第二章 別に一つにならなくてもいい

ep06.彼女持ち


 学校へ登校し下駄箱で靴を履き替えていると、同じタイミングで登校してきた白坂の姿が目に入った。

 芸能人なので登校中は眼鏡とマスクをして軽く変装しているみたいだな。


 白坂を眺めていると目が合った。

 向こうは俺に気づいて「あっ」と声が漏れた。

 俺は挨拶をしようと試みたが、声が上手く出てこなかった。


 慣れていないことは急にはできない。

 心の準備ができていなかったので、スムーズに行動へ移せなかった。


 白坂も少し困った表情を見せている。

 ただ、何か言いたげであるのは伝わってくる。


 沈黙の時間に耐えきれず、お互いに目を逸らして足を動かす。

 だが、俺は自分を変えなければと思い立ち、もう一度白坂の方へ振り返った。

 そして、白坂も振り向いて俺をもう一度見てきた。


「「おはよ」」


 何故か行動も挨拶もシンクロする。

 お互いに同じ気持ちを抱いていたことが、言葉に乗って伝わってきた。


 そのまま特に話さず二人で同じ教室へ向かった。

 今までも席が前後で物理的に近い存在ではあったが、同じ班という繫がりができたことで関係性的にも近い存在になったな。


「……ねぇ、留年してみんなよりも年上の学校生活ってどんな気分なの?」


 教室へ入る直前で、白坂は拳を軽く握りながら話しかけてきた。


「なんだか仲間外れな感じがして少し寂しいかな」

「へぇ、そういうもんなんだ」


 高校生で留年する存在はまれだから、俺の気持ちを理解できる人も稀だろうな。


「私も同じ気持ちを抱いて学校生活を送ってる。似た者同士だね」


 モデルで有名人の白坂。

 特別な存在であり、周りとは距離を置かれている。

 その白坂も仲間外れという意識があるみたいだ。

 俺達はまったく違う立場なのに、抱えている気持ちは似ているようだな。


「学校にはいっぱい人がいるのに、寂しいとか不思議だよな」

「そうだね。たくさん人がいるからこそ、より寂しくなるのかもしんないけどさ」


 俺達は話しながらそれぞれの席へ座ると、白坂はすぐ俺のいる後ろに振り向いてきた。


「私のことずっと後ろから見てて、どう思ってたの?」

「いつも髪が綺麗だなとは思ってたけど……あ、あと、姿勢が良いから黒板の文字が少し見辛いなってのも感じてた」


 つい恥ずかしいことを言ってしまったので、慌てて文句も加えて誤魔化した。

 本当はそこまで黒板の文字は見辛いと感じていなかった。


「そっか。いつも髪を綺麗にセットしてた甲斐があったかも」


 髪を長いストロークで大胆にき上げる白坂。

 サラサラしていてフローラルな良い香りも漂ってくる。

 思わず心の中で天使かよと呟いてしまった。


「俺が後ろにいてどう思ってた?」

「何か暗い人がいるなって。スマホばっか見てるなって」

「不快に感じてたらすまん」

「そんなことないよ。でも、たまに幸せそうな顔してたのはちょっと疑問だったかな」


 そんな顔をしていたのは、きっとスマホでアリスとの写真を見たり、想い出に浸っていたりしたからだろうな。


「その時は彼女との写真でもスマホで見てたからかもしれない」

「……は?」


 俺の返しが意外だったのか、今まで見たことのない啞然とした表情を見せる白坂。


「え?」


 俺はそこまで変なことを言った気はなかったので、こっちも困惑してしまう。


「彼女いるの?」

「ああ。さっきも言ったが」

「い、意外だね」


 どうやら俺は周りから見たら絶対に彼女がいなそうな雰囲気をまとっていたみたいだな。


「そ、その意外というのは顔で判断したわけじゃなくて、暗いというか負のオーラが出てるのに、彼女とかできるんだとかそういう意外さね」


 自分の発言をフォローしているが、相変わらず下手で余計に傷ついた。


「……もしかして出会い系?」

「いや、出会った場所は動物園だった」

「何その不思議な出会い場所。ガチなやつじゃんか」


 恋バナに興味を持ったのか、変に乗り気になって色々と聞いてくるな。


「同じ学校?」

「違う。というか出会った時は、相手は大学生だったし」

「大学生!? えっ待ってヤバヤバっ、年上だったの?」

「そうだけど」


 前のめりになる白坂。恋愛話が好きなのだろうか……


「ちょっとちょっと、色々気になることがたくさんありすぎて」


 白坂は次に何を聞こうか迷っていたが、橋岡先生が入ってきたので渋々前を向いた。


 朝のホームルームが終わるとすぐに、白坂が振り返って俺を見てきた。


「さっきの話、本当なの?」

「うん。というか、恋人がいるなんて悲しい噓をつくわけないだろ」

「……そうだよね」


 アリスは本当に実在している。

 会いに行こうと思えば、ちゃんと会える。


「確かに今までのやり取りで、暗い男のくせにちょっと変に女性慣れしてる感があったから不思議には思ってたんだよね」

「そんな感じが出てたのか」


 自分では意識していなかったが、アリスのおかげで女性に免疫ができていたようだな。


「写真とか見せてよ。ちゃんとツーショットで映ってるやつ」

「そ、それはちょっと嫌だな。恥ずかしいし」


 彼女とデレデレしている写真を見せるのは少し抵抗がある。


「む~怪しい」


 写真を拒むと疑いの目を向けてきた。

 ここまで信じてもらえないのは少し悲しいな。


「写真見せてくれるまで彼女いるって信じないから」


 どうにかして写真を見たいのか、俺を脅してくる白坂。


「そんなこと言われてもな」

「もしかして、彼女があんまり可愛くないから私に見せたくないとか?」

「そんなことはない。アリスは可愛いから」

「なっ」


 俺の返しでカウンターの拳を食らったかのように軽くのけぞった白坂。

 まさかの恋愛話でこんな友達みたいに会話できるようになるとはな……


「というかちょっと待って、もしかして外国人? さっきからツッコミどころ多過ぎ」

「アリスは外国人っぽい名前だけど、灰原アリスといって純粋な日本人だ。アリスの妹も外国人っぽい名前だったから、親が変わっているだけだと思う」

「日本人なんだ。私と同じハーフなのかと期待したけど」


 俺もアリスという名前を初めて聞いた時は偽名じゃないかと疑った。


「いやいや、色々詳細に語ってますけど写真を見せてくれるまで信じないから」


 前を向いて会話を無理やり終わらせる白坂。

 どうやら写真を見せない限り、その態度は変えてくれないみたいだ。


 今度時間ができた時に、見せられそうな写真を探しておくしかないか……

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