ep18.あそキュン


 放課後になり、俺は赤間を呼び出していた。


「今日、少し付き合ってもらえないか?」

「えっ!」


 頰を赤く染め、戸惑っている様子の赤間。

 予想していた反応と違ったな。


「少しだけなら……いや、ずっとでもいいですけど。いっそのこと死ぬまででも」「そんなに時間は取らないけど、今日は忙しかったか?」

「えっ、あ、あっと、いや~早く帰らないと両親に怒られちゃうんで……あの件以降、あたしが余計なことしないように即帰宅を命じられていて」


 両親からの信頼を失い、高校生ながら過保護に扱われている赤間。


 一部の界隈に顔を知られていることもあり、何か起きないようにできるだけ家に留まらせておきたい両親の気持ちも理解できるが。


「そっか。でも少しだけだから安心してくれ」


 早く帰らないといけないのに、少しだけという言葉には何故か落胆している。


 赤間と教室を出て廊下を歩く。

 すると、すれ違う人から普段とは異なる視線を感じる。


 黒沢や白坂と歩いている時も注目を浴びる。

 班の女性陣はみんな目立つ問題児だな。


『おい、あいつ炎上した女と歩いてるぞ』

『まじだ、女に飢えすぎて見境なくしたのかもな』


 周りからせせら笑う声が聞こえてくる。

 普通の人なら好き勝手言われて心を痛めるかもしれないが、俺はちょっと傷つく程度で済む。


 留年した時点で周りから変に言われることも多かった。

 今はもう一人じゃないから、知らない人から悪く言われても右から左に受け流せるようになったのかもな。


 赤間もきっと慣れっこのはずだ。

 炎上した時は今よりもっと酷かったに違いないし。


「……すみません、あたしのせいで。頭の中であいつら殺しておきます」

「別に気にしてない。留年してる時点で俺も変な目で見られるしな」

「で、でも……あたし先行きますっ」


 俺の隣から走り去ろうとした赤間の腕を摑む。


「行かなくていい。傍にいていい」


 一歩前に出た赤間は再び俺の隣に戻る。

 赤間は平気でも、自分のせいで誰かが悪く言われるのは辛いみたいだな。


「ごめん、強引だったな」

「いえ、嬉しいです。それに、あ、あそこっていうか胸がキュンキュンしてます」


 平気ですと言われると思ったが、何故か嬉しいと言われてしまった。


「でも、好き勝手言われて嫌じゃないんですか?」

「俺は大丈夫だ。一緒にされたくないかもしれないが、俺も赤間と同じでとんでもない絶望を味わったことがあるからな。ちょっと言われたところで響かない」


 あの絶望に比べたら、留年さえもたいしたことには感じない。

 もう全部どうでもいいとさえ思っていたが、結局俺は再び歩き出している。

 赤間も今は辛いだろうが、時間というものは絶望を少しずつ薄めてくれるはずだ。


「……茂中先輩も?」


 詳細は言いたくないので自分から話さなかったが、赤間もそれ以上は聞いてこなかった。


 学校を出てコンビニへ立ち寄り、ATMでお金を下ろした。

 その後、五分ほど歩いた場所にある広い公園のベンチに座った。


「今日は修学旅行費を渡そうと思ってな」

「……本当に良いんですか? あたしは今でも受け取っていいのか悩んでます」

「クーバーイーツの仕事を超頑張ったんだから受け取ってくれ」


 今振り返ると、毎日自転車をお尻が痛くなるまで漕ぐ地獄のような日々だったな。


「あ、あたしのためにそこまで……」

「別に赤間のためだけじゃない。自分のためでもあった」


 修学旅行を成功させることにこだわっていたから、赤間のためだけではなかった。


「それに黒沢もバイト代を提供してくれた。いつか、ちゃんとお礼を言ってあげてくれ」

「あ、あの黒沢さんが? てっきり嫌われていると思ってました……」

「別に嫌ってないと思うよ。黒沢は誰に対してもツンツンしてるからさ」


