ep09.やりたいこと


 余り者で修学旅行の班を組まされてから一週間が経った。

 今日は午後のホームルームの時間を使って、班での話し合いが持たれる。

 学校側が用意してくれる話し合いの時間は今回で終わりらしく、今日決まらないことがあれば各班で昼休みや放課後に集まって話し合わなければならないようだ。


「さて……やっていくか」


 金田の席を中心に、みんな周りの椅子に座って円になる。

 他の班と比べると、俺達の集まりは一人一人の距離が少し空いている。

 教室内は盛り上がっていて橋岡先生にもう少し静かに話し合えと注意をされるが、俺達は静かだ。


「まず初めに、みんなに言いたいことがある」


 俺の発言を聞き、みんなは俺の方を向いてくれた。


「今回の修学旅行の目標というか、成し遂げたいことを改めて言いたい」


 アリスに言われたことをできる限り実行していく。

 そうすれば、俺は悔いなく班長をやり切ったと満足できるはずだ。

 そして、自信が溢れてくるはず。


「今は修学旅行のために期間限定で無理やり集められた班だ。そんなこのグループを修学旅行後も継続していきたい……つまり、この修学旅行を通してみんなで友達になりたい」


 俺の言葉を聞いて、みんなは少し気恥ずかしそうにする。

 宣言した俺にも恥ずかしい気持ちが湧いてくるが、この目標を達成できれば俺の学校生活は激変するし、孤独なみんなの居場所を作ることができる。


「この班じゃ無理でしょ」


 黒沢が指摘するのは当然だ。

 今のままでは継続どころではないし、むしろ何一つ楽しめなくて一緒に居るのが苦痛になってしまうかもしれない。


 みんなが一緒に居たいと思ってもらうには修学旅行をみんなの中で良い思い出にしないといけない。

 自然と集まりたくなるような居心地の良い空間を作らないと駄目だ。


「マイナスが集まってもマイナスが増えるだけ。プラスにはならないわ」


 嫌な奴らが集まっても、嫌なことが増えるだけと遠回しに話す黒沢。

 そんな黒沢は成績優秀で品行方正な生徒会長だった。

 金田はサッカー日本代表でクラスの人気者で、白坂は超絶美女の芸能人。

 赤間も絵でコンクールに入賞するほどの生徒だ。


 俺以外は大きなプラス要素も抱えている問題児達だ。

 今は地獄の班と周りから揶揄やゆされているが、それぞれの問題を解決できればむしろ周りから羨ましいとまで思われる班となるポテンシャルを秘めているはずだ。


「誰がマイナスなんだ?」

「誰がって、みんなでしょ? 私達は全員、余り者の問題児なのだから」

「問題児も問題が解決すればただの生徒だ。マイナスもプラスにできる」


 グループの継続は俺にとって第一ステップでしかない。

 最終的にはみんなが抱える、問題児と言われる原因を全部解決したいからな。


 友達を救うことで俺は自分に自信が湧き、結果的に自分を救うことになるはずなんだ。

 悪く表現すると利用していると言えるが、良く表現すると WIN─WINの関係と言える。


「……そんなの無理よ。私だって生徒会長時代にみんなを一つにしようとか、一致団結させようと必死だったけど、何一つ上手くいかなったもの」

「別に一つになる必要なんてないだろ。それぞれが認め合えればそれでいい。無理に仲良くする必要はないし、これからの高校生活を乗り切るための仲間だと思ってくれれば」


 それぞれの主義主張が異なっていても、目的が一緒ならば行動を共にできるはず。


「みんながバラバラだと言い争いの絶えないグループになりそうだけど」

「どれだけ仲の良い友達同士でも言い争いや軽い喧(けん) 嘩(か) はするはずだ。何の問題も無い」

「で、でもっ」


 さらに何か言い返そうとしたが途中で止めた黒沢。

 意地になるのは子供っぽいからな。


「私はグループの継続って目標、めっちゃ良いと思うよ」


 俺の目標を肯定してくれる白坂。

 一人でも乗り気な人がいてくれるのは心強いな。


「こんなすぐにでも解散した方が良いグループを継続させようだなんて、茂中パイセンはイカれてんのか?」


 金田は俺の提案に懸念を示している。

 まだ何の実績も成果もない俺の言葉が信用できないのは、仕方のないことだが。


「イカれてなきゃ留年なんてしていない」

「ははっ、それもそうだな」

「俺は困難な道にあえて突っ込みたくなる性格なんだ。勝手に巻き込まれて言いたいことはたくさんあるかもしれないが、俺を班長にしたのが運の尽きだから受け入れてくれ」


 俺はもっと勇気や行動力を持って、積極的で、何事も器用にこなして、誰かを幸せにできるような魅力的な人間にならないといけない。

 アリスとの約束を果たすためにな。


 だから、無理やりでも今の自分を変えないといけない。

 成長しないといけないんだ。


「赤間はさっき言った目標は嫌じゃないか?」

「良いと思う……思います」


 反対はしないと思っていたが、素直に頷いてくれて助かった。


「俺の目標を達成するためには、修学旅行を良い思い出にしないといけない。ということで、みんなが沖縄でやりたいことを一つ教えてくれ」


 昼休みに集まっていた効果があるのか、みんなと話すのもいつの間にか緊張しなくなったな。

 みんなも言葉を発する機会は多くなっているので、やはり慣れの影響は大きい。


「まずは白坂からいいか?」

「私? 沖縄は撮影で何度か行ったことあるから、正直あんまりこれといって強い希望はないんだよね。有名な所はもう行っちゃってるし」


