ep03.エッチしたい


「班長だけでも決めておかないとな」


 俺の言葉にみんなは目を背ける。

 それすなわち、誰もやりたくないということだ。


「誰かやりたい人はいるか?」


 一応聞いてはみるが、誰も挙手する者はいない。

 知ってたけど。


「生徒会長経験者がいるんだから、そいつが相応しいだろ」


 金田は遠回しに黒沢がやれという姿勢を見せる。


「勝手に決めないで」


 少しおびえた様子で黒沢は拒否する。

 生徒会長をクビになっただけあって、リーダー的なポジションにトラウマでも抱えてしまったのだろうか……


「わざわざ生徒会長になったってことは、そういうリーダー役が好きなんだろ? むしろやらせてやるって言ってんだ、感謝しろよ」

「私のこと何も知らないくせに知ったようなこと言わないでよ」


 声を荒らげ始めた黒沢。

 このままでは摑み合いでも始まりそうな空気だ。


「……誰もやらないなら俺がやる。一応、みんなよりも一つ年上だしな」


 言ってしまった。いや、言うしかなかった。

 今まで班長どころか何かの代表やリーダーなんかやったことないし、そういうのは向いてないと避けていた。

 だが、この状況はやむを得ない。


「一つ年上なだけで大人ぶらないでもらえる?」


 こ、こいつ……

 せっかく助け舟出したってのに黒沢は嫌味を言ってきやがった。


「ありがと。名乗り出てくれて助かるよ」


 お礼を言ってくる白坂。

 もし白坂がいなかったら俺のメンタルは崩壊してたかもな。


「パイセンサンキュー」


 金田も親指を立てて適当な感謝を述べてくる。

 こいつなんなんだよ。


 赤間は無関心で黙ったままだ。

 利でも害でもないので今は放置でいいだろう。


「多少はみんなのこと把握してたいから、軽く自己紹介でもしよう」


 他の班ではそれぞれある程度の交流があるだろうから、絶対に設けられない時間だ。

 だが、俺達には必要な時間。

 お互い接点もなく、孤独を貫く者達の集まりだからな。

 特に反対意見も出てこなかったので、俺は自己紹介を始める。


「俺は茂中碧もなかあお。留年していて本来なら三年生だ。年上だけど変に気を使わず、同い年みたいに接してくれていい」


 趣味でも話すべきかもしれないが、みんな変に馴れ合いたくないと考えているかもしれないので、必要最低限のことだけ言うに留めた。


 全員帰宅部だと思うので部活を聞く必要もない。

 この五人は放課後になると真っ先に教室を出て下駄箱へ向かうからな。

 レースでもしてんのかってぐらい、真っ先に下駄箱へ。


「美味しそうな名前だね」


 良い意味なのか悪い意味なのか分からないが、白坂だけは俺の自己紹介に反応してくれた。

 確かにモナカという苗字は美味しそうなイメージがあるけど。


「じゃあ次は白坂の番だ」

白坂しらさかキラ。去年までモデルやってたけど今は休業してる。茂中さんと被るけど、芸能人だからって別に気を使わず接してくれていいから」


 姿勢よく座る白坂は聞こえやすい声で、簡素な自己紹介をした。

 やっぱりモデルなだけあって、自己紹介の練習とか発声練習を積んできたのだろうか。


「じゃあ次は黒沢の番だ」

黒沢未月くろさわみつき……面倒だからあんまり関わらないで」


 あっという間に終わった黒沢の自己紹介。

 馴れ合う気も無ければ協調する気もない態度であり、みんなから不審な目で見られている。


「不純異性交遊で生徒会長をクビになったって噂聞いたけど、あれ本当なのか?」


 凍り付いた空気を壊すかのように、ヘラヘラした声で話しかける金田。


「別に誰とも付き合ったりとかしてなかったわよ。勝手なこと言わないで」

「学校でヤったんじゃねーのか?」

「ヤる? 何を? 賭け事?」


 金田の話が黒沢には通じていない。

 俺は金田が言っていることを理解できるし、黒沢に失礼な問いかけではあったと思うがそんなに難しいことは言っていない気がする。

 黒沢は過度に常識知らずというか、世間知らずな面もあるのだろうか……


「勉強ばかりでなんにも知らねーんだな。そりゃ世間のことも人の気持ちもわからんだろうし、嫌われて生徒会長をクビになるわけだ」

「馬鹿にしないでよっ!」


 前のめりになって金田を睨む黒沢。

 お互い余計なことばかり言うし、敵対的な態度を取るしで二人は特に相性が悪いな。


「ほらほら、馬鹿が馬鹿を馬鹿にしてもしょうがないって。みんな余り者の時点でどこか馬鹿なとこあると思うしさ」


 すっかりフォロー担当になった白坂。

 だが、遠回しというか、もはや馬鹿を四回も言ってて隠す気もなかった。

 それに地味に俺も馬鹿扱いされていたぞ。


「私は違うけどね」


 さっきもだが後から小声で自分だけ外すのズルくないか?

