ep14.おっぱい
昼休みになり、金田の秘密基地へ向かう準備をする。
一度あの場で食事をして以降、俺達は特に呼びかけることなく集まるようになった。
ただ、金田の要望であの場所がバレないように全員バラバラに教室を出る流れになっている。
そのため、いつの間にかみんなあの空き部屋を秘密基地と呼ぶようになっていた。
俺は最後に教室を出ようとするが、目の前には黒沢が立っていた。
「どうした?」
俺の隣で居心地悪そうにもじもじとしている黒沢。
う~んという
「いつも昼休みどこにいるわけ?」
「居心地の良い場所で班のみんなで食事をしている。場所は訳あって秘密なんだ」
最初に断られてからも何度か黒沢を誘っていたが、すべて一言で断られていた。
「そ、そうなの」
「……黒沢も一緒に来るか?」
「え、ええ」
俺の言葉を聞いた黒沢は安堵した顔で頷く。
どうやら、誘って欲しくて自分から俺の元へ来たみたいだな。
これで子供扱いしないでは理不尽な言い草だ。
「今までは来る気なかったのに、気が変わったのか?」
「あなた達がいないから、教室で一人なの私だけになったのよ」
黒沢の席は教室の中央のため、ど真ん中に一人でいるという空気に耐え切れなくなったようだ。
それを踏まえると、俺達は同じ班になる前から助け合っていたのかもしれない。
それに、きっと最初に断ったせいで、簡単に頷けなくなってしまったのだろう。
そういう強がりというか簡単に素直になれない性格は、個人的に可愛いと思うが。
黒沢と共に金田の秘密基地へ向かう。
廊下に誰もいないことを確認してから、ドアを開けて中へ入った。
「今日から黒沢も一緒に食べるって」
俺が既に食事を始めていたみんなに伝えるが、特に良い顔も嫌な顔も見せなかった。
「……こんな場所で食べてたのね」
「金田が見つけてくれたんだ。良い場所だろ?」
「私がまだ生徒会長だったら、空き部屋の不当利用で先生に報告してたけど」
黒沢の言葉に、みんなは顔をしかめる。
それだけここが居心地の良い場所になっていて、失いたくない気持ちを抱いているのだろう。
「生徒会長じゃなくなった今はどういう対応をするんだ?」
「問題児になってしまったのだから、落書きでもしようかしら」
黒沢は部屋に置かれている壊れたホワイトボードにペンで絵を描き始めた。
悪ぶっているつもりなのだろうが、落書きなんて子供だな。
「どう? 可愛いでしょ?」
何かしらの動物を描いたみたいだが、絵が下手過ぎて何の動物か分からない。
「たぬきか? 絵が下手過ぎてわからん」
「どこがたぬきなのよっ、どう見てもカワウソでしょ!」
怒って顔を赤くした黒沢はカワウソの下にバカ茂中と落書きしている。
「カワウソってこんなのでしょ?」
黒沢が置いたペンを赤間が手に取り、ホワイトボードにカワウソを描き始める。
一度もペンを止めず、あっという間に描き終える。
特徴を確実に捉えていてカワウソだとはっきり分かるし、目をクリクリにさせてコミカルな可愛さを追加する遊び心もある。
初めて赤間の絵を見たが、美術のコンクールで何度か賞を取ったことがあるのも頷ける絵の上手さだな。
「か、可愛いわね」
赤間の描いたカワウソに見惚れて、ホワイトボードをずっと見つめている黒沢。
何故か赤間は黒沢を真似するように、カワウソの下に茂中先輩と落書きをしている。
「赤間、めっちゃ絵が上手いじゃん」
白坂は赤間の絵を見て驚いている。
「別に。きっと隣に下手過ぎる絵があるから上手く見えるだけだよ」
「だれが下手過ぎよっ」
誰が見ても絵が上手いのに謙遜している赤間。
自分に自信を持てない性格なのだろう。
ただ、自ら描き始めたので絵を描くのは今でも好きみたいだな。
黒沢は自分の席を用意して、みんなと共に食事を始める。
赤間と黒沢は手作りの弁当を持参しているようだ。
白坂はコンビニで買ってきた物を食べているが、いつも野菜スティックかパスタサラダしか食べない。