 白坂は沖縄どころか、海外にも何度か行ったことがあるらしい。

 やはりモデルという特別な仕事をしていただけあって、普通の人とは異なる人生を送っているな。


「別に行きたい場所じゃなくても、やりたいこととかしてみたいことでもいいんだぞ」

「う~ん……強いて言うなら花火とかやりたいかも」


 白坂の言葉は意外だった。

 花火は別に沖縄じゃなくてもできるが……


「みんなで花火とか、ザ・青春って感じがするしね。子供の時からそういうのしてみたいなって思ってたから」

「気持ちはわかるが、修学旅行中にか?」

「うん。私、またいつモデルの仕事を再開して学校来れなくなるかわかんないし」


 白坂は一般生徒のように、不安なくずっと学校に通える立場ではないらしい。

 だからこそ、その場で花火ができるのなら、という考えのようだ。


「修学旅行中に花火とか、怒られるに決まってるじゃない」


 黒沢の当然の指摘。

 夜中に出歩くのも難しそうだし、花火なんてハードルが高いな。


「そうだね。まぁ無理な話だよね……」

「そんなことない。俺は可能性を模索してみる」


 諦めかけていた白坂だが俺は諦めない。

 何か方法はあるはずだし、不可能を可能にするぐらいの気持ちでいないと理想の未来は手に入らない。


「そんなことしてバレたら、とんだ問題児集団よ」

「元からみんな問題児だろ」


 黒沢の発言にツッコミを入れる。

 問題児が問題行動を起こしても、それは当然のことだ。


「……そうね。最初から評判は最悪だったわ」


 ため息をつく黒沢。

 もちろん、先生に説教なんてされたら空気が凍りつくので、バレるのは避けたいところだ。

 最悪、俺だけが怒られる状況なら許容してもいいが。


「じゃあ次は金田」


 金田に話題を振る。

 まともなことを言ってほしいが、悲しいことに一切期待できない。


「やっぱり海といえばナンパだな」

「ふざけないでよ」


 金田の発言に黒沢は睨みながら文句を言う。

 予想通りの展開だな。


「ふざけてねーよ。別に何でもいいんだろ班長さん」


 発言を撤回する気はなく、ニヤニヤしながら俺を見てくる金田。


「それが一番やりたいことなのか?」

「えっ……ああ、そうだぜ」


 班員の金田が希望するのなら、班長としてどうにかして叶えるしかない。


「なら、プランに入れておく」

「えっ!? ま、まぁ、しっかり頼むぜ」


 自分で言ったくせに、俺が受け入れたら一瞬驚いた反応を見せやがった。


「ちょ、ちょっと」

「安心してくれ。これに関しては男子だけで済ますだろうから」


 俺に不安そうな目を向ける黒沢。

 だが、巻き込まなければ許してくれるはずだ。


「黒沢、ナンパの意味は知ってんだ」

「馬鹿にしないでよ。男が知らない女に声かけるやつでしょ」


 白坂は知識が偏っている黒沢をからかっている。


「それで仲良くなってお持ち帰りするんだよ」

「お持ち帰り? わざわざご飯を一緒に食べずにテイクアウトでもするの?」

「だめだこりゃ」


 男女のお持ち帰りの意味を知らなかった黒沢。

 今まで優等生で過ごしてきたからか、くだらない知識には触れてこなかったのだろう。

 だが、問題児達と一緒にいれば、嫌でもそういう知識は増えていくかもしれないな。


「何なのよっ! 私だってこの前、大宮駅でナンパされたもの」


 別に自慢することでもないが、馬鹿にされたのが嫌でナンパされたアピールをする黒沢。


「へぇ、ヤったの?」

「少しだけ」

「少しだけっ!?」


 黒沢の返しに白坂は驚くが、きっとまた黒沢は意味を勘違いしているのだろう。


「少しだけ話したら、馴れ馴れしく触ろうとしてきたから怒鳴って逃げたわ」

「なにそれ。紛らわしい言い方しないでよね」


 黒沢は知識が偏っているだけに、見ていて危なっかしいな。

 きっとそのズレが生徒会長をクビになった理由にも繫がっているのだろう。


「そんな黒沢のヤりたいことは?」


 このままだと白坂との言い争いが終わりそうにないので、無理やり話題を戻した。


「……ウソんちゅに会いたいわね」


 髪を弄りながら、少し俯いてそう答えた黒沢。


「ウソんちゅ?」

「カワウソのウソんちゅね。沖縄の水族館にいるのよ。信じられないくらい、とてつもなく可愛いから、いつか実際に見たいと思ってて」


 意外にもかなり女の子な回答をしてきた黒沢。

 ギャップというか違和感が凄いな。


「何で急に女の子アピールしてんの?」


 白坂は顔を引きつらせながら黒沢に聞いてくれる。

 みんな同じ気持ちを抱いているはず。


「急にじゃないわ。子供の頃からカワウソが好きだったから」

「へぇ。可愛い動物とか見ても何の感情も湧かないタイプの人間だと思ってた」


 黒沢が動物好きというのは俺からしたら嬉しい。

 両親は動物園で働いているし、その影響で俺も動物にはちょっと詳しいからな。


「あなたは綺麗好きに見えるから、動物とかは苦手そうね」

「そうだね。触ったりは嫌だし、映像で見るぐらいがちょうどいい」


 冷血そうな黒沢にも温かい感情はあるみたいだ。

 それを知れて何故か安堵できたな。


「でも、水族館はクラス行動の時に回るって話になったな」

「そうみたいね。さっき学級委員の人がクラス別で回るコースが決まったって発表で、水族館を含むコースが選ばれたと言っていたわ。だから、私のやりたいことは班別行動でなくても達成されるわね」


