ep11.アリス先生
家へ帰り、早速クーバーイーツの登録を済ました。
クーバーイーツはスマホで配達指示の連絡を受け取り、指定されたお店へ向かって料理を預かり、注文者へ届ける簡単な仕事だ。
アルバイトではなく業務委託形式の仕事だが、だからこそ働く時間を自分で決めたりできる自由さがある。
しかも、毎週水曜日に報酬が振り込まれるらしい。
十八歳以上という条件だが、俺は留年していてもう十八歳になっているため登録できた。
承認されるまでしばらくかかるそうなので、後は働けるようになるまで待つしかない。
「疲れたな……」
部屋の隅に行き、床に座り込む。隅の角は壁が包んでくれるから狭くて心地良い。
最近は疲れたとため息をつくことが多い。
それだけ自分が慣れないことをしていて、学校生活で体力や気力を消耗しているのだろう。
でも、疲れるのは嫌な気分ではない。
今日も俺は頑張ったんだと実感できるからな。
班長になる日までは疲れを感じることはほとんどなかった。
あの日までは、きっとただ生きているだけだった。
視界にマフラーが見え、もう六月になるのにそれを首に巻いた。
体温的にも精神的にも温まる。
ほのかにアリスの匂いを感じて、幸せな気分に陥る。
アリスは遠距離になる前に、俺が寂しくならないようにいっぱい物を預けてきた。
マフラーもその一つだし、ハンカチやお気に入りの香水、イヤホンやパーカーなどここから見えるだけで部屋にたくさん置いてある。
そういえば、何故かブラや下着も渡してくれたな。
誰かがこの部屋へ遊びに来た時にそれが見つかったらドン引きされそうだが、その時はきっと来ないので
アリスのことを考えていると声が聞きたくなったので、スマホでアリスを呼んでみる。
学校では人と関わることが増えたので、人に好かれるための会話のコツでもアリス先生にご教授願うとしよう。
『こんばんは。どうやら私のアドバイスが必要になったみたいね』
「アリス先生、お願いします」
アリスの声を聴いて手の微かな震えが止まる。
『
俺のことは何でもお見通しのアリス。
それだけ俺のことを常に考えていてくれて、俺のためにあれこれ想ってくれていたのだろう。
手を合わせたくなるような愛おしさだ。
『やっぱり大事なのは笑顔ね。相手に微笑みかけると安心感を与えることができるの』
「それは俺も理解している。アリスの優しい笑顔を見て、俺も何度も元気づけられて癒されてきたからさ」
『でも、碧はあまり笑わない人だから難しいかもしれないね。無理やり笑おうとして不自然な笑顔を見せると逆に相手に不信感を生むから、自然にできないのなら無理してやらない方がいいと思う。私は碧の笑顔が好きだから上手く笑えるようになってほしいけど』
作り笑いは難しいけど、心から楽しんでいたら笑顔はこぼれる。
俺はもっと色んなことを楽しめる力が必要なのかもしれないな。
『楽な方法だと相手を褒めることかなぁ。褒められて嬉しくない人はいないしね。褒めるチャンスがあったら、逃さず褒めた方がいいわよ』
アリスも俺をよく褒めてくれていた。
だから俺はアリスをすぐ好きになったのだろう。
もちろん他にも好きになった要素はたくさんあったけど、年上のアリスに褒められると心の底から嬉しいと思えた。
だから、褒められたいと思って頑張れたしな。
『褒める時は相手をただ褒めるんじゃなくて行いを褒めるのがコツ。例えば私を褒めるとして、アリス凄いねと褒めるんじゃなくて、アリスは勉強を頑張ってて本をたくさん読んだりして色んなことに関心あって知識も幅広くて尊敬する。なんて褒めると嬉しさ六倍』
「なるほど」
行いを褒めるか……
モデルの白坂だったら、単純に綺麗だとか美しいとかじゃなくて、食生活に対する意識が高くて体形を維持する努力が凄いと伝えた方が良いみたいだな。
『小さなことでも感謝するのは簡単だし大事。感謝の気持ちを抱くだけじゃ感謝してないのと一緒だから、細かいことでも口にすること。感謝されて嬉しくない人もいない』
子供の頃は黙っていても相手は理解してくれるとか、淡い希望を抱いていたかもしれない。
でも実際は言葉にしなきゃ何も伝わらない。
