これって何かしら?


あお、ちょっといいかしら?」


 放課後になり、俺の元へ来たのはクラスメイトの問題児である黒沢未月くろさわみつき

 どうやら、何か用事があるみたいだ。


「どうしたんだ?」

「サプリメントが欲しいのだけど、どこに売っているかしら?」


 唐突にサプリメントを欲し出した黒沢。

 相変わらず何を考えているのか分からない奴だな。


「何か健康状態に不安でもあるのか?」

「白坂さんがよく使っているじゃない? それに、大人の女性ならみんな使っていると言っていたし」


 子供扱いが嫌で、大人になりたがっている黒沢。

 まずは形からという時点で子供っぽいのだが。


「普段の食事で足りない栄養をサプリメントで補う。こんなの子供じゃできないわ。まさに大人の女ね」

「そ、そうだな」


 常に元気な黒沢にサプリメントは必要なさそうだと思う。

 まぁ、健康意識が高いことは悪くないか……


「それで、どこに売ってるか分かる?」

「普通に考えてドラッグストアにあると思うが」

「そうなの。知らなかったわ」


 黒沢はみんなが知っていることを知らないことが多い。

 出かけたり遊ぶこともなくずっと真面目に生き、孤独だったため周囲から得る知識も欠けている。


「あんまり日用品とか買ってこなかったのか?」

「必要な物があれば、両親に言えば買ってきてもらえてたから」


 過保護に育てられたことも影響し、世間に疎い女子高生になってしまった。

 だが、今は俺達と過ごしているため、様々な知識を得ていっている。

 

