第三章 綺麗な薔薇には棘があり過ぎる

ep12.ヤバい人


 修学旅行まで後二週間。

 一昨日、クーバーイーツに登録したアカウントが承認を得て有効となり、その日から放課後は夜十時まで働いている。

 体力勝負の大変な仕事ではあるが、面倒な人間関係が一切ないので精神的には楽だ。


 今日の放課後も全力で活動中。

 注文者への配達を終え、再び次の配達を始める。

 注文された店はファミレスのサイゼストだったので、自転車を飛ばして向かう。


「クーバーイーツです」

「はい。今用意しておりますので、少々お待ちください」


 馴染みのある声で返答が来た。

 店員の顔をじっくり見ると、黒沢にそっくりだった。


 名前バッジにも黒沢と書いてあるので、きっと本人だ。

 レストランでアルバイトをしていると言っていたが、まさかサイゼストで働いていたとはな。


「黒沢さん、早くレジやってよ」

「黒沢、その後は食後の皿を回収してくれ」


 忙しい時間帯なのか黒沢は常に動きっぱなしだ。

 俺が声をかける暇すらない。

 ただ、他のアルバイトとは温度差が有り、黒沢以外はだらだらしている。


 黒沢はここでも周りと上手くやれていないのだろうか……


 たった数秒で不穏な空気が伝わってきたな。

 コキ使われているのも見てとれるし。


「お待たせしました」


 黒沢は俺に、注文されていた商品を持ってきてくれる。


「ありがとう黒沢。忙しそうだが頑張れよ」

「も、茂中? ど、どうしてここに?」


 ようやく俺の存在に気づき、慌てている黒沢。

 不意を食らった顔も可愛いな。


「クーバーイーツで働いてるんだ。じゃあな」

「ま、待ちなさい」


 邪魔しないうちに撤退しようとするが、呼び止められる。


「どうした? 忙しいみたいだけど大丈夫か?」

「そ、そうね……やらないと」


 仕事が楽しくないからか、仕事に戻るのが憂鬱そうに見えた。


「何かあったら休み明けの学校で話聞くから」


 俺も仕事があるのでサイゼストを出る。

 もしかしたら黒沢に仕事の愚痴が溜まっているかもしれないので、この場合は相手が話してこなくても自分から聞く方がいいかもな。


 その後も黙々とクーバーイーツの仕事を続ける。

 俺が住む地域は車道や歩道も広くて、この仕事は快適にできる。


 高層マンションが並ぶエリアや高級住宅街のエリアも多く、治安が良くて変な客も少ない。

 今来た注文も届ける場所がマンションの二十七階なので、お金持ちによる注文だな。


 俺の両親は動物園で働いているため、給料も人並みで平凡なマンション暮らしだ。優雅な生活はしていない。

 だが、何も不自由は無いし、文句も無い。


 子供の頃に凄く広い家や高層マンションに住む友達の部屋に遊びに行ったこともあったが、特に羨ましいとは思えなかった。

 そういう欲や興味の無さが俺をつまらない人間にしているのかもな……


 そんなことを考えながら高層マンションへ入り、注文者の部屋番号を押してゲートを開けてもらう。

 時間的にこの注文が最後だな。

 今日も五千円弱は稼げたはずだ。


「クーバーイーツでーす」


 玄関前のインターフォンを鳴らし、注文者を呼ぶ。

 扉が開くと、見知った人物が現れた。


「まじで茂中さんじゃん」

「なっ」


 まさかの白坂が玄関から出てきた。

 予期していなかった俺は思考が停止した。


「配達員の写真が茂中さんに似てたからまさかとは思ったけど」


 クーバーイーツは自分の顔をアイコンに設定しないといけない。

 それで事前に俺が来ると伝わっていたようだな。


 ただ配達員は指名できないので、俺はランダムで白坂に割り当てられた。

 これは偶然ではあるが、同じ街に住んでいるので可能性が低いわけではないか。


「ねぇねぇ、この後、暇だったりする?」

「今日はこれで終わりにしようと思ってたから大丈夫だけど」

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」


 ラフな私服のシャツを着ている白坂は学校の時と雰囲気が異なり、現実感があるな。


「こんな時間から出かけて両親は何も言わないのか?」

「問題無いよ。私、一人暮らしだから」

「そうだったのか」


 白坂が一人暮らしなのは意外だった。

 高校生で一人暮らしは大変に違いない。

 ただ、一人でこんな高層マンションに住んでいるなんて、芸能人なだけあって今まで結構な額を稼いでいそうだな。


 注文した商品からドリンクだけを取り出して再び玄関から出てきた白坂。

