ep10.優しいわがまま


 ホームルームが終わり、みんなは自分の席へと戻っていく。

 俺はすぐさま黒沢の元へ行き、自分から話しかけてみた。


「今回の活動時間は、問題無かったか?」


 前回は放課後に駄目出しをされた。

 今回も何か言いたいことがあったかもしれない。


 指摘は別に不快とは思わないし、自分を高められる糧になると考えている。

 自分が完璧だとは微塵みじんも思わないので、人の客観的な意見は貴重だ。


「……問題はいっぱいあったけど、悪くはなかったと思うわ」


 以前のように怒涛どとうの指摘はされないみたいだ。

 アリスのアドバイスのおかげだな。


「前はちょっとおどおどしていたけど、今日はみんなを引っ張っていこうという姿勢が伝わってきたし、みんなとのやり取りもスムーズだったと思うわ」

「意外と甘いんだな。もっと厳しく言われるかと思った」

「そもそも生徒会長をクビになった私は強く言える立場じゃないし、前の時もお前が言うなよって後になって自己嫌悪に陥ったから」


 俺は気にしていなかったが、黒沢本人は前回の指摘で心に傷を負っていたようだ。


「放課後も集まったりするべきかな?」

「伝えたいことや、やるべきことがあるならそれも良いんじゃないかしら。私はバイトあるから無理な日も多いけど」


 必要があるならやればといった返しだ。

 その通りだと思うし、聞いた俺もただ背中を押してほしかっただけだ。


「意外とバイトとかしてるんだな」

「少し前に始めたばかりだけど」


 黒沢と話していると意外なことが連発する。

 それだけ、俺はまだ黒沢という人間について知らないことが多いのだろう。


「どこで何のバイトしてるんだ?」

「何であなたにそこまで教えなきゃいけないのよ」


 どうやら安易にプライベートを教えるほど、心を許してはもらえてないみたいだ。


「変なバイトしてないか心配になった」


 黒沢は無知なところもあるので、騙されていないか心配になる。


「普通のレストランよ……って、今、私を子供扱いしなかった?」

「俺はしたつもりはない。そう感じ取ったのなら謝るけど」

「言い訳しないでよ、バカ茂中っ!」


 怒られた。

 年下の女の子にバカって言われた。


 ただ、バカ茂中という言葉はアリスの口癖でもあったため、温かい気持ちにもなる。


「な、何で嬉しそうにしてんのよ」


 俺の顔を見て疑問を抱いた黒沢。

 正直、何で俺も笑顔になったかはわからない。


 あんなに難しかった笑顔だったのに、どうして怒られた時にできたんだろうな……



     ▲



 放課後になり、俺は赤間の元へ向かった。

 修学旅行の話し合いの時に、何か言おうとして止めていた。


 あの内容を聞き出したい。

 あの場で言えなくても、二人きりの時なら話せるかもしれないからな。


「赤間、ちょっといいか?」

「……何ですか?」


 俺を見て気まずそうにする赤間。

 本人もずっと悩んでいたように見える。


「今日の話し合いの時に言おうとしてたことが聞きたくて」

「あ、あれは……」

「無理に話さなくてもいいけど、大事なことなら教えてほしい」


 自分の言いたいことも言えないのかよと突き放すのではなく、教えてほしいと寄り添うのが大事だと俺は考える。

 リーダーというのはそういう立場であるべきだ。


「人の少ないところ行くか?」

「う、うん。気使ってくれてありがとうございます」


 俺は赤間を連れて校舎を出て、人通りがまばらな中庭に向かう。


「じ、実は……」


 歩いている途中で赤間から話そうとしてくる。

 どうやら言いたいことではあるようだな。

 言って楽になりたいという表情をしている。


「あ、あの、怒りませんか?」

「怒るわけないだろ。そんな酷い内容なのか?」

「班長として張り切っている茂中先輩には、ちょっと申し訳ないかもです」


 初めて名前を呼ばれたが先輩付けだった。

 留年しているとはいえ俺は同学年なんだが。


「絶対に怒らないし、困っていることなら俺が力になるから」


 最後に怒ったのはいつだっけかな……

 最近はもう感情を強く表に出していない。


「あたしは、修学旅行には行けないです」

「なっ」


 赤間の口から出たのはまさかの言葉だった。

 修学旅行に行かない。


 予期していなかったが、冷静に考えると俺達問題児にはその選択肢もある。

 単純に俺が考慮していなかった。


「行かない理由を教えてくれないか」

「恥ずかしい話ですけど、実は炎上した件であたしに賠償請求が来ていて。両親が払ってくれるみたいなんですけど、せめて修学旅行をやめてその費用を親に返さないと」


 赤間はふざけて駅のホームから線路に降りて電車を止めた。

 その時の写真がSNSに広まって大炎上もした。

 その賠償請求があるみたいだな。


