山本の小説(4)

Side-A

 無事に――とは言えないが、何とか『劇場』内に潜り込むことのできた四人は、階段をのぼりながらバカ騒ぎを続けていた。

「お前本当に給湯パネルと警報器間違えるとかないわ!」

 シモンのきつい当たりに、触角は飄々と返す。

「そうそう。自分でもびっくりだよ。実は警報器を見たことがないからよく分からなかったんだよね。あ、でもうちにはもちろん給湯器があったよ。お風呂に入っているとき、よくふざけて呼び出しボタンを押して怒られたなあ。お母さんが慌てて様子を見に来るのがおかしくて」

 どこへ向かうか分からない二人の競り合いを遮って、IDが口をはさむ。

「シモンこそ素敵なスローイングだったじゃねえか。おかしいな、元野球部」

「いやー! 言わないで! すみません、ちょっと調子に乗ってました!」

「でもまあ、そのおかげで助かったんだけどな」

 IDがぼそりとこぼすと、途端にシモンが胸を張り始める。

「その通り! 警報器を無事止められたのは俺のおかげだ! 結果オーライ!」

 鼻高々に言い放ったところで、ぼうさんがシモンの頭を「喝―――っ」と叩く。

「いってぇ! なぜ? ぼうさんなぜ?」

「おごれるものは久しからず」

 ぼうさんが手を合わせる。

「俺それ知ってるぞ、『偉そうにしてたら失敗する』的なやつだ。竹取物語だろ?」

 シモンが知識をひけらかしたところで、ぼうさんが再び「喝―――っ」と叩く。

「痛いっ! 今度はなぜ?」

「竹取物語ではなく源氏物語」

 ぼうさんがまた手を合わせる。その横で、IDが「いや、平家物語な」と訂正する。

 そんなやりとりを続けるうち、四人は『劇場』のホールへたどり着いた。

「よーし、ここまで来たな」

 シモンが両腕を広げる。

「ここからが正念場だぞ」

 IDが首をぽきぽきと鳴らす。

「えーと、僕はまず緞帳を探せばいいんだっけ?」

 そう尋ねる触角に、シモンはうなずいてみせた。

「そう、役割分担は全員ちゃんと頭に入ってるか?」

「当然。我は照明担当なり」

 ぼうさんが一段と低い声で言う。

「じゃあ、俺は映写室を探すな」

 IDがどこかへ歩いていく。

 それを合図に、全員がホール内へ散らばった。IDはホール後方の階段を見つけ、そこを上っていく。シモン、触角、ぼうさんは、客席の通路を通り、巨大な舞台へと向かう。

 そこからは、先ほどまでと打って変わり、全員がてきぱきと行動し始めた。

 シモンがスマートフォンを起動し、全員と通話をつなぐ。

「こちらシモン、舞台上に到着。特に異常なしだ」

 舞台は、緞帳が降りていることもあってほぼ暗闇だ。舞台奥へ歩いてみると、巨大な布のようなものにぶつかる。スクリーンが吊り下げられているのだ。

「こちらID。無事映写室に到着。プロジェクターの準備に入る」

「ラジャー」

「こちらぼうさん。舞台上手に照明のスイッチを発見した。だがどれがどのスイッチか分からん」

「オーケー、見に行く」

 シモンがぼうさんのもとへ向かう。確かにスイッチには数字しか書かれていない。

「どこかに、照明の番号が書いてあるはずなんだがな」

 二人で周辺を探ると、奥の棚から照明の番号表が出てきた。

 発掘した表とスイッチの番号を照らし合わせながらすったもんだした挙句、やっと舞台に明かりをつけることができた。

「こちらぼうさん、舞台に明かりを点けられた」

「こちらシモン。照明については俺の努力が七割だ」

「こちらぼうさん。七割は言いすぎた。五分五分なり」

 しばし、シモンとぼうさんで減らず口を叩き合う。

「ID、プロジェクターは動かせそうか?」

「大丈夫だ。線をつなぎ終えるまで、あと五分くれ」

「ラジャー」

 シモンを司令塔として、準備は着実に進んでいる。

「触角、緞帳は上げられるか?」

「ハンドルを見つけたよ。今上げる」

 舞台袖から重い金属音が聞こえ、緞帳がゆっくりと上がり始めた。

「オーケー、ナイスだ触角」

 緞帳の上がり切った舞台に、シモンは立つ。舞台下手には、ハンドルを回し終えてくたびれた様子の触角が立っている。舞台正面には客席がずらりと並び、その上方に映写室と思しき窓ガラスが見える。そこではIDがプロジェクターの用意をしているはずだ。