スタイルに気を使っているからか小食である。
金田は知らないお店のお弁当を毎日食べていて、栄養バランスが良さそうな内容だなといつ見ても思う。
俺はいつもコンビニで食べたいと思ったパンかおにぎりを二つ買っている。
理由は食べるのが簡単であり、食にあまりこだわりがないからだ。
みんなと昼休みを過ごすようになってそろそろ二週間経つが、会話の量も少し増えたな。
食事を始めると赤間が何故か俺をちらちらと見てくるのが気になった。
「……あ、あの」
赤間と目が合うと向こうから話しかけてくれた。
赤間の方から話しかけてくれるのは滅多にないので嬉しい。
まるで子供の成長を見届けて喜ぶ親になった気分だ。
「どうした?」
「チョコレートを作ってきたので、よかったら食べてください」
赤間の予想外の言葉に俺は驚く。
白坂と金田もまさかといった表情を見せているが、黒沢は特に気にせず黙々と食事をしている。
「えっ……嬉しいけど、どうして急に?」
「茂中先輩に恩返しというか、できることはないかなと考えた結果です。茂中先輩はいつもコンビニのパンかおにぎりしか食べていないので、それだけじゃお腹空くかなって」
いつの間にか赤間に俺の食事の傾向を把握されていた。
「せっかく作ってきてくれたならありがたく食べさせてもらうけど、そんなに気を使わなくて大丈夫だからな」
「気は使います……こんなあたしなんかの為に、色々してくれているので」
俺が修学旅行の費用を立て替えると宣言したあの日以降、何故か目を向けられることが異様に多くなっていた。
何か心境の変化でもあったのだろうか……
「ありがとう。これ美味しいよ」
赤間のチョコは商品のようなクオリティで美味しい。
だが、バレンタインでもないのに女子からチョコを貰うなんて初めてなので不思議な気持ちにもなる。
「中に何かソースが入ってるな。これは何のソースなんだ?」
「えっと……」
何故か俺の質問に答えを詰まらせている赤間。
味があまりはっきりとしていないソースなので自分では何のソースか予想できない。
それにしても、中にソースまで入れるなんて手間がかかっているな。
「何のソースかは言えません。あたしの気持ちみたいなのを込めた感じです」
その言葉を聞いた白坂と金田の顔は引きつっている。
流石に変な物は入れていないと思うが、答えを教えてくれないと不安になるな。
「というかさ~後ろめたい気持ちあんなら自分でバイトとかして金を稼げばいいじゃん」
白坂は冷たい顔で赤間に提案する。
常に冷たい顔をしているので機嫌が分からないな。
「親がもうこれ以上迷惑かけるなって……学校以外は家でじっとしてろって言うから。あたしにも色々と事情があるの」
「もう高校生でしょ? 自分のことは自分で決めなよ」
白坂は赤間を追い込むように畳みかけている。
俺が優しくしてしまう分、白坂みたいに厳しくされるのも赤間にとっては必要なことかもな。
「あたしの名前を調べられて炎上の件を知られたら即クビだし、お店にも迷惑かかっちゃうから。職場の人にもきっと笑い者にされる」
「それは当然の報いでしょ? 別に人と関わらないでやれる仕事も探せばあるだろうし」
白坂の指摘にぐうの音も出ない赤間。
だが、今の赤間の状態じゃアルバイトなんて無理な話だ。
今はただ傷を癒しているだけでいい。
「今は無理に動かなくていい。むしろ炎上の件のほとぼりが冷めるまでは、社会にあまり出るべきではないかもな」
この状況で赤間が社会に出ても、さらに傷ついて心を擦り減らしてしまうだけだ。
「む~」
白坂が何か言いたげな目で俺を見てくる。
どちらかに肩入れするのは良くないと分かっていたが我慢できなかった。
次からはもっと違う形で仲裁しないと。
「茂中先輩の言う通りにします」
「別に俺の言葉は無視してもいい。決めるのは自分自身で頼む」
