ep15.まんこ
六時間目のホームルームが終わり放課後になると、前の席の白坂が振り返ってきた。
「どうした?」
「茂中さん、赤間のことまじで気を付けた方がいいよ」
赤間の件にはやたらと意見をしてくる白坂。
それだけ思うことがあるのだろう。
「あんまり肩入れし過ぎると、面倒なことになると思うから」
「面倒なこと?」
「茂中さんに何かとすがったり、悪化すると依存しちゃうかもよ」
赤間が予期せぬ反応を見せる危険性があると指摘する白坂。
依存されるのは困るが、俺もアリスに依存に近い感情を抱いているので人のことを言えないかもな。
「今日も不気味なチョコを作ってきてた。そんなこと恋人以外には普通しないはず。既に茂中さんを特別視していることは明確だね」
「まだこれといって何かしたわけじゃないんだがな。手助けしてるが結果も出てないし」
「赤間は炎上して相当病んだ状態で過ごしてると思う。みんなから見放されて、絶望の中で学校生活を送っていた。そんな中、茂中さんみたいに周りを気にせず優しくしてくれたら、自分を救ってくれる王子様みたいに見えちゃうかもね」
同性の白坂の方が、赤間の気持ちを理解していると思う。
だが、忠告をされても赤間を修学旅行へ連れて行くという俺の意志は変わらない。
「見た感じ、ちょっと深入りしただけで茂中さんを異常に意識してる。これから茂中さんにべったりになって好意も向け始めて、付き纏われるのも目に見える光景だよ」
確かにチョコの件には異質感があって、少しモヤモヤを抱いていた。
過度に意識されても困るので距離感は保っていかないとな。
「茂中さんは彼女もいるんだから気をつけないと厄介なことになるよ」
「修学旅行費の件はやり過ぎていると俺も思うが、それが終われば深入りすることはなくなると思う。気をつけはするが、徐々に赤間もクールダウンしていくと思うぞ」「……女ってのは面倒なんだよ。何か、めっちゃ悪い予感してる」
経験者は語るといった表情で重く呟いた白坂。
声だけで苦労も伝わってくる。
「まぁ、茂中さんがどうなっても、私には関係ない話だけどさ」
突き放すような発言だが、本当にどうなってもいいと思っているならわざわざ俺に忠告などしてこないはずだ。
「忠告ありがとう。おかげで注意しなきゃいけない点が分かった」
修学旅行を成功させることに囚われていると視野が狭くなる。
もっと周りを見ながら行動しないといけないな。
やはり、誰かと過ごすと自分を客観視できて成長できそうだ。
「それと、俺は白坂を後ろの席からいつも見てるが、色気を感じることはあるぞ」
「は? 急に何?」
「髪を結んだ時に見える首筋とか、プリントを回す時に見える手入れされた爪とか、ふと目に入るとドキドキする箇所が多い」
俺の言葉を聞いて目をぱちぱちと
不快には思われて無さそうだ。
「金田には分からないかもしれないけど、俺みたいに間近の特等席で見ていれば白坂に色気を感じることもある」
「……そう」
俺の肩をツンツンとつついてきた白坂。
顔は真顔だが、態度は嬉しそうだ。
「私まで依存させたいの?」
「そういうつもりじゃない」
「冗談。褒められることには慣れてるし」
白坂は簡単に男に
ハードルの高さは少し話しただけも分かる。
「茂中さんも褒めるのに慣れてるね。彼女がいる男は、やっぱり女の扱いが上手い」
「褒めるというか、事実を伝えたまでだ」
「なにそれ、天然たらしじゃん。でも、ありがと……おかげでストレスが解消した」
「どういたしまして」
「そして、茂中さんの優しさが本物だと理解した」
金田の発言で傷ついていたのを見たから、俺はその傷を塞ごうとしただけだ。
本当に優しい人は傷つく前に助けるはず。
俺の優しさなんて中途半端だと思う。
「この前は茂中さんに下心あるに決まってるとか言ってごめん。茂中さんのことなんにも分かってなかったね」
「気にしてなかったから大丈夫だ」
「……その余裕たっぷりなところが大人っぽくて良いと思う」
白坂も俺を褒めてくれる。
大人っぽくて良いという評価は、自信を湧かせてくれるな。
「悪い、先生に呼び出されてるんだった。行かないと」
「そうだったね。じゃあ、また明日」
白坂と別れ、俺は早歩きで職員室へ向かった。
職員室へ着くと、扉の前に橋岡先生が待ってくれていた。
「遅い。三分くらい待ったぞ」
「すみません」
まさかわざわざ外で待ってくれているとは思わなかった。
それだけ俺と会うのを楽しみにしていたと考えると悪い気はしないが、デートの待ち合わせかよと困惑もする。
「別に中で座って待ってくれてて大丈夫でしたよ?」
「一秒でも早く茂中に会いたかったからな」
「彼女みたいに言わないでください」
相変わらず高校生男子が好きな橋岡先生。