それは俺も理解している。
『相手の意見に反論しないことも大事。反論は否定されたと捉える人も多いから、それは違いますとはっきり言うんじゃなくて、こういうやり方もあるよって教えてあげれば反論せずに正解へ導ける。極論だけど、反論なんて今後しなくてもいいレベルね』
俺は自分が正しいと思っていないから、誰かに反論することは滅多になかった。
ただ、相手も正しいと思っていないからこそ、反発することは多かったかもな。
『碧だと話し上手を目指すってよりかは聞き上手を目指す方が近道ね。口数が少なくても、相手の話をちゃんと聞ける人は好かれるから。相手の話にちゃんと興味を持って聞いて、相手が話したいことを聞き出すように
「俺の話なんて誰も興味ないと思っているから、元々聞き役に回ることが多かったな」
班のみんなもそれぞれ抱えているものがありそうだから、上手く聞き出せるといいな。
『人は自分に大きな関心を持っている。自分を理解してほしいと思ってる。だから、相手のことを聞き出すのは相手にとっても嬉しい。でも、いきなりプライベートに侵入されるのは嫌なの。だから、少しずつ聞き出すのが大事ね』
俺は自分のことを大切な人以外には理解してほしいと思っていない。
でも、普通の人は理解されたいと思っているようだ。
『例えば相手に気になる過去や興味のある要素があったとするじゃない? それって自分以外の人も気になってるから、相手はそのことに関して聞かれ飽きてたりするの。だから、それに関してはすぐ聞いたり、あえて自分から触れたりしないでおくのよ』
「気になることはあえて聞かないか……」
『そうね……知り合った相手の顔に大きな火(やけど) 傷の痕があったとすると、どうしてそうなったのかがとても気になるところだけど、まずは相手の他のことを色々と聞いて相手を理解して仲良くなった後で、そこの話題に触れてみるの』
班員の事情は気になってはいる。
黒沢の生徒会長をクビになった件や、白坂の芸能活動を休んでいる理由も、気にはなっているが直接聞いてはいない。
『そうすると、相手はあなたが興味本位ではなく偏見も抱いていないことに気づくし、その要素が相手との仲に影響しないものだと安心できるの』
「なるほど。今の俺の状況なら活用できそうだ」
『あとはどうだろう……やっぱり相手が何を求めていて何を待っているかを見極めることかな。相手を理解できていないと好かれない。だから、相手が話したいことを聞き出したり、欲しそうな言葉をかけてあげる。そういうのを見極められれば絶対に好かれるから』
観察力とか洞察力は、コミュニケーション能力の大事な要素になる。
相手の目を見て話すのが大事なのは、相手の気持ちを読み取ることができるからだ。
『碧はそれなりの観察眼を持ってるから、顔色を
俺が班員のみんなから好かれる未来なんてあるのだろうか……
『女性は基本、年上の男性を好む傾向にあるから、留年したのが功を奏してモテ期でも来るんじゃないかしら? 私は年下好きだけどね』
「留年は今のところ
『留年という枷があったって、その枷をファッションに変えればオシャレにもなるわ』
身体が弱いというハンデをむしろ利用していたアリスだからこそ、紡げる言葉だな。
『碧には人に好かれる人になってほしい。そうすれば羨ましがられて碧は自慢の彼氏になるからね。逆に人に嫌われる人が彼氏だと恥ずかしくなっちゃうから』
俺は自慢の彼氏とはほど遠い存在だった。
俺じゃない方がアリスを幸せにできたかもなと最低な後悔をしてしまうレベルに。
『頑張って自慢の彼氏になってよね。誰かに碧を好きになってもらって、残念この人、私の彼氏ですっていつかやりたいしさ』
「俺もアリスに自慢の彼氏ですと紹介されたい。アリスが自慢の彼女なだけにさ」
『……碧ならきっとできるよ。それじゃあ、頑張ってね』
今日のアドバイスは、実際に体感していたことが多かったから身に染みたな。
アリスの教えを実践していけば、問題児のみんなとも信頼関係をどうにか築けるはずだ。
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