 舞台上手には、照明スイッチに手をかけた状態でぼうさんが待機している。

「ぼうさん、ここぞというときに、照明の操作を頼むぜ」

「承知」

 ぼうさんが手を合わせて礼をする。

「触角、緞帳のハンドルありがとう。下手には、他にレバーやスイッチなんかはあるか?」

触角がハンドルの周辺をきょろきょろと見回す。

「うん、なんだかたくさんあるよ。全部で五つ? 六つ?」

「それはたぶん、舞台装置とか仕掛けとか動かすやつだ。危ねえかもしれないから、安易に動かすなよ」

「分かった」

 言うが早いか、触角はレバーを一つ引いた。

 何かがシモンの頭上を直撃し、彼は「あべぇ」とかなんとか情けない声を出して倒れ込んだ。

「うわあ、金だらいが降って来たよ。こういうの、今でもあるんだね」

「こちらID、映写室から、シモンが金だらいに襲撃されてぶっ倒れるのが見えたぞ。触角、今はサイコなところを封印してやってくれ」

「大丈夫、もうしない」

 シモンが頭を押さえて立ち上がった。キャップが落ちる。

「おい触角、何が大丈夫だよ。こっちは全然大丈夫じゃねえんだよ」

 文句を垂れるシモンのもとに、IDから「準備完了」という通信が入った。

「よーし、じゃあやりますかぁ」

 ころりと能天気な様子に戻ったシモンのもとへ、さらなる通信が入る。

「こちらID、その…シモン、お前まただいぶ、後退したな」

「へ?」

 シモンは自分の頭に手をやる。

「おい! ちょっと見るんじゃねえよ」

 慌ててキャップを拾い上げ、かぶりなおす。

「こちらぼうさん。丸刈りはいいぞ、丸刈りは」

「うるせえ! 小顔だから坊主頭が似合わねえんだよ!」

 そうこうしているうちに、映写室から強い光が放たれた。

 プロジェクターが無事に稼働したらしい。

 シモンが照らされ、その背後のスクリーンにぼんやりと映像が浮かび始める。

「よーし、全員準備完了だな。じゃあこの通話も切るぞ。ここからは阿吽の呼吸で頼む。それと、『配信』の準備もよろしく」

「アイアイサー」

 通話が切れる。そのまま四人は各々のスマートフォンで、内カメラを起動させ、自分を映す。

「さあ、いよいよ始まりまっせ」

 シモンが画面中の自分を眺めながらつぶやく。

 背後のスクリーンには、研究室のような場所に立つ二人の男と、三人の若者――平山ハナたちが映し出されていた。


Side-B

「君たちが何か探っているのには気づいていたよ。新規採用のくせに、かわいげがないね」

 桐谷があきれたように言う。

「大方、削除データのログでも見たのだろう。それに関しては、篠原の詰めも甘すぎた」

「は、すみません」

 篠原が頭を下げる。

「そうです、過去のログを見ました。飛行場建設に関する情報です。どういうことですか?」

 開き直ったのか、明智が単刀直入に言う。

「君にすべてを話すとでも思うのかい? 映画の見過ぎだね」

 桐谷は言い捨てる。

「選択肢をあげるよ。このまま口を閉ざして何も聞かないのならば、帰してあげよう――もちろん、然るべき対価はもらうがね。しかし、もしまだ探るつもりなら、最悪の形で職を辞してもらう」

 脅しともとれる文言だ。ハナは今すぐ首を縦に振って、逃げかえりたい衝動に駆られる。冷静に考えれば、何事もなく帰してもらえるとは思えないのだが。

 明智は平然としていた。そして、あろうことか笑った。

「いえ、これ以上探るつもりはありません。すでに、大方の予想はついています」

 明智の言葉に、桐谷は眉を上げた。ハナには明智の言葉がはったりなのか本当なのか判別がつかなかったが、夢野は真剣な顔でうなずいている。彼女も、何か思うところがあるらしい。