 ただ一緒にいるだけでも嫌っていると思わせる黒沢の態度や愛想の無さは問題だな。


「十万円。確かに渡したからな」


 俺は赤間の膝の上に、お金の入った封筒を置いた。


「あ、あたし、誰かにこんなに優しくしてもらったことなくて……」


 今にも泣きそうな表情を見せている赤間。


「あまり重く感じないでくれ。負い目なく修学旅行を楽しんでほしいからな」

「ど、どうして茂中先輩はそんなに優しいんですか?」

「別に優しくない。俺が本当に赤間に優しくするなら、赤間が不安にならないようにずっと傍にいるし、少しでも笑顔を取り戻せるように常に赤間のことを楽しませる方法を考えてる。今はただ、同じ班という繫がりで接しているだけだ」


「……茂中先輩って本当に素敵ですよね。恋人になったら、絶対に幸せにしてくれそう。彼女さんが羨ましいですよ」


 赤間の言葉が俺に僅かな自信を湧かせてくれる。

 こうやって誰かを救っていけば、いつか俺もアリスに胸を張って俺と付き合えて良かったなと言えるようになるのだろうか。


「彼女さんと上手くいってないんですか?」


 どこか希望の湧いたような表情で聞いてくる赤間。


「どうしてそう思う?」

「彼女さんの話題を振ったら、悲しそうな顔をしていたので」


 どうやら俺は彼女のことになると感情が表に出やすいタイプのようだな。


「何かあたしにできることがあったら何でも言ってください。茂中先輩がしてほしいことがあれば、あたしは何でもやります」


 胸を押さえながら上目遣いで話す赤間。

 今まで向けられたことのない、すがるような目。


「大切な彼女さんには言い辛いこととか、恥ずかしいこととか、何でも……」

「修学旅行には絶対来てくれ。それだけだ」

「……ほ、他には?」

「特にない。別に見返りが欲しくてお金を渡したわけじゃないからな」


 白坂が肩入れし過ぎると赤間に依存されるよと言っていたのを思い出し、あえて突き放す言い方をしてしまった。

 女子との距離感は難しいな。


「あたしなんか価値無いですもんね。やっぱり、もう生きてる価値も無いです」

「そんなこと言わないでくれ。両親が早く帰ってこいと心配するってことは、生きててほしいと思っていて大切にされてるってことだ。俺が赤間の修学旅行費を立て替えたのも赤間と修学旅行へ行きたいからだ。赤間が生きていてくれないと俺は困る」


 赤間も相当参っているようだな。

 どうにかして生きる希望を湧かせてあげたいが……


「修学旅行、赤間やみんなを楽しませるために色んなことを計画してある。そこで生きていてよかったなって感じてもらえたら嬉しい」

「茂中先輩っ!」


 赤間が隣に座っていた俺へ抱き着いてくる。


 振り離せない強い抱き着き。

 柔らかくて大きな胸がギュッと押し付けられている。


 予想外の行動に言葉も上手く出てこない。

 どうしたものか……


「ごめんなさい! 時間無いので帰りますね」


 顔を真っ赤にした赤間が逃げるように走って帰ってしまう。


 人に抱き着くなんて好意がないとできない行動だ。

 赤間に好意を抱かれるようなことはしていないはずだが、不安定な心情が赤間の中で俺を美化でもさせたのかもしれない。


 別に俺は友達として赤間を何とかしたいと思っているだけだ。

 それは黒沢も白坂も金田も変わらない。

 まだ友情を築けていなかったから、先に愛情が湧いてしまったのかもな。


 修学旅行を機に急に繫がりができたため、関係性を構築できていなかった。

 友情を先に築かないとややこしいことになってしまうと、また一つ勉強になったな。


 とりあえず、これで修学旅行までの準備は全て終わらせた。

 あとは出発を待つだけだ――

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