 一見まともに見えて一番捻くれた性格をしているかもしれない。


「じゃあ次は赤間の番だ」

「…………」


 赤間は何も反応しなかったが、みんなが見つめる空気に耐え切れず口を開ける。


赤間鈴あかますず。はい、自己紹介終わり。人生も」


 小さい声で短すぎる自己紹介をした赤間。

 自己紹介と共に人生も終わってしまった。


「あれだけ炎上して学校来れるとかすげぇな。逆に尊敬するっての」


 金田が尊敬すると言いつつも見下すような目で話している。


「厚顔無恥ね」


 容赦ない四字熟語でけなしている黒沢。

 それでも赤間は何も言い返せない。


 赤間はふざけて駅のホームから線路に降りているところを誰かに撮られて炎上した。

 ニュースでも見たし、全校集会でも言及されていたから友達のいない俺でも知っている。


「これ以上、赤間を責めるの禁止な。本人もえげつないほど反省しているだろうし」


 白坂は赤間をフォローする気は無かったので、俺が代わりにフォローをした。


「あなたの指図や勝手に決めたルールに従う気はないから」


 反抗的な黒沢に睨まれる。

 目つきは悪いが可愛い子ではあるため、そこまで怖くはない。


「私は従うけど。班長やってくれてるわけだし」


 俺にはフォローしてくれる白坂。

 ほんとギリギリなところでグループが崩壊せずに済んでいるが、俺が油断すれば一気にバラバラになりそうなほどヒビ割れてしまっている。


「じゃあ最後に金田」

金田綾世かねだあやせ。修学旅行中にエッチしたくなったら俺のとこ来いや」


 ドン引き必至の最低な自己紹介にまた空気が凍り付く。

 おいおい勘弁してくれっての。


「気持ち悪いし反吐へどが出るわね」


 流石にエッチの意味は知っていた黒沢。

 また酷いことを言っているが、こればかりは黒沢が正しい。

 白坂もフォローしないってことは、同じ意見ってことだな。


 俺も気持ち悪いとは思ったのだが、金田はワザと嫌われそうなことを言っているようにも見えた。

 誰だってあんなこと言えばドン引きされると予想できるはずだしな。


「じゃあ改めて、修学旅行を少しでも楽しめるように話し合いをしていくか」


 場を明るくするため笑顔で口にしたかったけど、顔は引きつってしまう。

 笑顔は慣れていないので難しいな。


「こんなメンバーで楽しくできるわけないじゃない」


 黒沢の容赦ない指摘。

 この子はさっきから俺を追い詰めてくるが、ドSか何かなのか?


「……まぁ、黒沢の言う通りだな」

「えっ、認めるんだ」


 俺の反応に戸惑っている白坂。

 実際、黒沢の指摘は間違っていないしな。


「今のままではな。でも楽しめる方法はある」

「期待していないけど、一応聞いておくわ」


 黒沢は俺の顔を見ずに話し、机を見たまま聞く耳を持ってくれる。


「今のままじゃ楽しめないのなら、俺達が変わればいいだけの話だ。楽しめそうにないグループから、楽しめそうなグループになればいい」

「何よそれ、話にならないわ。人はそう簡単には変われないのよ」

「それはつまり簡単じゃないけど変われるってことだな」


 人は変われる。

 今も俺は一人ぼっちから強制的にクラスメイトとの繫がりができて、知り合いができている。

 今まで避けていた代表者のような班長役だって初めて名乗り出た。


「……そうね。今からあなたが十年間海外留学でもしたら変われるんじゃないかしら」

「そこまでしなくても変われる。実際、黒沢は十年海外留学なんてしなくても生徒会長の時と変わったように見えるけどな」

「なっ、そ、その、私は……」


 俺の指摘に言葉を詰まらせる黒沢。

 生徒会長の頃とは異なり、スカートも短くなりピアスも開けて誰でも分かるような変貌を遂げている。

 それは周囲に私は前の私と違うと訴えたいのか、前の自分が嫌いで離れたいと思ったのか、理由ははっきり分からないが変わりたいという気持ちは伝わってくる。


「変わりたいと思ったから変わったんじゃないのか?」


 そう言い切れるのは俺も同じだからだ。

 変わらないと前に進めない。


「わっ、私のこと……」

「さっきみたいに、私のこと何も知らないくせに知ったようなこと言わないでよって言いたいのか? それが嫌なら私はこんな人間ですと伝えて、みんなに知ってもらえばいいだけの話だ。きっとそいつがコミュニケーションってやつだ」


 普段はそういうことを思っていても、口にはしてこなかった。

 だが今は、みんなよりも年上という意識が俺に良い意味で少し無理をさせてくれる。


「だから、まずはみんなでコミュニケーション取っていれば、楽しめるかは分からないけど不快な気持ちは減るはず。それぐらいなら変われそうだろ?」


 俺の言葉を聞いた黒沢は少しうつむき、何も話さなくなった。


「私も変わりたいって思ってる」


 俺の目を見てそう伝えてきた白坂。

 その真っ直ぐな瞳には力強い意志が感じられる。


「赤間はどうだ?」

「死んで生まれ変わりたいとは思うけど」

「……そこまではしないでくれ」


 俺の質問を茶化して返してくる赤間。

 本気で言っていないと信じたい。


「金田は?」

「そんな力まず、ただ問題無く過ごせればいいんじゃねーの?」

「それは難しそうだぞ。問題児の集まりに問題が発生しなかったら、俺達は問題児なんて呼ばれてないはずだからな」

「そりゃそうだな。なら、その問題も楽しむしかねーか」


 悪い問題ではなく良い問題が起きればいいのだが、どうなることやら。

 班での話し合いの時間は終了し、俺達は元の席へと戻る。


 緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せてきたな。

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