男子嫌いな先生よりかは助かるけど。
「じゃあ、生徒指導室に向かおうか」
橋岡先生は俺の肩に触れながら歩き始める。
隙あらばボディータッチは相変わらずだ。
生徒指導室へ入ると鍵も閉めてしまう。
わざわざ男子生徒と二人きりの場を設けるのが好きなのはどうかしているな。
「まず最初に遅刻した罰としてマッサージをしろ」
「それ、人によってはパワハラで訴えられますよ?」
「だから人を選んでいる。信用のある生徒にしか言わない。茂中なら訴えないだろ?」
「まぁそうですけど」
橋岡先生も馬鹿ではないので相手は選んでいるみたいだ。
余計にたちが悪いけど。
肩を軽く揉んでマッサージをしてみるが、橋岡先生は不服そうな顔をしている。
「私がマッサージしてほしいのは肩ではなく腰だが?」
「それ、人によってはセクハラで訴えられますよ?」
「してくれないなら別にいいけど」
何故か
「良い子だ。君は押せばやってくれる子だね」
「押せばやれる子みたいに言わないでくださいっ」
「あぁん! 気持ちいいっ!」
橋岡先生はマッサージ中に何故かふざけて喘ぎ始めた。
大丈夫かこの人……
俺の班の問題児達より、先生の方がよっぽど問題だな。
「来週にはもう修学旅行が始まるが、君の班はちゃんと上手くやっているのか?」
「最初はどうなることかと思いましたけど、意外と大丈夫かもしれないです」
「まぁ君を含めてひと癖もふた癖もある連中だが、もう高校生だから無駄に争ったり無意味に荒れたりはしないか……もちろん、君の手腕もあるとは思うが」
幸せそうな表情でマッサージを受けながら語る橋岡先生。
「それで、今日呼び出したのは班別行動の件ですか?」
「そうだ。何だあの予定表は。綺麗な砂浜に行くとか、曖昧で困るぞ。他の班はちゃんと詳細な場所や予定時間がびっしりと書かれている」
俺は予定表をあえて曖昧にした。
事前に注意されるより、事後に注意された方が良い。
「本やネットに書かれた砂浜より、住民の人が通う名も無い静かなビーチに行こうかと。僕達は総じて人の多いところが嫌いみたいなので」
「ならばそれを書け。あと、別に行かなくてもいいから、他の場所も適当に書いといてくれ。これでお前は受理したのかと、何かあった時に上から指摘されて面倒だからな」
「わかりました」
優しい橋岡先生でも曖昧過ぎる予定表は受理してくれなかった。
仕方ないので適当に人気スポットを回る予定でも書いておくか。
最初だけは曖昧にして、そこで何かが起きて後の予定が崩れましたと言い訳すればいい。
「まんこは見たくないのか?」
「えっと……それより綺麗な海が見たいです」
「ちっ、引っかからなかったか」
修学旅行地の沖縄には
隣に大きな公園もあるそうで地域住民の憩いの場になっているらしい。
中学校の時に漫湖やエロマンガ島やシオフケ岬など、紛らわしい場所の名前でふざける馬鹿な友達がいたので耐性ができていた。
「そんな中学生みたいな馬鹿なことしないでください」
「こら、先生に向かって馬鹿とはなんだっ」
もはや先生として威厳や風格も無い。
俺から見たらただのヤバい人だ。
「本当に気をつけた方がいいですよ。俺じゃなかったらクビだったかもしれません」
「……さっきのはすまん。調子に乗り過ぎた」
意外にも反省している橋岡先生。
自分でもさっきのはアウトだったと判断したようだ。
「たまには馬鹿なことしないと、教員なんてやってられないんだよ」
先生という仕事は大変でストレスも尋常じゃないと聞く。
橋岡先生も俺が見ていないところで辛い思いや過酷な苦労をしているのだろう。
「もっと軽めのやつなら付き合いますので、限度は超えないでください」
「……君ってやつは。大人を甘えさせるなんて罪な男だ。この先、モテて苦労しそうな未来が見えるよ」
橋岡先生の俺を見る目が変わる。
初めて見る目で、どんな感情なのか伝わってこない。
「別にそんなに好かれる人間じゃないと思うんですけど」
「その謙虚さも潔白さを生むし、君の優しさは穢れを纏ってない。普通の男に優しくされても、その先には下心が見えて警戒してしまう。でも君には、下心が見えない。だから、無防備な女の心は簡単に引き寄せられてしまう」
橋岡先生は俺の頰に手を添えてくる。
力のこもっていない優しい手だ。
「やっぱり男子高校生ってのはたまんないな。どうかそのまま純粋でいてほしいよ」
開き直って男子高校生を絶賛する橋岡先生。
悪い人ではないが、班のみんなと同じで危なっかしさがあるので心配になるな。
その後は予定表を書き直して再提出し、生徒指導室を出た。
放課後はクーバーイーツで稼がないといけないので、早歩きで家へ帰った。
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