 薄手のレザーコートを羽織りサングラスをかけていて、先ほどとも異なる雰囲気になっている。


 そのまま二人でエレベーターに乗り、地上へと下りていく。


「白坂は有名人だから部屋で受け取らない方がいいぞ。手間だと思うけどマンション前とかも指定できるから」

「いつもはそうしてるから大丈夫。心配してくれてありがと」


 白坂は綺麗過ぎて一目見て分かってしまう。

 だから今も変装して出てきたのだろう。


「でも、茂中さんには家バレしちゃった」

「誰にも言わない」

「茂中さんだけは多少、信用してるから大丈夫だよ」


 信用しているか……

 そんな言葉が今の俺には一番嬉しい。多少でも充分だ。


「前にみんな信用してないから、連絡先は教えないって言ってたぞ」

「実は茂中さんだけには後でこっそり教えておこうと思って。修学旅行中に何かあってもおかしくないから、頼れる人が一人はほしいしね」


 スマホで白坂と連絡先を交換する。

 白坂のアカウントのアイコンが真っ白一色だったのが少し気になったな。


「勝手に誰かに教えないでよね」

「教えるわけないだろ」

「茂中さんにも裏切られたら、もう人間と仲良くできる気がしなくなるから」


 何故か俺が白坂にとって人類最後の砦になってしまっている。

 まぁ俺は交流関係もほぼないし、俺に教えても流出の可能性は極めて低いと自負できる。


「それで、どこ行くんだ?」

「けやきひろば辺りを散歩したい」

「わかった」


 駅前のけやきひろばでの散歩を希望する白坂。

 私服姿の白坂は高校生ではなく大人に見える。

 これで俺の年下なんだもんな。

 逆に年上のアリスは高校生に見られることがあると愚痴っていたな。


 マンションを出て三分ほど歩くと、けやきひろばに着いた。

 ベンチで友達同士で談笑している人もいれば、肩を寄せ合っているカップルの姿もある。


「私と散歩できるなんて、幸せなことだと思うよ」

「そうなのか?」

「そうなのかって……茂中さん、私のこと普通の人間だと思ってるの?」


 白坂は芸能人でモデルだ。

 綺麗だし、誰もが認める美しい女性だ。


 だが、白坂だけに特別湧き出る感情はない。

 別に感動も興奮もしない。


「有名人かもしれないけど、同じ人間だろ」

「……そうだね」

「悪い、傷つけたか?」

「有名人だと、いつでもどこでも特別視されて嫌になる時が多いんだよね。でも、特別視されなすぎても何か少しイライラする。茂中さんのおかげで新しい感情が知れた」


 白坂のプライドの高さが垣間見えたな。

 有名であることが窮屈に感じてしまうが、いきなり一般人扱いされても嫌なようだ。


「こんな綺麗な女の子と一緒に歩けて幸せだなぁとか一切ないの?」

「ない。そういうのは普通、好きな人で感じるんじゃないか?」

「きっぱり言うんだね。じゃあ彼女と歩く時は幸せなの?」

「幸せだよ……本当に」


 アリスと歩く光景を軽く想像したが、それだけでもこの上ない幸せな気持ちになった。


「そんな大好きな彼女がいて、私と散歩していいの?」

「大丈夫だ。別に怒られないし、むしろ色んな人と仲良くなった方が良いって言ってた」

「怪しい怪しい。でも、さっきも本当に幸せそうに語ってたしなぁ~」


 まだ俺の彼女の存在を疑っている白坂。

 少し不機嫌そうに飲み物を飲んでいる。


「あと全部あげる」


 飲み物を手渡されたので受け取る。

 白坂は間接キスとか気にしないタイプのようだな。


「フラペチーノか、甘くて美味いな」

「ぐぬぬ……やっぱり彼女いるのね」

「えっ、どこで判断したんだ?」

「間接キスにまったく躊躇ちゅうちょがなかった。彼女できたことなかったり、童貞だったら多少は態度に出るはずだけど、余裕たっぷりだったし」


 いつの間にか白坂に試されていたが、大人っぽい行動ができていてホッとした。

 もちろん、多少は意識したが、変にそわそわするほどではなかった。


「逆に白坂も色んな経験有りそうだけどな。自ら間接キスを試すくらいだし」

「……私、恋人いたことないから」

「そうなのか」


 俺の予想は外れて、経験の無さを口にする白坂。


「だから、けっこうドキドキしたよ」

「意外だな。顔や態度にはあんまり出てなかったぞ」


 俺の言葉を聞いた白坂は悲しそうに下を向いてしまう。

 何か地雷を踏んでしまったか?


「そう……それが、私の欠陥なの」

「白坂?」


 欠陥……

 白坂に欠けていて、足りないもの。


 それは感情?

 表現力?

