山本の小説 講評

「おおおおおおぉぉぉぉーーー」

 金子と泉は同時に声を上げた。その横で山本が顔を覆っている。ここは菖雪館の食堂である。

「ひいー、人に読まれるのって恥ずかしすぎる」

「いや、なかなかの完成度だと思うよ」

「泉は優しいな。抱きしめてやろう」

「それはいい」

 金子が最後のページを指さす。

「この『モニターばっかり見てるより、一緒にバカやれる仲間を見つけた方が一億倍楽しいわっ』のところが、前に言ってた『テーマ』になるわけね」

「そう。もっと自然に入れ込みたかったんだが、俺の技術では無理だった。仕方なく、シモンにそのまましゃべってもらうことにしたわけだ」

 泉は手に持ったコピーをぱらぱらとめくっている。

「当初の狙いはうまくいったんじゃないかな。ほら、大学生のバカ騒ぎって」

「そうね。想像以上のバカ騒ぎっぷりだったわ」

 山本は「だろう?」と親指を立てて見せた。すかさず、金子が「でもね」とダメ出しを始める。

「短編だからってのもあるかもしれないけど、設定を飲み下すのに時間が必要だったわ。要は、この四人組は電荷だか電子だかに分解されて、ネットワークの中を走り回ってるってことでOK?」

「それでOK。引きを作ろうとしてあえて説明を軽めにしたんだが、難しすぎたか」

「うーん、引きの効果はあると思うんだけどね」

 山本が腕組みをして難しい顔になり始めたので、泉がフォローに入る。

「僕、この設定好きだな。バカ騒ぎしている姿との対比が」

「それまでバカ騒ぎばかりだったのに、最後に活躍したところ?」

 金子の疑問に、泉は首を振る。

「そんなに単純ではなくて。彼らはネットワークの世界に放り込まれて、もう二度とモニターのこちら側には戻って来られないわけでしょ? そう考えると、バカ騒ぎしている姿に哀愁を感じてしまうというか」

 山本が黙って泉に右手を差し出す。二人は固い握手を交わした。なんとも言えぬ表情で金子がそれを見ている。

「いや、なにこれ?」

「やっぱり伝わるやつには伝わるってことだ。このかっこよさが」

「かっこよさ……?」

 金子は首を傾げ続けている。

「これは、名も無き四戦士の物語なんだよ。彼らは世界を救った。誰にも知られず……」

「山本は結構、この四人組に愛着を持ってるみたいだね」

 泉の言葉に、山本は黙って右手を差し出し、二人は再び固い握手を交わした。

「自分で言うのもおかしいが、この四人がだいぶ気に入ってしまったみたいでな。ふと気付くと、続編の構想を練っている自分がいる」

 泉と金子はまた「おお」と声を上げた。

「え、それいいじゃん。どんな話書くの?」

「いや、まだ何も決まっていないが」

「いいなあ、そうやって練ってる時間が一番楽しかったりするもんね」

 その後もひとしきり感想戦を続け、やがてお開きとなった。外は薄暗く、空に月が浮かんでいる。

「ああ、くたびれた。でも妙な達成感がある」

 山本が大きく伸びをして、二の腕がぶるりと揺れた。金子と泉が「お疲れ!」とねぎらう。

「そういえば、全然関係ないんだが、あれはどうなった?」

 山本が手をひねるジェスチャーをする。鍵を開けようとする動き。泉が「ああ」と声を上げ、頭を掻いた。

「あれね。最近もちょくちょく探してはいるんだけど、見つからないなあ」

 金子がリュックを背負いながら尋ねる。

「最近はどこ探したの?」

「うーん、管理室を一通りと、客室にある額縁の裏とか」

 管理室はロビーの奥にあり、泉はそこを居室として使っていた。もとは仮眠用と思しき六畳ほどの畳部屋に、ユニットバスと小さなキッチンが付いている。

「額縁の裏は大本命だと思ったんだけどなあ」

 山本がうなる。

 彼らの言う「あれ」とは、ずばり鍵である。泉は旅館の管理に加え、祖父から一つのミッションを仰せつかっていた。

 祖父のなくした鍵を見つけること。この旅館にある、「開かずの間」の鍵を。

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