「どういうことかね?」

「僕があなたにすべてを話すとでも思いましたか? 映画の見過ぎですよ」

明智に鼻で笑われ、桐谷はぞっとするような笑みを浮かべた。

「篠原、彼らは帰るつもりがないようだ」

「では――」

「うむ。消えてもらうしかあるまい」

 篠原が明智の襟首をつかみ、部屋の奥へ引きずっていく。そのまま、ガラス張りのスペースに放り込んだ。明智は頭を打ったのか、動くことができない。

 篠原は同様に、夢野とハナもそこへ放り込んだ。桐谷が手に持ったタブレットに触れ、頑強そうなシャッターが閉まる。三人はガラス張りの密室に閉じ込められたのだ。

「強化ガラスだ。体当たりしても無駄だね」

 篠原が笑う。

「ここは本来、電磁波研究の実験室なんだよ。ここで私の指一本で、君たちを電子レベルに分解することができる。目に見えないレベルまで分解された君たちを、電荷としてその辺のPCにでも取り込むとしよう。死体すら残さない完璧な処刑装置だ」

 桐谷はタブレットを掲げてみせた。

「さて、最後のチャンスだ。明智君、いや、夢野君でもいい。君たちが何に気付いたのか、教えてもらえないかな?」

 明智は唇を固く結んでガラスの外をにらみつけていたが、やがて観念したのか口を開いた。

「飛行場の情報を発見したとき思ったんだ。世界は滅んでいないんじゃないか、もしくは、他のエリアと行き来するのに何か不都合があるんじゃないかと」

「ほう?」

 桐谷が続きを促す。

「しかし、世界は崩壊していた。とすると、こちらのエリアに飛行場を建設できない理由があるはずだ」

 黙って聞いていた夢野が、「モアレ、ね」とつぶやいた。

「そう。カメラの周辺をジャミングしたときに、モアレが発生した。肉眼でも観察できるほど」

 明智は鋭い目で、目の前の二人を射抜いた。

「このエリアは、電磁波のドームで覆われているんだ」

 そこでハナにも合点がいった。電磁波で覆われていれば、確かに飛行機は出ることも入ることもできない。

「そこまで気づいていたとはね。惜しい人材だ」

 桐谷が深くうなずく。

「私も白状しよう。二年前のプロジェクションマッピング、あれがそもそもの原因だった」

 ハナの目に、華々しく照らされた塔とその天辺に立つ桐谷の姿がよぎる。

「あれを実現するのに、ちょっとばかり基準値を超えた電磁波を用いたんだがね。その処理に失敗し、一部が定着してしまった。それは四つの塔を起点としてまたたく間に増殖し、やがてエリア全体を覆ってしまった」

「ちょっと桐谷さん、しゃべりすぎでは?」

 篠原が制止しようとするが、桐谷は「いいじゃないか」と笑う。

「要は、巨大な野外スクリーンだと思えばいい。これにより、我がエリアでは飛行場建設が不可能となった。そして我々は、飛行場建設の情報そのものを隠蔽した」

 桐谷が歩み寄り、ガラス越しにこちらを覗き込む。

「苦労したよ。毎日、天気や時刻に合わせて、空の映像を投影する。電磁波だから雨や空気は通すが、光の屈折ですぐにばれてしまうからね。そして、君たちのためにこれまでの苦労を水の泡にするつもりはないんだ」

