ep02.余り者たち


 昼休みになり、クラスメイト達はそれぞれのグループで集まって昼食を始める。

 俺は今日も一人。

 このクラスで一人きりの食事をしているのは、俺とモデルの白坂と元生徒会長の黒沢と大炎上した赤間ぐらいか。

 問題児の金田は昼休みになるといなくなる。

 どこか別の場所で過ごしているのだろうし、別のクラスには友達がいるのかもしれない。


 周りから聞こえてくる話題はやはり修学旅行の班決めについてだ。

 この学校は男女で修学旅行の班を作るため、班決めは一筋縄ではいかないだろう。男友達が多い男子生徒でも女子生徒と組むとなると困難になる。


 男女混合の班とはいえ宿泊する部屋は男女別であり、班行動をする時だけ一緒になる形となっている。

 その限られた時間を過ごすだけなのに人によっては試練となる。


 歴史のない新しい学校ということもあって、校風も新鮮で理事長も変わり者だった。

 男女の交流機会を増やすことが将来の社会に良い影響を与えることになると全校集会で語っており、球技大会も男女混合だし体育祭も男女混合の競技が多い。


『あたし達人数丁度いいから組もうよ』

『そうだな。俺達が二人でそっちが三人ならぴったし五人だ』


 現生徒会長でイケメンの四谷よつやとその親友の木梨きなしという男が、クラスの中心となっている女子三人組に囲まれて早くもペアを組む約束をしている。

 このクラスの美男美女が揃い、周囲から一目置かれるイケイケグループが完成した。


 やはり、イケてる人達にはイケてる人達が寄ってくるようだ。

 自分達の価値をより高めるためか、周囲との差を広げるためかは分からないが、あの女子三人組は同格ではない男子達に見向きもしていなかった。


 これがきっと自然の摂理というか、人間社会の縮図なのだろう。

 それを昼休みのほんの一幕で目の当たりにしてしまった。


 いや、待て、その理論だと俺の元に集まるのは……

 考えても帰りたくなるだけなので、この先のことは考えないようにしておこう。


 六時間目のホームルームが始まったので、スマホを隠しながらアリスの可愛い写真を眺めて現実逃避をする。

 どんなに辛いこともアリスと一緒なら乗り越えられる……はず。


「じゃあ今から修学旅行の班決めを行うぞ。もう高校生なんだからわがままなことは言わずに協調性を持ってスムーズに決めてくれ」


 橋岡先生は班決め開始の宣言をするが、俺にとってはデスゲーム開始の宣言でもある。

 生徒達は相談をするため席を立ち上がり、それぞれ小さな集団を作り始める。


 現生徒会長の四谷を中心に集うリア充グループは先生に班が決まったと真っ先に報告へ向かった。

 その後も合わせたら五人になるような都合の良い集団同士がとりあえず組み、班が成立しては先生に報告している。


 相手を選り好みしていて出遅れると、あまり好ましくないクラスメイトと組む羽目になる。

 特にこのクラスには問題児がちらほらと見受けられるので、多少は相手を妥協してでも早めに班を組んで最悪の事態は回避したいという意思が班決めをスムーズにしている。


「優秀だな私のクラスの生徒達は」


 思いの外、次々と班ができていく光景を見て感心している橋岡先生。

 しかし、俺は焦っている。

 数合わせとして声をかけられるのを待っていたが、一向に俺へ近づいてくる生徒はいない。


 男子が二人で女子が二人のグループがあれば、五人グループを作るため数合わせとして無害そうな俺をとりあえず加えようという流れがあると思っていた。

 だが、みんな複雑なパズルがかちっとはまっていくように二人と三人のグループを組み合わせ、滞りなく班を作っていってしまう。


 このままだと恐れていた最悪の事態を迎えることになる。

 留年ぼっちの俺、元生徒会長の黒沢、前の席にいるモデルの白坂、炎上女の赤間、金髪不良の金田。

 このクラスの問題児は合計五人。

 この問題児達が散り散りにならず、余り続けてしまうのはヤバ過ぎる。

 いや、俺は留年しているだけで問題児ではないんだが。


「おっ、もう五つの班ができたか。ということは必然的に……」


 橋岡先生は教室を見渡してまだ組んでない生徒の顔を見ていく。

 もちろん俺も含まれていて目が合うと微笑みかけられた。


 ヤバいっ!

 このままでは絶対に起きてはならないことが起きてしまう!