「……放課後に一緒に行くか?」

「ええ。助かるわ」


 どこか危なっかしさがあるため、つい一緒に行くことを提案してしまった。

 ドラッグストアなんて一人でも行ける場所なのに……



     ▲



 駅前にあるドラッグストアのマツキヨへ着き、黒沢と商品を眺めていく。

 普段はクラスメイトと来る場所ではないので新鮮な気分だ。


「この辺りがサプリメントコーナーだな」

「意外とたくさんの種類があるのね」


 サプリメントが並んでいる棚の前で、商品を物色し始める黒沢。


「健康的な身体に、活動的な日々を送るために……商品の栄養素によって様々な効能があるのね」


 サプリメント商品のパッケージには分かりやすく効能まで書かれており、目的の商品を買いやすいように工夫されている。


「黒沢がサプリメントに求めるものは何なんだ?」

「そうね……」


 そもそも普段から健康的であり活発な黒沢。

 サプリメントに頼らなくても何も問題は無い。


「魅力的な美ボディーへ、と謳い文句が書いてあるサプリメントにしようかしら」


 スタイルを気にしていたのか、女性用のサプリメントを手に取った黒沢。

 本当にそんな効能があるのかは胡散臭いが、本人が気にしているなら多少の気休めにはなるはずだ。


「これが良いわよね?」

「俺に聞かれてもな……そもそも黒沢は既に魅力的なスタイルだと思うけど」

「そんなことないわよ。赤間さんに比べると胸を小さいし、白坂さんに比べると足も太いし」


 身近にいる巨乳の赤間やモデルの白坂と比べてしまう気持ちも分かるが、その二人が特別なだけだ。


「他に惹かれるのは無かったしこれにするわ。せっかくだし、ちょっと他の商品も見ていこうかしら」

「好きなだけ見ていってくれ」


 ドラッグストアに何が売っているのか黒沢にその目で確かめてもらうのは、きっと将来的に役立つと思うので付き添ってあげよう。


 隣の商品棚に移動すると、あまり興味を持ってほしくない色とりどりの商品が目に入って来た。

 どうにか別の場所へ移動させたいが……


「これって何かしら?」


 時すでに遅し。

 物珍しらげにコンドームの箱を手に取り、俺に見せてくる黒沢。


「そ、それはだな……」


 黒沢のように何も知らないと疑問に思う商品であるのは間違いない。

 知っておいた方が良い知識だとも思うが、俺が教えるのは恥ずかしいので気が引けてしまう。


「それはコンドームだな……知らないのか?」

「コンドーム? 何よそれ」


 もう高校二年生だってのに、性の知識にはめっぽう疎い黒沢。

 何故かいつも俺が説明する羽目になるが、恥ずかしい思いをする俺の身にもなってほしいものだ。


「性行為において、妊娠を防ぐ道具だな」

「なっ!?」


 余計なことは言わずに簡潔に話した。

 俺の説明を聞いて驚きの表情を見せる黒沢。


 しかし、すぐに冷静になり顔をしかめた。


「どうしたの碧? そんな金田君みたいな卑猥な冗談言って」

「別に冗談じゃないが」

「そんなわけないでしょ。ここはドラッグストアよ、そんなエッチな物が売っている訳ないじゃない」


 俺の説明を冗談と受け入れてしまった黒沢。

 これ以上、深掘りされても困るってのに。


「ドラッグストアでも売ってるっての。そこの商品棚をちゃんと見てみろ、ローションとか妊娠検査薬とか置いてあるだろ」


 棚を見て商品を確認している黒沢。

 ようやく俺の言葉を信じたのか、コンドームの箱を慌てて元の場所へ戻した。


 こんな真面目に性行為コーナーを眺めているところを誰かに見られたら恥ずかしいっての。


「どうやら、世間は思っていたよりも性に対してオープンなようね」

「人間の三大欲求の一つだしな。生活の一部とも言える」

「確かにそうね……性はそこまで隠すべきものではないのかもしれないわ」


 開き直った黒沢は再びコンドームの箱を手に取った。 


「これ、中に何が入っているの?」


 おいおい、さらに興味を持たれても困るのだが……

 黒沢は相変わらずクールな表情だが、きっと俺は顔が赤くなってしまっているはずだ。


「風船みたいなゴムだな」

「何よそれ。それで妊娠を防げるの?」

「男がそれを装着すれば防げる仕組みだな」


 コンドームの実物を想像できないのか、首をかしげている黒沢。


「……全身タイツみたいに身体を覆うのかしら?」

「違う。男性器に付けるんだ」

「あ~あそこだけに付けるのね」


 俺を真っ直ぐ見つめたまま考え事を始める黒沢。

 頭の中で何かを想像したのか、クールな表情が崩れて顔が真っ赤になった。


「へ、変態っ!」


 急に罵声を浴びせられる。

 勝手に想像して恥ずかしがって……変態なのは黒沢の方だろ。


「というか、あなたやけに詳しいわね。使ったことでもあるのかしら?」

「そりゃ彼女いるしな」

「……ケダモノね」


 今度はドン引きされて少し距離を置かれる。


 気まずくなった俺達の元へ女性が一人歩いてきて、コンドームの箱を一つ手に持ってそそくさと去っていく。

 実際に買っている人は初めて見たな。


「女性が買っていったわよ。どうして?」

「彼氏に買ってきてって頼まれたんじゃないか?」

「恥ずかしくないのかしら?」

「子供じゃあるまいし」


 俺の言葉を聞いた黒沢が睨んでくる。


「私も買うわ」

「何でそうなる」

「大人だからよ」


 相変わらず子供扱いされるのが嫌な黒沢。

 大人になりたがる気持ちは理解できるが、だからといってコンドームを買う理由にはならない。


「彼氏がいないのに買っても意味ないだろ」

「大人だから常に鞄に入れておくわ」

「それじゃあ大人じゃなくてビッチだ」


 普通の人とはどこかズレた思考の持ち主。

 だから俺達は問題児なんだろうな。


「それに、そういうのは基本的に男が持っておくものだ」

「じゃあ、もし碧が私と恋人になったら、これを常に持ち歩くの?」

「そういうことになるな」

「……なんなのよもうっ!」


 再び顔を真っ赤にさせる黒沢。

 自分で質問しておいて自爆する傾向があるな。


「そんなに恥ずかしいなら、もうこのエリアから離れないか?」

「大人だから別に恥ずかしくないわよ」

「無理すんな」

「別に無理してないわよ」


 明らかに無理をしているが、それは頑なに認めない。


 いつも無意味に強がっている黒沢。

 だからこそ、放っておけない不思議な魅力がある。


「……きっと知識が足りないから恥ずかしいのよ。もっと色んな知識があれば、動じずにいられるのに」

「そうだな。背伸びせずに、ゆっくりと学んでいけばいい」


 俺の言葉を聞いた黒沢は、俺を見つめてくる。


「碧は優しいのね」

「そんなことない」

「恥ずかしいことでも、逃げずに優しく教えてくれる。碧となら安心してそういうのを学んでいけそうだわ」


 その言い方だと、夜の営みを俺に教わる前提に聞こえてしまうのだが……


「どうしたの? 顔が赤いわよ?」

「気のせいだ」

「な~んだ、あなたも恥ずかしかったのね」


 勝ち誇った笑みを見せる黒沢。

 こんなところでも負けず嫌いな性格が出てる。


「碧が無理をしていて可哀想だから、ここから離れましょうか」

「助かるよ」


 反論せずに受け入れ、黒沢に良い気分になってもらう。

 女性の暴論は可愛いものだと思えば、反発せずにスルーできる。


 上機嫌になった黒沢の背中についていく。


 無知故の危なっかしさが、守ってあげたいと思わせる。


 本当に手に負えない女の子で、いつも振り回される。

 でも、一緒に居ると何故か楽しい。

 日常に刺激も加わる。


 それが黒沢未月というクラスメイトの問題児だ――

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