エピローグ
すっかり秋めいた空の下で、山の緩やかな坂を三人は下っている。
「いよいよ応募。もうドキドキしてきちゃった」
金子が言う。この日はコンテストの受付開始日であり、ここ数日、三人は菖雪館に泊まり込みで推敲を重ねていたというわけだ。
「木津井先生にもアポがやっと取れたから、少し話もできるね」
泉がどことなく嬉しそうにする。後期は、三人とも木津井先生の講義を受講していない。加えて木津井先生は学会だ論文だと忙しそうだったから、しばらく顔を合わせていなかった。
「これを見せたらどんな顔をするだろうな?」
山本がナップサックを軽く叩いた。その中には「開かずの間」で発見した木津井先生の作品が収められている。
三人は山のふもとにたどり着き、「まくらトンネル」へ差し掛かった。
「いやぁ、小説書くのって本当に楽しいよね」
唐突に、泉が言った。トンネルの中で、その言葉は幾重にも反響した。
「分かる! 実はね、もう次の構想を練り始めてるの」
「え、早いね」
「『いざ』って感じで始めるんじゃなくて、もう何か、ぼんやりしてるといつの間にか考えてるのよね」
金子が楽し気に語る横で、山本が「俺も次を書きたくなってきた」とつぶやく。
「次回作も三人で読み合いながら進めたいんだが、どうだ?」
泉も金子も、一も二もなく賛同した。
「どうせなら、テーマやジャンルをそろえて書いても面白そうね。たとえば台風の日、菖雪館に泊まらせてもらって、みんなでクローズドサークルものの短編を仕上げるとか」
「クローズドな状況でクローズドサークル書くのは怖いなあ。でも、テーマをそろえると面白そうだっていうのは僕も思ってた。他にも、みんなで連作してみるとか」
「連作もいいわね。伏線らしきものを勝手に張り合ったり、流れをぶった切るようなちゃぶ台返しをしたり」
金子がはしゃぎ、山本も「それはいいな」と同意する。
「今度三人で旅行にでも行かないか? それで、各々が紀行文をしたためる。旅雑誌なんかだとたまに紀行文の募集もしているから、三人分まとめて送るのもいいかもしれん」
彼の提案に泉もうなずく。
「それも楽しそうだね。一人だとそもそも旅行に行こうって発想にならないから……」
三人のとりとめのない会話はまだまだ続いていく。
道路には人っ子一人いない。強い日差しがアスファルトで跳ね返っている。木々の濃い影が時折三人に日陰を作った。
蝉の声はとうに止み、風は日々涼しさを増す。金木犀の香りもここ数日で一気に強まった。夏が終わろうとしている。
菖雪館と「まくらトンネル」、その二つに見守られるように三人の背中が大学の門をくぐった。
小説キャンパーズ 葉島航 @hajima
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