「余ったのは赤間と金田と黒沢と白坂と茂中の五人か。ちょうど五人だから、君達で一つの班だな。これで班決め終了。こんな短時間でできるなんて君達は協調性があるな」


 時すでに遅しか……

 頭を真っ白にして何も考えないようにしたいが、それを強制的に塗り替えるほど真っ黒な現実が突きつけられて、思考の中でも逃避はさせてくれない。


『ウケる。最後の班、地獄じゃん』


 背後から聞こえてきた女子生徒のせせら笑う声。

 彼女の言う通り、きっと俺の班は周りから見たら地獄絵図なのだろう。

 そして俺はその地獄を生きなければならない悲惨な人間。

 別に何も悪いことなんかしてないし、日頃の行いだって良かったはず。

 本当に人生ってのは理不尽だな。


「今日は班決めだけで終わると思ったが、時間が余ったから班ごとに集まって自由行動時にどこを回りたいかとか話し合って交流を深めてくれ。必ず班長だけは決めるように」


 橋岡先生は前倒しで事を進めてくるが、俺はまだ気持ちの整理ができていない。

 班を組んだ生徒達は適当な席に座り、普段とは異なる席でそれぞれ和気あいあいと話し合いを始めていく。

 もうやり直しができる空気ではない。


「あ、あの、すみません。ここら辺で集まりたいんで」


 遠回しに邪魔だとクラスメイトから声をかけられて席を立つ。

 そして、行き場を失う。


 立ち上がったが最後、俺に帰れる場所は無い。

 もう、やるしかないみたいだな……


 とりあえずは前の席にいるモデルの白坂の横に立ってみる。

 会話をしたことはないが、席が前後なのでプリントの受け渡しなど業務的なやり取りは経験済みだ。


 無感情な目で俺を見た白坂。

 きっとこの子も俺と同じように、最悪の事態になったと絶望していることだろう。


「一緒の班になったみたいだな」

「そ、そうだね」


 白坂は視線をあちこちにらして落ち着きがない様子だ。

 堂々としたたたずまいだが、態度には緊張が見える。


「……ど、どうす」

「……え?」


 緊張で言葉が喉に詰まって中途半端になってしまった。

 この気まずさは異常だ。

 今まで体感したことのない領域。

 中学校の体育祭で、学年リレーの際に転んだ時と匹敵する気まずさがあるな。

 だが、こういう時は年上の俺が頑張ってリードしなければならない。


「他の班の人にも声をかけていこうか」

「う、うん」


 俺の言葉を聞いた白坂が立ち上がる。

 165センチ以上ある背丈に、美し過ぎる小さな顔。

 宝石のように綺麗な瞳、あでやかで柔らかそうな唇。


 やはりモデルなだけあって普通ではない空気感が漂っている。

 彼女が放つまばゆいオーラを浴びると、俺とは違う特別な人なんだと思い知らされる。


「あ、あの……」

「どうした?」

「えっと、その……やっぱいいや」


 何かを言いかけて止めた白坂。

 向こうも気まず過ぎて言葉に詰まったのかもしれない。


「嫌な班になってしんどいよな」

「……別に嫌とかじゃないから。誰かと関われるなら、それだけで嬉(うれ) しいし」


 意外にも白坂は余り者で組まされた班でも悲観的になっていないようだな。

 俺と白坂は微妙な距離を保ちながら黒沢の座る席の前に向かい、年上の俺が勇気を出して黒沢に話しかけた。


「一緒の班になったみたいだな」

「……そうね」


 こちらに目線すら向けず、露骨に嫌そうな声で返事をしてきた。

 特に立ち上がる様子もなく、そっぽを向いている。

 班決めの結果にイライラしているのがひしひしと伝わってくるな。


「みんなと集まらないと話し合いできないから移動するぞ」

「わかってる」


 わかってると言いつつも、一歩も動く気配がない黒沢。


「体調でも悪いのか? それとも、もし不安でもあるなら、それはみんなも一緒だから受け入れるしかなさそうだぞ」

「子供扱いしないで。言われなくても全部わかってるから」


 冷たい言葉を吐きながらも黒沢は立ち上がってくれた。

 白坂とは違い攻撃的な面があるので、対応が難しいな。


「あの人、元々ああいう性格で嫌われ者だから。あんま気にしなくていいと思う」


 白坂が黒沢に聞こえるか聞こえないかの小さな声で俺に伝えてきた。

 黒沢のことは俺もある程度知っている。

 きっとこの性格だから、生徒会長をクビになるという前代未聞な出来事を起こしたのだろう。


「大丈夫。でも、フォローしてくれてありがとう」

「えっ、う、うん」


 俺の返しが意外だったのか、白坂は少し戸惑いながら相槌あいづちをした。

 俺的には白坂がフォローしてくれることの方が意外だった。

 友達がいない割には、思いやりの気持ちを有している。

 周りから好かれそうなタイプにも思えるが。


「はぁ……」


 周りの賑やかな様子を見て、重苦しいため息をつく黒沢。

 品行方正で成績優秀。

 自分にも他人にも厳しく、物事をはっきりと言うタイプの真面目な優等生。

 生徒会長に相応しいスペックを持っているように見えたが……


 しかし、生徒会長をクビになった。

 この新都心高校の自由な校風には合っていなかったらしい。


 一年生の二学期に、他に立候補者がいなかったという理由で生徒会役員だった黒沢が異例の早さで新生徒会長になったそうだ。

 だが、堅物の黒沢は何かある度につまらない、空気読めないという評価を受けたそうだ。

