失敗からか、自分を見つめ直して反省するすべを身に付けているようだ。


「子供扱いされたくないのなら、子供っぽくなくなればいい。だからこうして、態度を変えて大人の対応を見せているだけ。そこに優しさなんてないわね」


 黒沢は優しさをかたくななに認めない。

 少し話しただけで頑固なのが伝わってくる。


「だから今日の私のことは一度忘れなさい。明日からは絶対に子供扱いしないこと」


 プライドが高いのか、子供扱いだけは受け入れられない黒沢。


「わかった。子供扱いがそんなに嫌なら、もう極力しないでおく」


 それを無理強いすることが子供っぽいぞというのは、胸の内に控えておこう。


「でも、そうやって教えてくれれば、ちゃんと黒沢のことを理解できる。だからこれからも今みたいに自分のことを教えてほしい」

「……それって子供扱いじゃないかしら?」


 一瞬で約束を破った俺をにらんでくる黒沢。

 そこに地雷があるよとわざわざ教えてくれたのに、うっかり踏んでしまう馬鹿な俺も悪いが。


「違う。子供扱いじゃなくて友達扱い。友達に言いたいこと言わずに理解できないから無意味と見下す方が子供扱いだろ?」

「そうかしら? あまり納得はできないけど、子供扱いじゃないのなら不問とするわ」


 なんとか雑な言い訳で許してくれたみたいだけど、黒沢の上から目線がキツ過ぎてまるで俺の方が年下に思えてくるな。


「これで私の用件は終わりよ」

「わかった。これからは気軽に話しかけてくれて構わないからな」

「あなたに遠慮したつもりなんてないけど」


 黒沢は生徒会長を務めていただけあって、人見知りということではなかった。

 今まで一人でいたのは、単に友達がいなかったからだろう。

 そういう意味では似た者同士なのだろう。


 ぼっち=陰キャというのは決めつけというか人が勝手に抱くイメージであって、実際は何か訳があってぼっちでいる人も多い。

 もしかしたら黒沢も家では笑顔で歌って踊って陽気に楽しんでいるのかもしれない。

 ……いや、それは流石に無いか。


 橋岡先生に呼ばれた時間になってので、俺は黒沢と別れて職員室へ向かった。

 職員室に辿り着くと、橋岡先生が入り口付近に立っていた。


「おっ、来たか。この先の指導室へ向かうぞ」


 生徒指導室へ移動し、何故かシャツの胸元ボタンを一つ開け、部屋の鍵を掛けた橋岡先生。


「そんな鍵まで閉めて何か大事な話でもあるんですか?」

「いや、鍵を閉めたのは単に生徒と二人きりの秘密の空間の方が興奮するからというだけだ。別に大それた話はないし、説教をするつもりもない」


「噂で聞きましたけど、男子生徒が好きだったりするんですか?」

「そりゃ、私も一人の女だからな。生徒だとしても異性として意識はしてしまうだろ」


 少しも悪びれる様子のない橋岡先生。

 下心を隠すつもりもないらしい。


「それにしても、君は大変な班になってしまったようだな」

「余り者を寄せ集めたのは先生じゃないですか」

「ああするしかなかったんだ。私は悪くないし、あの場では最善の判断だった」


 あの場で余り者を処理するには寄せ集めるしかない。

 文句を言っても無意味か……


「だが、私は君の担任の先生だから見捨てたりはしないぞ」


 俺の肩に触れて微笑みを向けてくる橋岡先生。

 距離感が異様に近いし、ここぞとばかりにボディータッチもしてきたな。


「前に黒沢について話したことがあったが、他の班員についても話しておくか」

「何で俺に話すんですか? 黒沢が同じ班になるのは予定調和だったんですか?」

「班長だからだよ。それに、黒沢は班とか関係なく君に合いそうだったからな。似た者同士は引き寄せ合うのか、たまたま同じ班になっただけだぞ」


 橋岡先生の考えは正しかったのか、クラスの問題児は引き寄せ合うかのように一つの班として集合した。


「赤間は一年生の時に美術部で制作した絵画作品が、どこかの凄い賞を受賞してテレビ番組から取材を受けていたほど芸術的センスにけている生徒だった」