何故か俺に全てを委ねるような意思を見せてくれる赤間。
あの一件で信用されたのかもしれないが、それにしても信用の度が過ぎている。
「茂中さんもさー、彼女いるのに他の女の手作りチョコ食べるとか浮気じゃんか。アリスさんに出くわしたら言っちゃお~」
「そういうのじゃないだろ」
「女が浮気だって判断したら浮気になるから。残念でした」
白坂がアリスと出くわすことは絶対にないので心配する必要はないが、こんなことで浮気扱いをされるのは嫌だな。
食事を終え、秘密基地に静かに留まる。
みんなは少しでも教室にいたくないのか、昼休み終了ギリギリまで残っていることが多い。
「ここでの食事なら周りの目を気にせず気楽でいられる。本当に助かるわ」
この場所での昼休みを初体験した黒沢は満足そうな顔で感想を述べている。
「最初にこの場所にいたのは金田だから、感謝するなら金田に言ってくれ」
「……金田君、ありがとう」
素直に感謝を口にしている黒沢。それだけこの場所が気に入ったのだろう。
「別に感謝されるほどのことでもねーよ」
気恥ずかしそうにする金田。
感謝されることに慣れていないようだ。
「おっぱいって揉まれれば揉まれるほど大きくなるらしいぜ。ということで胸の小ささで悩んでいる女子、正面に並んでくれ」
「はいはいキモイキモイ」
突然、話題を変えてふざけたことを言い出した金田。
また地獄のような空気が生まれるかもと危惧したが、白坂が罵倒を浴びせて話題を即終わらせてくれたので助かったな。
金田は何故か自分の評価が上がると、逆に無理やり下げようとしてくる傾向がある。
自分を少しでも悪く見られたい理由があるようだが、何を考えているのやら……
「ちょっと黒沢、何してんのっ!?」
何食わぬ顔で制服の上から自分の胸を両手で揉んでいる黒沢。
白坂がツッコミつつ慌てて黒沢の前に立って、俺や金田に見せないようにしてきた。
「金田君が言ってたこと、気になったから自分で試そうと思って」
「そういうのは人前でしちゃ駄目でしょーが!」
相変わらず天然というか、奇異な行動や発言を連発してしまう黒沢。
制服の上からとはいえ、胸を揉むなんて男子が見たら興奮してしまう。
実際、俺も久々にエッチな気分になってしまった。
「おいおい隠すなよ。俺のキモ発言がせっかく報われたってのに」
金田は黒沢を守った白坂に不満をぶつけているが、俺は文句を言いながらもちゃんと隠してあげる白坂の優しさを見て心が温まった。
「噂通り超女好きみたいだけど、同じ班だからって私達に変な気とか起こさないでよ」
白坂は金田に好意を向けられる前に
修学旅行でナンパもしたがるほどの女好きなら、同じ班の女子を好きになってもおかしくはないが……
「それはないから安心してくれ。特に白坂嬢にはな」
「何でよ? 有名人だから?」
意外にも金田は白坂に興味無しといった様子だ。
「白坂お嬢様はめっちゃ綺麗だと思うし、このクラスというか学校というか日本でもトップクラスに美しいのは間違いない」
「そ、そこまでは思ってないけどね」
金田から素直に褒められ、少し得意気な顔を見せている白坂。
「でも、何だろうな……色気が無いというかムラムラしないんだよな。だから、変な気を起こすことはないと思うぜ」
金田の感想は理解できる部分がある。
白坂は綺麗過ぎて
身近になっても、いやらしい気分になる機会は少ない。
だからといって、それをそのまま伝えるのは白坂に失礼だと思うが……
「あんた、けっこう酷いこと言うのね」
「そっちが聞いてきたんだろ」
「だからクズ扱いされて誰にも相手にされなくなるのよっ」
「知ってま~す」
白坂が金田に暴言を吐くが、開き直っている金田にはノーダメージだった。
その後は会話がピタリと止まり、昼休みが終わるまで無言で過ごした。
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