 黒沢のやりたいことは俺の力がなくても達成されてしまったようだ。

 だが、それでは俺のやりたいことが達成できない。


「他に無いのか?」

「そうね……子供の時に何かのテレビ番組で見た凄く綺麗な沖縄の砂浜が気になってる。その時に絶対行きたいって思った気持ちが、今でも残ってて」


 黒沢にはまだやりたいことがあったようだ。俺にとっては朗報だな。


「でも、その砂浜の名前はもう覚えていないし、前に本屋で見たガイドブックにも載っていなかったからどうしようもないわね」


 自分で調べたということは、そこに行きたいという強い意志があったということだ。

 なら、俺はその場所へ黒沢を何としても連れて行ってあげたい。


「だから、凄く綺麗な砂浜に行ければ、代わりとして満足できると思うけど」

「わかった。その砂浜を俺も探したいから、砂浜の特徴を後で教えてくれ」

「そこまでしなくてもいいわよ」


 遠慮する黒沢。

 だが、俺は好きでやっているから、気軽に委ねてほしい。


「残念ながらこれは班長命令だ」

「まったく……どうしてそこまでやりたいことにこだわるのよ」

「それが俺のやりたいことだからだよ」


 黒沢はあきれながらも折れてくれた。意外にも押しに弱い傾向があるな。


「赤間は何かあるか?」

「……急に言われても」


 赤間は注目を浴びると申し訳なさそうに俯いた。


「何でも言ってくれ」

「き、綺麗な星空とか見たいかも……です。小学校の時に友達が沖縄の星空がめっちゃ綺麗だったって言ってたので」


 ちゃんとやりたいことを発言してくれた赤間。

 本来は素直な人なのかもな。


「ごめん。星空とか、どうでもいいですよね」

「えっ、私も見たいと思ったよ」


 赤間の意見に白坂は同調する。

 都会じゃ星空とは無縁だから俺も見てみたいな。


「いいんじゃないかしら」


 初めて黒沢も意見に同調した。

 星空の案は女性陣に人気のようだ。


「俺を星だと思えばいいだろ」

「…………」


 金田の発言は意味が分からなかったので無視したが、軽く足を蹴られてしまった。


「あっ、でも……」

「どうした?」

「い、いや、何でもない……です」


 赤間は何か言おうとして止めてしまう。

 止めたということはたいしたことではなかったと考えるのが一般的だが、赤間の表情は何か大切なことを言えずにいるように見えた。


 だが、ここで問い詰めるべきではない。

 この時間が終わったら聞いてみよう。


「よし、みんなのやりたいことは把握した」


 みんながちゃんとやりたいことを挙げてくれた。

 これで後はどう叶えていくか、班長の俺が計画を練るだけだ。


 みんなのやりたいことが叶えば、修学旅行もきっと良い思い出となってくれるはず。


「今言ったの全部やるつもりなの?」

「そのつもりだが」


 白坂は不審げな目で俺を見てくる。

 本当にできるのかと言いたげな顔をしている。


「無理そうじゃない?」

「全部何とかしてみせる」


 人間に不可能なことはないわよと、アリスは口癖のように言っていた。

 不可能だと諦めれば何もできないし、可能かもしれないと希望を持てば何でもできる。


「私が言った花火なんて特にだし、無理にやらなくても」

「むしろやらせてくれ」

「……少しだけね」


 先ほどの黒沢の天然回答を模倣したのか、口だけ軽く笑った表情で答えてきた。


「手持ち花火とかでいいよってことだからね。勘違いしないでよね」

「わかってるに決まってるだろ」


 俺も男だから白坂の挑発的な態度に少しだけ興奮してしまった。

