肝試しと、金子の執筆(1)
――うちが書くのはホラー小説。これは曲げない。
風呂上がりの金子は、まだしっとりと濡れている毛先をもてあそびながら考える。淡いオレンジ色の円卓にノートが広げられているが、ページはまだ真っ白だ。
――山本の書いた話はピンとこない部分もあったけど、あれだけユニークなキャラクターを創り出してたのはすごいと思う。
金子は昔から、「天真爛漫」で「ハキハキ」と生きてきた。誰とも円滑な関係を築くことができ、知り合いも多い。そんな風だったから、教育学部の関係で子どもたちと触れ合うと、教師は自分の天職だろうとも思えた。一方で、その交友関係は広く浅い。器用だからこそ、衝突を避け、相手の思いを汲む。結果として「誰とでも仲よくなれるが一匹狼」という状況だったわけである。
――あれだけキャラを作り込めたっていうのは、やっぱり泉やうちと一緒にいることも関係してるのかな?
「文学批評演習」で同じグループになったメンバーとすさまじい熱量で言いたいことを言い合ったのは、金子にとって新鮮な経験だった。最低限の礼節は守るにしても、三人それぞれの正しさがぶつかり合い、やがて折衷と妥協が行われ、一つのレポートとして結実する。結局、金子自身も「実体験が乏し」かったのだ。三人で過ごす時間は、彼女にとって何にも代えがたいものになりつつあった。
――ホラーだってキャラクターが命。思い入れのないキャラが怖い目に遭ったって、読者は痛くもかゆくもないはず。
金子は幼いころから、非現実的なものに憧れを抱いていた。それは妖精や魔法といったファンタジー世界への没頭へつながり、やがて学校の怪談や七不思議へと広がることになる。それ以来ホラー小説を読み漁り、「怖い」という感情のとりことなった。それはいつからか麻痺し始め、さらなる「怖い」を求めて自分でも書き始めたのである。
――逆に言えば、人が「やめてくれ」となるのは、好きなキャラに被害が及ぶとき。でも、短編でそんな思い入れを構築できる? 無理ね。
読むことと書くことは当然異質のことだ。自分で書き始めてからというもの、彼女は人を怖がらせることの難しさを痛感していた。おどろおどろしいモノを出したり、スプラッター描写を書いたりするだけでは意味がないのだ。
金子は長考に入り、やがてあきらめたのか腰を上げた。そのとき、彼女の脇を能面のようなものが走り抜けた。
「うひゃああっ」
悲鳴を上げ、その何かを目で追う。壁掛けの鏡。何のことはない、顔パック中であることを忘れていただけだ。
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