 何やら白坂にとって大きな問題のようだが……


「どういうことだ?」

「気にしないで。私にも色々あんの」


 乾いた笑みを見せる白坂。

 口にしないということは、まだ聞かせるほどの関係性ではないと判断されたのかもな。


「てかさ、何でクーバーイーツしてんの? 高校生で珍しくない?」

「赤間に修学旅行の費用を渡すためだ。だから、すぐ給料が入って、たくさん働けるクーバーイーツを選んだ」

「……は?」


 俺の説明に困惑しているので詳細を話した方が良さそうだな。


「赤間に修学旅行の費用を賠償金に充てるから行けないと言われた。でも、連れて行きたいから修学旅行の費用を俺が用意する流れになった。遠慮されたけど無理やり決めた」

「えっ、怖い怖い」


 困惑しながら引いている白坂。

 そんなに変なことを言ったつもりはなかったんだが……


「何なの? 赤間に好かれればヤれそうだなとか思ってるの?」

「ど、どうしてそうなる」

「確かにあの子、胸は大きいからヤりがいはあんのかもしれないけど」

「勝手に話を進めるな。別に何の下心も無い。そういう気持ちは一切無いし、別に相手が男の金田でも同じことをしていた」


 俺はただ、班長として班員の赤間を助けたいだけだ。

 俺にはその責任がある。


「わかんないわかんない。茂中さんのこと、わかんなすぎて怖い」


 距離を置いてくる白坂。

 縮んだ距離感が、話したことのなかった頃に戻ってしまった。


「というか、彼女いるんだよね? 彼女いるのに必死でバイトして得たお金を全部クラスメイトの女子にあげるとか理解できないって。そんなのイカれてるよ」


 白坂に容赦ない言葉を浴びせられるが別に傷つかない。

 俺がイカれていなければ留年なんてしていない。

 班のみんなと一緒で、問題を抱えている余り者だからな。


「やっぱり、茂中さんのこと信用できない」


 突き放されるのは傷つくな。

 このまま溝を広げたくはないが……


「俺は俺のやりたいことをやってるだけで、誰かのためじゃなくて自分のためなんだ。だから、赤間に下心も抱いていない。自己満足ってやつだな」

「それがどうかしてるって言ってるの!」


 声を荒らげて、吠えるように怒ってきた白坂。

 感情を爆発させるほどの強い想い……


「あっ、ごめん……」


 白坂は自分でもらしくないことをしたと自覚したのか、すぐに謝ってきた。


「ちょっと待って」


 顎に手の甲を当てて考え込む白坂。

 その姿はクールで様になっているな。


「さっきの私、感情入ってたよね?」

「ああ、がっつり。ちょっとビックリした」


 今までの話題を無視して、自分のことを気にしている白坂。

 先ほどの欠陥と言っていたことに関係するのか、よほど重要なことのようだ。


「これよこれ」


 今度は嬉しそうにして、左手のこぶしを握っている。


「……白坂?」

「茂中さんといると、感情が強制的に呼び覚まされるんだけど」

「そうなのか?」

「それってやっぱり、茂中さんが普通の人じゃないからだと思う。ヤバい人だから、こっちも自然とムキになっちゃう。ヤバいってのは良い意味でおかしいってことね」


 相変わらずフォローがフォローになっていない。

 あなたおかしいと遠回しにもせずに直接言われている。


