ep07.一緒にいるだけでいい


 昼休みになり、クラスメイト達が昼食のために動き出す。

 どうせ班のみんなが一人で食事をするのなら、その時間も仲良くなるための時間にしたい。

 それが班長の役目だとも思うし、勇気を出して誘ってみるか。


「……白坂」

「ん?」


 白坂は鞄から袋を取り出して食事の準備をしていた。


「班のみんなで食事をしようかと思うんだけど、白坂はどうかな?」

「む~やっぱり彼女いるの? 普通はそんな簡単に誘えないと思うし」


 まだ本当に彼女がいるのかどうかに言及している白坂。

 それだけ俺に興味を持ってくれているのは嬉しいことだが、気恥ずかしさもある。


「けっこう勇気は使ってるぞ」

「でもでも、彼女いるのに別の女の子と積極的に仲良くしようとしてるのは怪しい」 


 アリスは嫉妬をしない。

 俺はちょっと嫉妬深かったので面倒がられているけど。


「異性としてとかじゃなくて、同じ班だからというか……簡単に言えば友達になりたいから誘っているんだ」

「友達になりたいの?」

「修学旅行の前に友達になっていれば、当日も楽しめるだろ?」

「……そうだね。私もそう思う」


 友達という言葉を聞いて少し頰が緩んだ白坂。

 やっぱり友達が欲しかったようだ。


「白坂も俺と同じぼっちだけど、今まで友達を作ろうとは思わなかったのか?」

「人との関係が怖くて、臆病になってただけ。一度周りから突き放されて、私もねて自ら周りを突き放した。そしたら、いつの間にか一人になってた」

「そっか。俺も臆病になってたから、少しだけならその気持ちもわかる」

「彼女いるなら一人でもいいじゃんかよ~」


 私の気持ちはわからないでしょと言いたげな顔を見せている。

 そう思われるのも予想して少しだけと言ったのだが、少しだけ共感するのも許してはくれないみたいだ。


「白坂は彼氏いないのか? めっちゃモテそうだけど」

「いないから。バカバカバカバカ、とんでもなくバカ」


 理不尽にバカという言葉を浴びせられまくる。

 どうやら彼氏がいないことに触れてほしくなかったみたいだな。


「というか、あの黒沢も誘うの?」

「もちろんだ」

「勇気あるね」


 みんなを誘うつもりなので、怖いけど一人だけ誘わないという訳にはいかない。


「無様に断られてカッコ悪いところ見せることになるかもしれんが」

「そんなことない。どんな結果であれ、挑戦するのはカッコイイよ」


 白坂の言葉は嬉しかった。

 アリスも挑戦する姿はカッコイイと褒めてくれたことがあったし、やっぱり男はカッコイイと言われるのが一番嬉しい。


「黒沢、班のみんなで食事しようと思うんだけど」

「無理」


 勇気を出して近くの席の黒沢を誘ったが、無情にも即答された。

 先ほどまでの清々しい気持ちが一撃でかき消された。

 せめて少しは悩んで欲しかった。


「修学旅行までにできるだけ仲を深めたいなって」

「昼休みはその名の通り休む時間よ。気まずい人といたら休まらないじゃない」

「そっか……すまん。気が向いたら、その時はよろしく」

「謝られる筋合いはないのだけど」


 しつこく誘っても嫌われるだけなので今は一旦引こう。

 引き際を見極めるのも大事だ。


「お疲れ様です。ご愁傷様でした」


 ねぎらいいの言葉をかけてきた白坂。

 言わんこっちゃないと顔が言っている。


