ep05.遠距離恋愛


 寄り道せず帰宅し、部屋の隅で膝を抱え込んで座った。


「今日は疲れたな……」


 修学旅行の班決めで学校生活が一変し、班長になるという慣れないことをしたため普段よりも何倍も疲れた。

 環境の変化は重いストレスになるとアリスも言ってたっけな……


 こういう時はアリスに癒してもらおう。

 いつでも呼んでいいと許可も出てるし。


『こんばんは。どうやら私のアドバイスが必要になったみたいね』


 スマホから聞こえてくる大好きなアリスの透き通るような綺麗な声。


「問題児が寄せ集められた最悪な班で、班長に立候補してしまった」

『留年したということは碧一人だけ年上というか、本来の学年が一つ上ということになる。だから、何かしら学校で代表者やリーダーを任せられる時が来ると思っていたわ』


 アリスは頭が良くて物知りだから、俺がどうなるかも想定済みだったようだ。


『自主的にでも押しつけでもリーダーになったのならその役目を全うしないと、周りから無価値と思われ、自分にも価値を感じなくなる。特に碧は責任感強いから心配ね』

「よく分かってるな。俺のこと……」


 精神的に強い人にとっては失敗が良い経験になるだろう。

 その先でプラスに変えて人生の糧にできる人もいる。


 だが、俺はきっと失敗という経験がトラウマになって臆病になる。

 アリスは俺の弱さを理解してくれているから、結果を出さないと駄目だと言ってくれている。


『でも、安心していい。私がちゃんとしたリーダーになるためのコツを教えてあげる』

「助かるよ。アリスがいれば、どんな困難も乗り越えられそうだ」


 俺を安堵させるアリスの力強い声。

 耳を通して全身に響き、不安が薄れていく。


『まずはそうね……メンバーを行動させようとするよりも、リーダーである碧が先に行動しなさい。その姿を見せれば、メンバーも自然と自主的に協力してくれるはずよ』


 俺に欠けている自主性。

 リーダーを全うするには、その弱点を克服しないといけない。


『もちろん、メンバーにリーダーから指示しないといけない状況もあると思う。その時はどうしてそのメンバーがそれをしなければならないかを明確に伝えなさい』

「そうしないと、指示された側に強いモヤモヤやイライラを生んでしまいそうだな」


 相手の立場になって考えてみれば、どう思われるか俺でも理解できる気がする。


『最初に目標をはっきり立てることが大事よ。碧が代表者として、そのメンバーと一緒にどういう成果を収めたいのかを早めに伝えておきなさい。そうすればメンバーも成功のイメージが膨らんで、何をすればいいのかはっきりするから』


 俺は今日みんなに修学旅行を楽しめるように一人一人変わろうと口にした。

 それが目標に近いかもしれないが、具体性は欠けていたかもしれない。


『メンバーとは敵対せずに、常に味方でいること。意見の対立や争いはメンバー同士でさせて、どちらかに肩入れはしない。リーダーは常に中立な立場でメンバーには平等であり、双方の意見を聞いた上で納得できる答えを出して解決しなければならない』


 あのメンバーでは対立も多そうだが、俺はただ中立でいればいいのか。

 そう思うと、少し気は楽になれるな。


『メンバーの中には未熟な人や、当たり前のことができない人もいる。表向きは平気そうに見せて、実は困っている人もいる。きっと大丈夫だろうと過信しないで、どんな人にも何か悩んでいることはないかと声をかけなさい』


 このアドバイスはあのメンバーの中では最重要となりそうだな……


『そして絶対にやってはいけないことは……リーダーという立場から逃げること』

「そうだな。それが一番駄目だ」


 途中で投げ出すのは、俺でも絶対に駄目だと理解できる。

 悩みやストレスから一時的に解放されるかもしれないが、それがのちに何倍にもなって自分に降り注ぐことになる。


『余談だけど最後に一つ。ちゃんとしたリーダーよりも、優れたリーダーになるためのアドバイス。目標を明確にすることが大事って最初の方にも言ったけど、その目標を自分が思う何倍も大きく設定しなさい。そうすれば、成功ではなく大成功を収められるから』


 俺が今日みんなに言った目標よりも、さらに大きな目標か……


『碧は優しいし人の気持ちもわかる人間だから、リーダーや代表者には向いていると私は思う。でも、もう少し大胆さや積極性、挑戦する心が欲しいとも思う。失敗しても私がいるから、後先考えずに大きく挑戦してみるのもいいんじゃないかしら』


 俺のことをちゃんと理解してくれている人の言葉は、心にしっかりと染み渡る。


『私もできることなら碧の成長した姿、頼れる背中を拝んでみたいわ』


 そうだ、俺は未熟な自分を変えたいと思っていたんだ。

 もっと大きな器を持って、惹かれるような人間性を磨いていれば、アリスはきっと……


『それじゃあ、頑張ってね』


 アリスの声は聞こえなくなる。

 また俺は一人になってしまった。


 去年のこの時期までは一人でいるのが得意だった。

 むしろ一人でいるのが好きだった。


 一人の方が気楽だし、一人でも楽しめるし、一人でも満足できていた。

 だけど、アリスに出会ってしまった。

 そして、俺の価値観は変わった。


 今の俺は一人が嫌になってしまった。

 一人でいるのが辛くなってしまった。


 今まで考えないようにしていたが、新年度からの学校生活は苦痛だった。

 留年したからとか周りに気を使わせるのが嫌だとか自分に言い訳をして孤独を受け入れていたが、本当は誰かとの繫がりが恋しかったし友達だって欲しかった。


 それでも一人でいた臆病な自分を修学旅行の班決めが強制的に終わらせてしまった。

 俺は理不尽なことが嫌いだったが、人生には感謝すべき理不尽もあるみたいだ。 


 寄せ集められた問題児の中で班長となった。

 そんな非常事態も歓迎すべきかもな。


 一人で天国にいるより、俺は誰かと地獄にいる方がいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る