 そのヘイトが日に日に高まり、評判がウザいや嫌いにエスカレートしていき、文化祭時には黒沢をどうにか辞めさせようという運動が起きるほどだったとか。


 その後、黒沢はとある禁忌を犯してしまい、教頭先生からクビを言い渡されたそうだ。

 その事実は生徒に知らされていないので、嫌われ過ぎてクビになったと思われている。


 そして今では、品行方正で真面目な生徒から態度の悪い不真面目な生徒に変貌した。

 だぼだぼのカーディガンを着ていて、スカートは短いし派手なピアスまで付けている。

 良く言えば垢抜けたと表現できるが、悪く言えばグレたとも言える。


 俺は去年ほとんど学校へ来ていなかったのだが、聞いてもないのに橋岡先生が二週間ほど前に何故かベラベラと黒沢のことを俺に話してくれたので、黒沢の事情は把握している。

 どうして橋岡先生は俺に黒沢の話をわざわざ聞かせたんだろうか……

 まるでこうして修学旅行の班で一緒になり繫がりができる未来を予測していたようにも感じるから、少し不気味だな。


 不意に視線を感じてその方向を見ると、新生徒会長の四谷がこちらの様子を眺めていた。

 やはり元生徒会長の行く末というか、落ちぶれっぷりが気になるのかもな。


「一緒の班になったみたいだな」


 俺は次に常に死んだ魚のような目をしている炎上ガール赤間に声をかけた。

 というか、何でみんなこっちから行かないと集まってくれないんだよ。


「金田のところがスペース空いてるから、そっちに移動して話そう」

「……ん」


 息継ぎのような相槌をするだけで、まともに会話が成立しない。

 俺がしっかりしないと、この班は本当にヤバいかもしれない。

 みんな現地で散り散りになって帰ってこないという未来もありうる。


「あの子、SNSで大炎上してたからあんまり深く関わらない方がいいと思う」


 またまた白坂は小声でフォローをしてくれる。

 気を使ってくれるのは素直に嬉しい。


「それもなんとなく知ってる。でも、同じ班になった以上は関わらないのは無理だな」

「私は他人のフリするけど」

「わかった。なるべく白坂と接点増やさないように、やれることはやるから」

「えっ、う、うん」


 またまた俺の返しが意外だったのか、白坂は少し戸惑いながら相槌を打っていた。   

そんな反応されると、ちゃんと会話できているのか不安になってくるな。


「……死にたい」


 えげつない独り言を呟いた赤間。思わず二度見をしてしまった。

 見た目は可愛い女の子で胸も目を引くほど大きく、一見すればモテそうな女子だ。


 だが、この学校では炎上の件を知る生徒ばかりなので、みんな白坂のように関わりたくないと避けている。

 俺は失うものがないので関わっても何もマイナスにはならない。


 次に俺達は一番関わりたくない金髪男の金田の元へ向かった。

 周りを見るとスマホを眺めている生徒が多い。

 修学旅行先である沖縄の情報を調べてもいいと先生が言っていたので、ホームルーム中でもスマホを触って問題はないようだ。


 金田もスマホを眺めているので、もしかしたらウキウキで沖縄について調べているのかもしれない。

 一人くらいは意外と乗り気であってほしい。


「なっ」


 金田の背後に立つと、スマホの画面には爆乳ギャルのあられもない画像が表示されていた。

 沖縄の情報じゃなくて、ただのエロ画像見てんじゃねーかこいつ……


 俺は女子達に見られないように背中で隠そうとするが、背の高い白坂には見えてしまったのか、少し頰を赤くして顔を背けていた。


「一緒の班になったみたいだな」


 これまでと一緒のテンプレ言葉を使って話しかける。

 画像の件には触れないでおこう。


「あ?」


 スマホの画面をしれっと隠してこっちを向いた金田。

 今さら隠してもおせーよ。


「ここら辺が空いてるから、みんなで座ろう」


クラスメイトは金田の周囲を避けたのか、不自然にスペースが空いていた。


「おいおいゴミみてーな集まりだな」


 金田はみんなを一人一人見てから容赦ない一言を呟いた。


「あなたが一番のゴミだから安心しなさい」


 金田の言葉にムッとした黒沢が冷たい言葉で言い返す。

 早速、会話が荒れているな。


「は? 少なくとも一番じゃねーだろ」


 怒った表情を見せる金田だが、意外にもゴミである自覚はあるみたいだな。


「争うのはやめようよ。周りから見たらみんな等しくゴミだと思うからさ」


 白坂が言い争いを収めようとフォローしてくれるが、一番酷いことを言った気がする。

 というか地味に俺もゴミ言われたな。留年しただけなのに。


「……私は違うけどね」


 小さい声でそう呟いた白坂。

 人気モデルなので他とは種類の異なる問題児ではあるが。


「はぁ……」


 白坂の一言で沈黙が生まれ、その空間に赤間の小さなため息が響いた。

 そして、みんなは下を向いてしまう。


 こんな地獄の中では笑顔で楽しくなんて無理な話のようだ。

 ただ、このままでは何も解決しない。


 ここは最年長の俺がどうにか話を進めさせないといけない。

 慣れないことだが、誰かが犠牲になるくらいなら俺がやるべきだな――

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