 桐谷はタブレットに手をかけた。

「実は一年前にも、同じようにして嗅ぎまわっていた大学生を四人ほど、ここで分解してやったんだよ。まったく、バカ者は後を絶たない」

 ハナと夢野は身を寄せ合った。

「知りたいことを知れて満足だろう? では、さよなら」

 明智が「やめろっ」と叫んだ。

 桐谷の指がタブレットの上で踊る。ハナたちの周囲で、バチバチと電流の弾ける音が響き始めた。

 ――突然、電気が消えた。ブレーカーが落ちたのかもしれない。

「なんだ、何があった」

 桐谷と篠原も顔を見合わせている。

『はいはーい、こんちわー』

 間の抜けた声が聞こえる。

『ぼうさん、照明切ってくれてありがとね。こほん、聞こえる? ここだよー』

 声はどうやら桐谷の持っているタブレットから聞こえているようだ。

 桐谷が覗き込む。その顔が驚愕と怒りで歪んだ。そのまま、タブレットを床にたたきつける。

『そんなことしても無駄無駄! よーし、全員、『配信』開始して!』

 研究室内のモニターが次々と点灯する。

 正面にある巨大な液晶モニターに、キャップを被ったドレッドヘアの男が映し出された。どうやら、先ほどから聞こえる声は、この男のものらしい。

『お、桐谷ちゃんに篠原ちゃん、久しぶりだねー。相変わらずゲスいことやってんなぁ』

 篠原が青ざめて、「な、なんで…」とこぼす。

 ガラスの内側では、明智が「先輩…」とつぶやいた。

『あんたらに粉々にされてから大変だったんだよ。電荷になって、回線という回線を旅する俺たちの苦労は、涙なしには語れない』

 ドレッドヘアの男は、涙を拭うふりをしている。

 壁際にあるPCモニターも起動音を立てる。そこには、眼鏡を掛けた熊のような男が映し出された。

『ちなみに、さっきまでのやりとりはすべて、生配信させてもらったぜ。あんたらの作った、お空の巨大なスクリーンを使ってね』

 桐谷の顔が真っ赤に染まる。研究室は密閉されていて窓がない。気付くわけがなかった。

 熊のような男の横で、さらにもう一台、モニターが起動する。そこには、ホストのような超絶美形の男が現れた。

『よし、お仕置きタイムだよ』

 美形の男がレバーを引くと、先ほど桐谷が破壊したタブレットから激しい電流が放たれた。ハナたちは思わず顔をそむける。

 桐谷と篠原は、電流の直撃を受け、声も出さずに倒れ伏した。

『おい触角、殺してないよな』

『多分大丈夫じゃないかなぁ。口からすごい煙出てるけど』

 ホストのような男が何でもないことのように言う。

『こう見ると、すごくあっけないよな』

 熊のような男が納得したように首を振る。

 最後に、ガラスの内側にある小さなモニターが点いた。袈裟を着たお坊さんが手を合わせている。

『お嬢さん方、悪は裁かれた。安心されるとよい』

『おいぼうさん、いいところ持ってくなよ! 煩悩剥き出しか!』

 ドレッドヘアの男が文句を言っている。

『今、そのシャッター開けるね』

 ホストのような男が画面の中でハンドルを回す。鈍い音を立てて、シャッターが開き始めた。

『明智もよく頑張ったな!』

 ドレッドヘアの男が親指を立てた。

「先輩! 俺……」

 明智がシャッターをくぐり、四人に何かを伝えようとしているが、言葉にならない。

『そろそろハッキングも限界だ! じゃあな、気をつけて帰れよ!』

 別れの言葉にしては雑な文句を吐いて、四人が手を振った。そのままプツンという音を立て、すべてのモニターがあっけなく切れる。

 明智はモニターの前で立ち尽くし、ハナと夢野はガラス張りの部屋を抜け出した。

 桐谷と篠原は、まだ煙を吐き続けていた。


Side-A

「いやー終わった終わった」

 肩をぐりぐりと回しながら、シモンが言う。

「本当、みんなお疲れ!」

 触角も上機嫌である。

「あ~、こんなとき酒が飲めたらなあ」

 IDの思わず漏れた本音に、シモンが「うあ~、言わないでくれえ」と頭を抱える。

「酒も断ち、煩悩も断ち、悟りを開くのだ」

 ぼうさんのありがたい言葉に、「うるせえ! さっきまで女の子たちにハナの下伸ばしてたくせに!」とシモンが返す。

「けっこうかわいかったよなあ、二人とも」

 IDもどこか遠くを見ている。

「お~い、ID、帰ってこい。ともかく、俺たちはまたイベントのないオープンワールドのゲームに戻るってことだな」

 『劇場』を出て、四人は傷だらけのオープンカーに乗り込む。

「この後、どうする?」

 IDの問いかけに、触角が笑う。

「いっそのこと、世界中のネットワークを回って、今日みたいにヒーローごっこする? 僕、意外と楽しかったよ。あこがれるよね、ヒーローって。昔見てたテレビでさあ…」

「それもありだなぁ」

 シモンが笑い、深い息をつく。

「なあ、あのエリアも、今後変わるかなぁ」

「うむ。真実は知らされた。後はおのずと修復されん」

 ぼうさんが強い語調で言う。

「そうだなあ、ずっと偽物の空見ながら暮らすのもむなしいもんな。早くあれが取っ払われて、飛行機が行き来できるようになるといいよなぁ」

 IDが腕組みをして頷く。

 触角がエンジンをかける。振動が四人の身体を震わせた。

 シモンがエンジン音に負けじと大声で言う。

「IDの言う通りだよな! モニターばっかり見てるより、一緒にバカやれる仲間を見つけた方が一億倍楽しいわっ」

 オープンカーがタイヤの音を響かせて発進する。

 シモンが大きく伸びをすた。

「おっしゃぁー! まだまだ行くぜーーーっ」

 四人を乗せた車は、果てしなく続く道を再び走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る