 少しだけな。


「まじでナンパすんのか?」

「したいんだろ? ビーチで開放的になっている女子にでも話しかければ、ワンチャンあるんじゃないか?」

「そ、そうだよな。そのまま人目のないところでぶち込むか」

「そんなAVみたいなことにはならんだろ。せめて連絡先を交換するとかにしろ」


 女性経験が豊富な割には、何故か金田はナンパにビビってる。

 実は経験が無いんじゃないかと疑うが、女性関係で金田は今の状況に陥っているはずだしそれはないか……


「茂中さんは彼女いるからナンパなんてしないよね?」


 白坂の言葉を聞いた金田は、俺に彼女がいることを知らなかったため驚いている。


「は? パイセン、彼女いんのかよ! 死ねよっ」

「いてもいいだろ。金田だってそういう経験豊富なんだろ?」

「お、おうよ。ったりめーだろ」


 やはりおかしいな。

 女性経験が豊富ならもっと余裕があるはずだ。


 本当に充実しているのなら近しい男に彼女がいてもひがんだりはしてこない。

 むしろ、どんな子なのかと興味が湧いてきそうな気もするが、個人差もあるか。


「そうだ、みんなと連絡先を交換しておきたい」


 今まで言うことができなかった言葉。


 連絡先を聞くというのはハードルが高い。

 プライベートへ踏み入る行動だし、断られたらそれは人間関係を深めることの拒絶を意味する。

 関係性の薄い人なら断られても何も思わないが、同じ班員に断られたらその後はめっちゃ気まずくなってしまうので地味に勇気を使った。


「ごめん、私は無理」


 白坂は悪気のない顔で無理と拒絶してきた。

 一番教えてくれそうな相手だっただけに、ちょっとショックだな。


「前に連絡先を売られたことあるから、気軽に教えたくない」


 白坂は芸能人で綺麗なモデル。

 お金を払ってでも連絡先を知りたい人がいるのも頷ける。


「私達を信用してないの?」

「当たり前じゃん」

「……そうね。そういう集まりだったわね」


 黒沢は白坂の言葉に納得してしまう。

 信用はマイナスからのスタートだからな。


「まぁ、別に今ここにいるみんなだけを信用してないとかじゃなくて、そもそも人を信用してないからさ。そんな気を悪くしないでね」

「そういう事情があるなら仕方ないか……」


 白坂とは勝手に仲が深まったと思っていたが、まだまだ大きな溝がありそうだ。


「他のみんなは連絡先を交換できるよな?」


 できる前提で話しかけると、白坂以外からは特にお断りはされずに済んだ。

 みんなとスマホを使って連絡先を交換し、班員が気軽に書き込めるグループチャットを作った。

 このメンバーはあんまり書き込まないだろうけど、とりあえず形だけ用意した。


【楽しい修学旅行にしよう】


 誰も何も書き込まないまま終わるのは悲しいので、最初に俺が書き込んでおいた。

 すると、赤間がよろしくお願いしますというスタンプを貼ってくれた。

 それに続いて黒沢はカワウソが親指を立てているスタンプを貼ってきた。


 連絡先を聞いた後は、みんなと修学旅行についての雑談を軽くして時間を終えた。

 最初の集まりは地獄のような空気でみんなの口数も少なかったが、事前に積極的に交流の機会を何度も設けていた効果もあり、空気も少し明るくなって沈黙も減った。 


 ここまでは順調だ。

 だが、一筋縄でいかないのが、この集まりのはず。

 何が起きても臨機応変に対応できるように、常に気を引き締めておかないとな……  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る