プロローグ(2)
翌日、泉が食堂と宴会場に掃除機をかけて回っていると、裏口の開く音がした。自動ドアの電源を落としてあるので、出入りはすべて裏の勝手口からだ。
「おっす」
食堂の暖簾を揺らし、野太い声が響く。そのまま、縦にも横にも大きな図体を揺らして、山本文太が入って来た。彼はテーブル席につき、にかっと笑う。
食堂は旅館の裏手側に面していて、景色を楽しめるようガラス張りとなっている。遠くまで続く山の峰が一望できることはもちろん、斜面には桜やカエデが群生していて、季節ごとに色合いががらりと変わることで有名だった。その窓に沿うようにして、食堂の奥に座敷席が八つ、手前側に四人掛けのテーブル席が六つ設けられている。メニュー表やグラスはすべて片づけられているが、座布団を使うのは自由だ。所々に掛け軸風のタペストリーがあしらわれ、格調高くも安らげる空間になっている。
「今コーヒーでも淹れるよ」
「すまんな」
泉は調理場へ引っ込む。食堂にもまだ水やガスは通っており、こうやって仲間が集まるには最適だ。たまり場と言い換えてよいかもしれない。
てきぱきと三人分のコーヒーを用意し、お盆にのせて運ぶ。
「何回来てもいいところだな、ここは」
山本は何度目か分からない台詞を口にする。
「掃除が大変。今朝も休みだって言うのに、六時起きで掃除機だ」
「その代わり、ここに住む権利とアルバイト代がもらえるんだろう?」
「確かに、それに関しては文句言えないね。そもそも、ここの管理があるから他のアルバイトができないし」
泉は山本の正面に座る。真っ黒に日焼けしひげが伸び放題の風貌は、大学一年生とは到底思えない。彼は根っからの山男で、キャンプだ登山だと常に活動し続けているのだ。
「金子はまだみたいだな」
「もうすぐだと思うけど」
言うが早いか、再びドアの開閉音が聞こえた。
「どうもーっ」
よく通る声を張り上げて食堂に入ってきたのが金子加奈。ウェーブがかった金髪を、一つに結んで右側から垂らしている。いわゆる「キャピキャピ」な見た目だが、その実は「ハキハキ」とした教育学部の一年生だ。たしかに、子どもには人気を博しそうである。
金子は山本の隣に着席すると、泉の頭を指さして「うそぉ」と声を上げる。泉が思わず手をやると、ほっかむりの端が触れた。
「泉っち、今日も掃除してたの? 毎日毎日、本当に尊敬するわ」
「もうだいぶ慣れたよ」
真正面から褒められ、泉は途端にどこを見ていいか分からなくなる。結局、うつむき加減に頭をぺこりと下げるしかない。
山本が苦笑いしながら助け舟を出した。
「金子は相変わらず元気だな」
「いや、何年寄りみたいなこと言ってるの。あんたら私と同い年でしょ」
「違う、金子の脳内が若すぎるんだ」
「何それ、お花畑ってこと? ウケる」
アハハと豪快に笑う金子を見て、泉は「やっぱり元気だ」とつぶやいた。
日焼け山男の山本、ハキハキ金髪の金子、そして旅館住まいの泉。この三人が「小説キャンパーズ」である。
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