バーベキューと、山本の執筆(2)
山本が野菜や肉の詰まったクーラーボックスを開けると、金子が歓声を上げた。
「あたしエリンギのホイル焼き食べたい!」
「もちろんある! バターを付けて下準備済み! さすが俺」
「きゃー、さすが山本!」
相変わらず金子は声がでかい。その横で、泉が火おこしに苦戦している。
「泉、毎回焚き火台ありがとな」
「全然問題ないよ! いかんせん、なかなか火が付かないけどね」
「クッキングペーパーを使ってみろ。着火剤代わりになる」
その昔、宿泊客に貸し出していたバーベキューセットが倉庫にたくさんある。三人はよくそれを持ち出して、デイキャンプを楽しんでいた。何といったって、広大な駐車場でどれだけ声や煙を発しようが、文句を言う者は誰もいないのだ。
そのうち火が付き、やがて肉の焼ける匂いが周囲に立ち込めた。駐車場のど真ん中に張ったタープ下で涼みながら、三人で食材を頬張る。
「それで、進捗はどう? うちはまだ頭の中でこねくり回してばっかりで、書き始めてもいない、って感じ」
金子の言葉に、泉もうなずく。
「僕もそうだよ。人の目に触れるものを書くなんて初めてだからさ、肩に力が入っちゃって」
「あ、それわかるー」
山本も先日からの悩みを口にした。
「俺もなんとなく書きたいものは見え始めてきたんだが、何をテーマにするかで悩んでいてな」
「ちょっとあんた、突然『テーマ』なんて高尚なこと言い出さないでよ」
「高尚って程でもないだろう?」
「いーや高尚よ。うちらみたいな素人が口にしちゃいけないわ」
山本と金子のやりとりに泉が吹き出す。
「一体何の言い合いをしてるんだよ。とりあえず、山本はどんな話を書こうと思ってるの? 差しさわりなければ聞きたいんだけど」
「四人の大学生がバカ騒ぎする話」
その端的すぎる梗概に、今度は金子が吹き出した。
「それもうテーマは決まりじゃない? ずばり、『青春』!」
「それは自分でも思ったんだ。ただ、もっと具体的にだな……」
泉が何を思ったのか挙手をする。
「それじゃあ、『友情』とか? それとも『自業自得』?」
「いや、何をやらかしたんだよ、そいつらは」
「『友情』なんか、時代も国境も超えたいいテーマだと思うんだけどな」
泉の言葉に、山本は顎に手を当てて思案する。
「『友情』が悪いわけじゃないんだ。ただそれだけじゃなくて、こう、社会的な意味合いをもたせたいというか……」
金子がピンと来たようだ。
「それって風刺ってこと?」
「ああ、それが近いかもしれない」
「なるほどねえ。となると、現代社会で何が問題視されているかが焦点になるわよね」
三人とも、眉間にしわを寄せて考え込んだ。肉を数枚焦がしてしまうほどに。
「……喧嘩?」
金子のつぶやきに、山本も泉もぶっとんだ。
「確かに問題だがな? かといって社会的な問題と言えるかというと、そうではないな」
「そもそも喧嘩は現代だけじゃなくて昔からの問題でしょ?」
二人からツッコミを食らい、金子は「確かに!」と笑う。
「でもね、それだけじゃないのよ。最近、ちゃんと喧嘩ができない子どもが増えていてね。そりゃもちろん喧嘩しないに越したことはないんだけど、周囲の大人が予防線を張りすぎたり、子どもの間に入りすぎたりするの。だから、今の子たちは喧嘩が下手。やり方は陰湿だし、仲直りのやり方を知らないし」
山本が「なるほどな」とうなる横で、泉は「本当にそうかな」と首をかしげる。
「ま、もちろんこれは私個人の勝手な考えだけどね。もっと言えば、手加減できない子も多いよ。ゲームやら動画やらに浸りすぎて、実体験が乏しいの。だから、このくらいの力で人や物を叩いたらヤバイ、っていう感覚が育ってない」
もっともらしく金子は語っているが、きっと受け売りであろうことは想像に難くない。泉は理系心理学を専攻しているので、根拠の明示されていないものは疑ってかかるスタンスだ。だから安易にうなずきはしない。
一方で、山本の脳内では、何かがつながりかけていた。
――ゲームや動画、か。そういったコンテンツの広がりは目覚ましい。今後も市場は拡大し続けるだろうな。
経営学部の学生らしく、ゲームや動画のもつポテンシャルについてしばし思いを馳せる。それらは決して悪いものではなく、時にすばらしい余暇時間をもたらしてくれる。
――実体験の乏しさか。確かに、問題と言えそうだ。
山本は手を打った。
「それだ! ありがとう金子!」
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