 知らなかった赤間の情報を先生は教えてくれる。

 今は放課後になると即帰宅しているので、残念ながら美術部は辞めてしまったようだな。


「許されない炎上を巻き起こしてからはあの様だ。まさか大きな賞を取ったが故に、受賞時のテレビ映像や写真がネットにあって晒されやすくなるとは気の毒過ぎるな」


 栄光があったせいで苦しめられるなんて皮肉過ぎる。


「だが、それでも不幸中の幸いか、その実績や父親が校長と面識があった影響で奇跡的に退学を免れて重い停学処分で済んだ。それでも、あの件以降は病んでしまっているがな」


 どうやら赤間は退学の一歩手前まで追い込まれていたようだな。


「金田はサッカーが得意というか、プロに近いところまで来ていた。浦和にあるクラブのユースチームに所属していて、世代別の日本代表にも選ばれるほどだったそうだ。だが、もう半年以上も怪我の影響でサッカーから離れている」


 今の様子ではにわかに信じられないが、金田はサッカーの世界では逸材だったようだ。


「白坂はモデルを休業中の芸能人だ。学業に専念したいとのことだが、その割にはこの前の中間テストの成績も悪かったし、熱心に勉強する姿勢も見えない」


 白坂に関しては、俺が知っている情報と同じ程度だ。

 他のみんなと比べるとヤバい問題児ではないかもしれないが、謎は多いな。


「ポジティブに言うなら、みんな個性豊かですね」

「そうだそうだ。私は普通の人間より、変わってる人間の方が好きだぞ」

「でも、変わり者過ぎてみんな何を考えているのか分からなくて困ってますよ」

「自分とは対照的な人だなと思っていても、似ている部分が多くあったりする。あいつは嫌だなと思っていても、ふとしたきっかけで良いなと思う時もある。みんなかけ離れた存在に見えるようで、意外と近いところにいる。だから、その内分かってくるさ」


 自身にもそういう体験があったのか、実感を込めて話す橋岡先生。


「上手くやってくれよ」

「簡単に言いますけど、問題児ばかりなので信じられないくらい大変ですよ」

「何を言っている。一番の問題児は君じゃないか」


 橋岡先生は俺の事情を知っている。

 俺がどうして留年したかも知っていて、俺が抱えている問題も把握している。


「本気で相談すれば、君の傷を癒すことに最善を尽くすつもりだが」

「結構です。先生は先生でいてください」


 外側の傷は時間が癒してくれるが、内側の傷は自分にしか癒せない。


「可愛くないな」

「すみません、ご希望に沿えなくて」

「かまわないよ。君は可愛くないが、私はそういう面倒な男子も好きだからな」


 橋岡先生の素直さをどうかと思うこともあるが、頼りになりそうな安心感はあるな。


「俺よりも良い男はクラスにいっぱいいますよ。現生徒会長の四谷とか」

「ふっ……君も大人になればわかるさ。面倒な相手ほど、意識をしてしまう。我儘な相手ほど、かまってあげたくなる。興味を持たれないほど、ムキになってしまうものだ」


 大人になると余裕が生まれるから、そういう気持ちを抱くのだろう。

 若者では許容できる相手の範囲も狭く、多くの人を拒絶して距離を取ってしまうからな。


「頼むぞ年上少年。あの子らが正しい道を進むかは、君の手にかかっている」

「何で俺がそんな重荷を背負わないといけないんですか」

「きっとそれが自分勝手に留年した君の罪なんだよ。黙って背負え」


 両肩をパンパンと叩いてくる橋岡先生。


 そうか、これは自己責任か。

 留年という道を選んだのは俺だからな。


「みんなが良い方向に進めば、先生からドライブデートのご褒美があるぞ」

「そんなところ見られたら大問題になりますよ」


 周りも問題児だし、担任の先生までも問題教師だ。

 こんなに問題のある人が引き寄せ合ってしまうのは、もはや呪いの類だな――

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