バーベキューと、山本の執筆(1)

 ――小説、か。

 プシュッという音と共に電車の扉が開いた。山本は見知らぬ駅へ降り立つ。それほど小さな駅ではない。群衆に紛れて、改札があると思しき方向へ進む。

 幼いころから、山本は一所にじっとしていられないたちだった。究極の飽き性と言ってもいいかもしれない。常に体を動かし、新しい環境に触れていたいのだ。その結果が山登りや海外旅行への傾倒である。アルバイトには新聞配達を選んだ。毎朝同じルートをたどるのには辟易するが、同じ場所にとどまり続けるよりよほどいい。

 講義が終わり、取り立てて課題もなく時間が空くと、車を大学に置いたままこうやって見知らぬ場所へと足を運ぶ。知らない街を当てもなく歩き、束の間、何者でもない気分を味わうのには、なんとも言えない愉悦が伴った。

 ――書きたい場面は決まっている。

 山本はこれまで、どこかへ出かけるたびに紀行文をしたためてきた。自分が見たもの聞いたもの、味わった気分。白いページに鉛筆を走らせ、所々にどこぞの入場券や搭乗券を貼り付ける。そのうち、SF的な架空の紀行文を創作するようにもなった。山本はいつも描きたい情景や場面を映像として思い浮かべ、そこからストーリーを詰めていく。

 ――広大な大地を走るオープンカー、それに乗っている大学生四人組。

 それは山本がいつか足を踏み入れたいと思っているアメリカの景色だった。都会ではない。描きたいのは、桁違いなスケールの田舎道だ。

 ――若者たちははしゃいでいる。彼らのふざけたやりとりにもフォーカスしたい。思いっきり突き抜けたキャラクターがいいな。

 山本の脳裏をよぎるのは、泉と金子の姿だ。折に触れて集まり、意見を交わし、時にふざける。高校時代に思い描いていた理想の大学生活そのものだった。

 しかし、問題もある。

 ――どうせならSF色を込めたいが、架空の都市を旅するだけの話にしてしまうと、相当なアイディアと筆力を要する。正直、俺には書ける気がしない。旅行でないのなら、彼らは何のためにアメリカを突っ走っているのだろう?

 いつの間にか、山本の眼前には石畳の坂道が迫っていた。ここを上り切れば、きっと夕日がきれいに見えるはずだ、と根拠のない確信が生まれる。バックパックを背負いなおし、首にかけたタオルで額を拭いながら、彼は坂を上り始めた。

 ――もう一つ、この物語にテーマ性をもたせたい。社会的なメッセージのような。ただ、男四人のふざけ合いを描いた小説に、どのようなテーマを持たせられるというんだ?

 直感したとおり、夕日は美しかった。山本はそれを見つめるふりをしながら、頭の中の映像について、長い間考え続けていた。

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