「それに、あたしなんかが修学旅行なんて楽しんじゃ駄目なんです。あたしはずっと不幸じゃないといけない。罪は消えないから一生償っていかないといけない」


 赤間の重い言葉。

 責任を感じているのが伝わってくるし、痛いくらいに反省している様子も見てとれる。


 俺はこの状況でいったいどうすべきなのか……


 赤間を見捨てて四人で修学旅行を楽しむか、どうにかして赤間を修学旅行へ行かせるか。

 いや、選択肢は二つあるようで、一つしかない。

 俺はあの選択肢しか選べない。


「修学旅行には絶対連れていく」

「で、でも……」

「赤間の気持ちも分かるから、賠償金も親に返すべきだ」

「えっ」


 俺は赤間を置いていくことはできない。

 班員を見捨てた時点で班長失格だからな。


「今から俺がバイトして修学旅行の費用に当たる十万円を稼ぐ。それを渡せばいい」

「えっ、えええ?」

「そうすれば、修学旅行のお金を返したことになるだろ?」


 俺は馬鹿なことを言っているので赤間が戸惑っているのも理解できる。

 でも、俺が無理をすれば解決できる。

 なら、無理をするしかない。


「悪いな、わがまま言って。赤間も俺に怒らないでくれ」

「お、怒るとか、そういう問題じゃないですよ」


 大事なことになると、普段は無口な赤間も普通に話せるんだな。

 口数が少なくなっているのは、想像以上に大きく炎上の件が赤間を精神的に追い詰めているからに違いない。


「何で無関係の茂中先輩があたしの賠償金を払うの? 意味が分からないですよ」

「無関係じゃない。むしろ班長と班員の密接な関係だ」

「茂中先輩にも申し訳ないですし……」

「俺は平気だから問題無いな」


 俺のことは気遣わないでほしい。

 どうせ家にいても勉強しかすることないしな。


「それに、さっきも言ったけどあたしが吞気に修学旅行を楽しんじゃいけないんです」

「それは大きな間違いだ。修学旅行はただ遊ぶ旅行じゃない。学ぶべきこともあるから修学旅行という名前なんだ。むしろ修学旅行へ行かず勉強をサボるのはよくないことだぞ」


 修学旅行先の沖縄は様々な学ぶべき歴史があるし、知っておくべき情勢も多い。

 旅行のしおりにも現地の人の話を聞く時間や、歴史を学べる施設へ行く予定があると書かれていたしな。


「そ、そうですけど……」

「ごめんな赤間」

「な、何が?」

「きっと俺をもう止められない。何言っても無駄だと思う」

「そ、そんな……」


 やれることは全部やる。

 それがどんなに大変でも、そうしないときっと俺は後悔する。


「茂中先輩が稼いだお金なんて受け取れるわけない」

「ただのラッキーだと思ってくれ。大炎上して大きな不幸があったけど、お金を貰えて運が良いこともあったなって」


 修学旅行に連れて行けば赤間も変われるかもしれない。

 もう少し前を向けるかもしれない。

 そう思うと、これは絶対に譲れなくなる。


「それでも引け目を感じるなら、大人になって働きだしたら返してくれればいい。もしくは別の形で返してくれればいい」


 何の保証もないが、恩があれば赤間も俺を信用してくれるはずだ。

 修学旅行が終わった後も繫がりは消えないし、友達でいてくれるかもしれない。


「今は俺に全部委ねてくれ。俺は班長として、班員を絶対に連れて行きたい。班長と班員の関係でいる間は赤間を背負っていく」

「茂中先輩……」


 何故か顔を赤くしている赤間。

 俺もちょっと熱くなりすぎたかもな。


「どうして、こんなあたしなんかに?」

「赤間は自分を卑下しているみたいだけど、俺にとってはクラスメイトの一人であり大事な班員の一人だからな。困っている身近な人をただ助けるだけだ」


 正直、今は炎上の件はどうだっていい。

 過去の赤間がどんな酷いことをしていても、今の赤間が俺にとって最重要だからな。


「あたしは炎上して人生終わったんですよ?」

「まだ生きてるだろ。なら、人生は終わってない」


 生きている限り人生は終わらない。

 だが、死んだら、何もかも終わってしまう。


 どうして人生には終わりがあるんだろうか……

 これは世界最大の理不尽だと思う。


「じゃあ、お金を稼がせてもらうから。女の子は貢がれるもんだと図太く待っててくれ」

「ちょ、ちょっと先輩っ」


 俺は赤間を置いて駆け出した。

 思い立ったが吉日、俺は今日から行動する。


 もう修学旅行の日まではあまり時間が無い。

 給料日まで待ってられないし働ける時間が限られているバイトも効率が悪い。

 たくさん働けて、すぐにお金が入る都合の良いバイトがあればいいんだが……


 俺の前を自転車が猛スピードで横切った。

 運転手は見慣れたロゴの入った黒い大きな荷物を背負っており、料理を運んでいる最中だと思われる。


 そうか、あれだ。

 今の俺に都合が良すぎる仕事を見つけたぞ――

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