「一度周りを突き放したら、簡単に折れられなくなっちゃうからね。本当は意地張っているだけで、そこまで嫌じゃないと思ってるかもしれないよ」


 珍しく黒沢に対してまともなフォローをしてきた白坂。


「私のことなんて誰も分かってくれないって心を閉ざしてるのかも。子供扱いしないでとかキツく言ってるけど、まずは自分がちゃんと大人になってもらわないとだよね」


 やっぱり余計な一言が付いてきた白坂のフォロー。

 だが、それだけ黒沢の気持ちを察せるのは、理解できる部分があるからだろう。


「ごめん、嫌かもしれないけど赤間も誘いたい」

「……む。昨日は無理に関わらせないって言ってくれなかったっけ?」

「やっぱり班長として平等に中立にみんなの味方でいたいなって。でも、赤間と一緒にいるのが無理なら、日にちを変えてそれぞれ時間を作ろうと思うから遠慮なく言ってくれ」


 俺の言葉を聞き、少し考える時間を要した白坂。


「まっ、別にいいよ。茂中さんと一緒にいる時点で周りの目はヤバくなっちゃったしね」


 受け入れてくれたが、俺と関わった時点でマイナスだと悲しいことを言われてしまう。


「さん付けはやめてくれ。呼び捨てでいい」

「やめないよ」


 すんなり受け入れてくれると思ったが、きっぱり断られてしまった。


「茂中さんは嫌かもしれないけど、私は年上の人を呼び捨てにするのが嫌なの」

「じゃあ、そのままでいい」

「悪く思わないでね。モデル業界というか芸能界って呼び捨てでいいよとか言われて、言われたまま呼び捨てで親し気にしてると、その仲を知らない人達から生意気だとかで超嫌われるから。だから、私はどんなに仲良くても年上の人にはさん付けだけは外さない」


 俺の知らない世界で生きてきた白坂は、想像もできない経験を積んできたはずだ。 

 さん付けはされても敬語は使われてないから、今はそれだけで十分幸せだと考えよう。


「ちゃんと理由があるなら、尊重させてもらう」

「周りに誰もいない二人きりの時なら、呼び捨てで呼ぶかもしれないけど」

「……そっか。じゃあ、その時を待ってる」


 白坂は自分の発言を振り返って、顔を少し赤くしている。

 時間を置いて恥ずかしさを募らせたのだろうか。


「そうそう、こういう感情を待ってたの」


 何故か喜んでもいる白坂。

 多少仲良くなったとはいえ、まだ分からないことだらけだ。


「じゃあ、赤間を誘ってくるから」

「うん。ちょっと距離置いて待ってるから」


 俺は白坂と距離を置き、一人で赤間の席の前に立つ。

 既にコンビニのパンを持っていたが、幸いにもまだ袋は開けていないようだ。


「赤間、ちょっといいか?」

「……何?」


 赤間は恐る恐る俺の顔を覗いてきた。

 完全に対人恐怖症になってるな。


「班のみんなで一緒に食事しようと思うんだけど、赤間もどうかなって」

「……ん」


 悩みながらも立ち上がったので、明確な返事は無かったが一緒に食べてくれるようだ。


「誘いを受けてくれてありがとう」


 感謝を伝えると頭を軽く下げてきた。

 こちらこそと言いたかったのだろうか……


「金田は……って、行っちまったか」


 白坂と合流し最後に金田を誘おうと思ったが、教室から出ていく後ろ姿があった。


「茂中さんは金田のこと嫌じゃないの? 性格とかまったく合わなそうだけど」

「まだ金田がどんな奴か把握できてないから、嫌いという感情は湧かないかな。悪い評判ばかりだが、自分の目でどんな人か確かめて判断するまではそれを鵜吞うのみにしたくない」