「さっきはちょっと冷たく言っちゃったけど、茂中さんは良い意味で信用できないってこと。受け入れられないってだけで嫌いなわけじゃないから」


 それもフォローになっていない。

 そんな白坂も俺からしたら少しおかしいと思う。


「許してくれるのか?」

「別に許す許さないの話じゃないから。さっきのはただの激しい会話」


 白坂に嫌われたかもしれないと思っていたので、なんとも思われていなかったのは安心した。

 女子はいとも簡単に相手を拒絶する時があるからな。


「あっ、ごめん。やっぱ許さない」

「なんでそうなるっ」

「彼女とのツーショット写真を見せてくれたら許すけど」

「それが目的か……」


 いい加減見せないと白坂からの信用を失いそうなので、ここはもう恥ずかしさを我慢して見せるしかない。

 見せられそうな写真も探しておいたしな。


「ちゃんとあるから」

「おぉ……」


 アリスとの写真を表示させた俺のスマホの画面を凝視する白坂。


「も、茂中さんが見たことない笑顔してる」

「恥ずかしいから、俺の方はあんまり見ないでくれ」

「髪短いから印象が違うのかな? 明らかに茂中さんなんだけど別人にも見える。入れ物は同じなんだけど、心が違うみたいな?」


 俺はスマホのロックボタンを押して画面を消した。


「終了だ」

「……本当にいるんだね。疑ってごめん」

「いるに決まってんだろ。そんな噓ついてる奴が一番ヤバいって」

「いや、茂中さんのヤバさは別に変わんないけど」


 写真を見せても俺の印象はたいして変わらなかったようだ。


「というか髪切りなよ。修学旅行ももうすぐだし、さっぱりするのも良いと思うよ。ここの近くのホワイトドアって美容室、私も行ってるしオススメ」


 アリスと遠距離になってからは見た目をあまり意識しなくなったので、いつの間にか前髪も伸びていた。

 明日切りに行くのも悪くないかもな。


「わかった、行ってみる」

「すんなり受け入れすぎでしょ。こだわりとかないの?」

「最近は毎日大変だったから、髪の毛のことを考える余裕がなかった。だから、白坂に指摘されて髪の毛のことを意識できた。ありがとう」

「……やっぱり茂中さんおかしいって」


 おかしいは良い意味で捉えれば、他の人とは違うということになる。

 普通じゃない生き方ができているのは、悪くないことなのかもなとプラスに考える。


「どうかそのまま、おかしなままでいてください」

「それは馬鹿にしているのか? 馬鹿なままでいろってことか?」

「おかしいってことは私にとってはプラスなの。だから、褒めてます。凄(すご) い凄い」


 馬鹿という言葉は否定しなかった。

 言われ放題だがアリスにも言われ放題だったので、悪く言われて傷つくどころか懐かしさで胸が温かくなったな。


「でも、俺は変わりたいと思ってる。魅力のある男になって自信を持ちたいんだ」

「なにそれ。でも目標がおかしいから、当分は大丈夫そうだね」


 どうやら俺の目標もおかしいみたいだ。

 そりゃまともになれないわけだな。


「今日はありがと、久しぶりに楽しかった」


 けやきひろばを一周して、満足気に住いのあるマンションへ帰っていった白坂。

 白坂と散歩できて幸せだったなと、終わった後に実感が湧いてきたな――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る