ep17.お人好し
修学旅行まで後二日となった。
クーバーイーツからの振り込みは昨日だったが、目標金額まで三万円足りなかった。
次の振り込みは修学旅行が終わった後になるため、今日からの報酬はもう赤間に渡せない。
どうにか十万円を用意したかったが、十日ほどでは厳しすぎたようだ。
貯金は三万五千円ほどあるが、それは修学旅行の際に使用するので手は出せない。
なるべく親から借りたくはなかったが、それしか方法はないかもな……
「茂中、おはよう」
「……おはよう」
教室へ入ると目が合った黒沢が話しかけてくれた。
今までは俺から話しかけないと挨拶をしてくれなかったので、ちょっと驚いたな。
「難しい顔してたけど、悩み事? 何かあれば話聞くけど」
「前に言った赤間の修学旅行費を用意するって話だが、それがギリギリ用意できなそうでな。最悪の手段を取ろうとしている」
「強盗でもするつもり?」
「犯罪はしないって。親に借りようか悩んでるけど、できればそうしたくなくて」
両親以外に頼れる人はいないため、もう諦めて現実を見ないとな。
これからは急な出費にも対応できるようにお金を貯めておくか。
それがきっと大人ってやつだと思うし……
「それなら丁度良かったわ」
「何がだ?」
「今日、茂中に渡そうと思ってた物があったのよ」
鞄から封筒を取り出した黒沢。
それを俺に手渡してきた。
中身を見ると、そこには現金が入っていた。
万札が三枚と千円札が七枚ある。
「これは?」
「あんな場所で貰った汚れたお金なんていらないから、足しにして」
どうやらサイゼストで貰った給料を持ってきてくれたようだ。
「……本当に良いのか?」
嬉しいサプライズだが、素直には受け取れない。
「あなた一人が修学旅行のために頑張っているのはおかしいもの。私にも協力させて」
黒沢が普通の人なら、白坂や金田のようにお金の件には関わらないでおこうとする。
でも、黒沢は普通じゃない。
得なんて一切ない俺の無謀な行為に感心し、協力しようとしてくれる。
それが嬉しくもあり、不安にもなるな。
「そういう気持ちなら受け取るけど、赤間がどういう形で返してくるかは保証がないぞ。無償の提供になるかもしれない」
「さっきいらないって言ったでしょ。別に返金もお礼もいらないわ」
黒沢は何の見返りもいらないようだ。
俺と同じでどこかおかしい。
高校生で三万七千円なんて大金だ。
黒沢はその重さを理解しているのだろうか……
「ただ班が一緒になった男子に無償でお金を渡すなんて、どうかしてるぞ」
「それはあなたもでしょ?」
「……そうだったな」
黒沢の行為は、俺が赤間にしようとしている行為と同じ。
頭ではどうかしてると分かっていたが、実際に自分が受けてそのヤバさを実感できた。
「オーバーした七千円は返す」
「あなたが受け取りなさいよ。あなたが六万三千円で私が三万七千円用意したってことでいいじゃない。そっちが全額渡す必要はないわ」
「それは困る」
「もう渡したから、返金は受け付けないわ」
どこまでもお人好しな黒沢。
その強引さに救われることもあるとはな。
「じゃあ、せめて残りの資金は班行動の費用に回していいか?」
「それは別に好きにしなさい」
このお金で修学旅行中に計画しているプランもいくつかグレードアップできそうだな。
「改めて、本当にありがとう」
「……そこまで感謝されるとは思っていなかったわ」
久々に人の温かみに触れたな。
無償の愛、それをアリス以外から受け取れるなんて。
「そこまで人に感謝されたのは久しぶりかも。あなたは思いやりがあるのね」
そう言いながら、唐突に俺の腰へ手を当ててきた黒沢。
「ど、どうした?」
「えっ、触っただけだけど」
私何かした?と言わんばかりの表情で、逆に驚いている黒沢。
今まで触れられたことがなくて驚いたが、黒沢の中では別に自然なことのようだ。
「触りたかったから触っただけなのだけど、触っちゃ駄目だったかしら?」
「いや、別に構わないけど」
「なら、問題無いじゃない」
黒沢は白坂と違って距離感が異様に近いな。
前に並んで歩いた時も手が触れてしまうほど近かったし、バイトを辞めた日に会った時も胸がぶつかりそうなほど正面に迫ってきた。
まるで小学校低学年の女子のような、男子を警戒しない無邪気な距離感。
黒沢は何も気にしていないみたいだが、こっちは変にドキドキしてしまう。
「何で朝からイチャついてんのよ」
教室へ入ってきた白坂が、俺達を奇異な目で見てくる。
白坂がイチャついてるなと思うほど、俺と黒沢の距離感は近いようだ。
「別に話していただけよ」
「じゃあ、その手は何?」
「だから、触れたかったから触れただけよ」
白坂にも同じ質問をされて呆れている黒沢。
何なのよもうと愚痴をこぼしている。
「何で触れたくなったの?」
「心のこもった感謝をされて、嬉しくて」
「何よそれ。意味わかんな」
黒沢の気持ちを白坂は理解できないが、逆に白坂の気持ちは黒沢に理解できないのだろう。
人によってこんなにも違う。まさにその名の通り白と黒だな。
「いてててて……昨日腰振りすぎて腰痛てーわ。つれぇわ」
謎のアピールをしながら絡んできた金田。
最近は自然に話しかけてきてくれるな。
「じゃあ、この気持ち悪いこと言ってる男にも触れるの?」
「別に気持ち悪くても、人間なら触ることはできるでしょ」
そう言いながら、金田の腰に触れる黒沢。
右手は俺の腰に、左手は金田の腰に。
「ふ~ん、黒沢はそういうタイプの人間なのね」
黒沢の分け隔てない対応を見て、ようやく納得した白坂。
「上から人を見ないでもらえる?」
「黒沢って、色んな意味で女子から嫌われるタイプだ」
「あなたも似たような立場でしょ?」
「そうだね。でも、私は黒沢と違って自業自得じゃないけど」
黒沢が白坂を睨むので間に入って遮る。
黒沢は言いたいことをはっきりと言うし、白坂は余計なことを言ってしまう。
そんな二人が言い合いになると険悪なムードになる。
普段は別にいがみ合ったりしないのだが、時々こうして反発し合う。
お互いに尾を引かないタイプなのが救いではあるが。
「俺達は似た者同士なんだから、どっちもどっちだぞ」
どちらの肩も持たずに仲裁するのが、リーダーとして大事。
「そうだそうだ。てかよー二人とも俺のことさりげなく気持ち悪いって言ってたけど、冗談でもそんなこと言っちゃ傷つくぞコラ」
「冗談ではなかったのだけど、傷ついたのなら謝るわ」
黒沢はしっかりと謝罪をしたが、金田は二度傷つく羽目になった。
橋岡先生が教室へ入ってきたので、俺達はそれぞれの席へ戻る。
その後の黒沢と白坂は特に後腐れなく、普通に会話をしていたので安心した。
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