「……大人だね。留年しているだけある」


 大人だと褒められているのか、留年しているからと馬鹿にされているのか……


「というか、悪評が広まって嫌われてる金田はどこで食事してるんだろうか」

「便所とか?」


 便所飯というワードは耳にするが、高校生で実行する人は流石に皆無だと思われる。


「それは無いと思う。便所飯は限界を超えた人が辿り着く境地だから」


 今まで黙っていた赤間が珍しく言葉を発した。


「あれれ、経験者がいたみたい。どうだったの居心地は?」

「最悪に決まってんじゃん。唯一のメリットは吐きたい時にすぐ吐けて助かったこと」


 炎上の件で教室での居辛さが限界を超えたのか、便所飯の期間があった赤間。

 だが、今は教室で食べているので精神的に吹っ切れた部分もあるようだ。


「どうせなら確かめてみようよ。まだ遠くまで行ってないだろうし」


 白坂に従い教室を出てみると、金田の後ろ姿が見えた。

 高身長金髪は目立つな。


 金田は階段を上り、普段の学校生活ではほとんど利用することのない四階へと進んだ。

 四階に生徒会室や文化部の部室があるのは知っているが、それ以外の情報は無い。


 金田の後を追って歩くと、空き教室や物置になっている部屋が並んでいた。

 立ち止まった金田は名前の無い部屋のドアをポケットから取り出した鍵を使って開ける。


 金田が部屋の中へ入っていったので、俺達はドアの窓から中の様子を覗いてみた。

 教室の半分ほどのスペースの部屋。

 机や椅子が乱雑にいくつか置かれていて、その内の一つに金田は座っていた。


 この部屋はどこかの部活動の部室だったのだろうか……


「どうやら金田はここで昼休みを過ごしているみたいだな」

「かつては教室の中心でワイワイ騒いでた男が、こんなとこでボッチ飯してたなんてね」


 白坂の言う通り、四月頃の昼休みの金田は教室で友達に囲まれて楽しそうに過ごしていたはずだ。

 あの頃と比べると、信じられないくらいの落差だな。


「……ズルい」


 赤間はこの場所を恨めしそうに見ている。

 確かにぼっちには天国のような場所だな。


「せっかくなら、あたし達もここで食べようよ」


 理想の場所だったのか、今までに無かった積極性を見せる赤間。


「金田に許可が取れたらな」


 俺はノックをしてからドアを開けようとしたが、鍵が閉まっていた。

 だが、俺達に気づいた金田が内側から鍵を開けてくれた。


「おいおい、何でここにいんだよ」

「一緒に食事しないかと思ってな」

「ふざけんなよ。ここは俺の場所なんだ、教室に帰れ」


 何一つふざけてはいなかったが、俺の提案は金田に却下されてしまう。


「教室嫌いだから、あたしもここで食べたい。お願い」

「……ったく、しょうがねーな」


 赤間の追撃で簡単に折れた金田。女子の頼みは断れないタイプなのかもな。

 俺達は空き部屋へ入り、適当に置かれていた机と椅子を使って食事スペースを確保する。

 みんなそれぞれ微妙に距離を空けていて、親交の浅さがはっきりと表れている。


「こんな部屋の鍵、どこで手に入れたんだ?」

「橋岡先生から鍵を……じゃなくて拾ったんだ」


 途中で慌てて説明を変えた金田。


 きっと橋岡先生から鍵を貰ったが、拾った体にしろと言われているのだろう。

 橋岡先生なら金田へ特別に鍵を渡すのも納得できる。

 金田は橋岡先生から気に入られているようだし、先生もあの性格だから居場所の無い金田に優しくしているのだろう。


「私達の集まりは教室だと周りからの目線とかヤバいだろうし、ここで良かったじゃん」


 居心地良さそうにしている白坂。

 確かに、教室だと何か言われるのは必至だったな。


「感謝しろよ」

「良い場所とっておいてくれてありがと。花見とか夢の国のパレードの場所取りとか得意そうだね。場所取り名人だ」


 金田に言われて素直に感謝した白坂だが、また余計な一言がついていたな。

 いざ四人で食事を始めるが、悲しいかな会話はまったく弾まない。

 白坂も赤間も黙々と食べているだけで、金田は気まずさに口が止まっている。


「これ、一緒に食事する必要あるか?」


 沈黙に耐え切れなくなった金田が口を開いた。

 金田はかつて教室で楽しい食事の時間を過ごしていたため、この場の誰よりも沈黙の空気を重苦しく感じているのかもしれない。


「まずは同じ空間で過ごすことが寄せ集められた俺達の第一歩なんだ」


 俺達はクラスで余り者になるほどのコミュニケーション能力が欠如した集団。

 そんな集団でいきなり無理やり楽しく話そうとするのは不可能であり、まずは居心地の良い場所を作りあげることが先決なはずだ。

 会話もきっとその内、増えてくるはず。


「赤間はここでの食事はどうだ?」

「一人で過ごすよりはマシ」


 一人でいるよりかは会話が弾まなくても誰かと一緒にいる方が良い。


 俺も同じ思いを抱いており、教室で一人ぼっちなのは心細くて周りの目がどうしても気になっていた。

 俺の噂話でもされてるんじゃないかとか、誰かから笑われてるんじゃないかとか、一度気にすると不安にさいなまれてしまう。

 だが、ここにはその不安が付き纏わない。


 食事が終わると、みんなはそれぞれスマホを弄りだした。

 赤間はスマホの向きを横にしてゲームをしているようだ。

 白坂のスマホからはSNSであるインスタの画面が見えた。


 みんなは無表情でスマホと向き合っているが、いつかはここも会話が盛り上がったり笑顔が溢れる空間になるかもしれない。

 修学旅行までに、そうなっていてほしい。


 昼休みは終わり、みんなと一緒に部屋を出て教室へ戻っていく。

 親睦が深められた実感というか手応えは皆無だが、一緒に食事をしたという行動だけでも今の俺達には大きな成果なのかもしれない。

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