泉の小説 講評
やはり金子と山本は「おおおおおおぉぉぉぉ」と声を上げた。そしてやはり、泉は顔を覆って「恥ずかしい……」とぼやいている。毎度のごとく、場所は菖雪館の食堂だ。
「悩んでたのはどこ誰よ? がっつり作り込んできてるじゃない」
ミサが褒めるので、泉の口元がほころぶ。
「二人がアドバイスをくれたおかげだよ」
「え、うち何か言ったっけ?」
「ほら、屋敷もののホラーを書いたらどうかって」
ミサは首をひねる。
「言ったような、言ってないような」
「ともかく、それを聞いてアパートを舞台にすることが決まったわけ」
「えー、なんか嬉しいかも。自分が役立ったみたい」
ミサが両頬に手を当ててくねくねし始めた横で、山本が自分の顔を指さす。
「俺は? 俺は?」
「オマージュをとっかかりにしたらどうかって」
「おっ、それは覚えてるぞ。それで、結局泉は何をとっかかりにしたんだ?」
泉は答えにくそうに後頭部を掻きながら、「カラーリングだよ」と言った。
「ヒーローでもアイドルでも、色分けで特色を出したりするでしょ? あれを基に、五人の主要キャラっていう発想が出てきたんだ」
「なるほどな。赤坂、青山、グリーン、黄金、桃田、っていう五色のキャラ分けにはさすがに気付いたが、根本がそれだとは分からなかった」
山本がもっともらしくうなずく。金子が「ねえねえ」と声を掛けた。
「それで、こだわってたキャラ造形はどうやって決めたの?」
「うーん。人数が決まってから、五人のキャラを立ててみたんだ。そこから、この五人組が活躍するとしたら……ってプロットを考えてみた。でも、主人公の白壁は、逆にプロットがある程度固まってから逆算して作ったよ」
「ある意味では、プロットからキャラを見出す山本と、キャラからプロットを作るうちのサラブレットって感じね」
「そう言われると、なんだかすごいことをやった気になるね。実際は『あーでもないこーでもない』って地味な葛藤を繰り広げてただけなんだけど。白壁には、五人の特徴を効果的に紹介するために動いてもらった感じ。後は、五人の見せ場を作るための仕掛人としても」
「そう言われると、確かに納得かも」
山本と金子はそのまま「五人の中で誰が好きか」だの「続編を作るならどんな展開がいいか」だの、好き勝手に感想戦を繰り広げ始めた。泉はその様子を見て深く息をつく。
――書き終えた達成感と、あとこれは何だろう? 何はともあれ、こうやって自分の書いたものに感想をもらえるって、相当いいものかもしれない。
「そういえばさ」
気付けば、金子の視線は泉の方へ向けられていた。
「何?」
「前に言ってた碁笥の中はどうだったの?」
いつの間にか、話題は「開かずの間」へとシフトしていたらしい。
「ああ、あれね」
泉は「降参」とでも言うように両手を掲げた。
「残念ながら、なかったよ」
二人が落胆の声を上げる。しかし、山本はすぐに切り替えを見せた。
「三人ともコンテストに応募する小説を書き上げたことだし、いっちょ本腰を入れて探してみるか? もちろん、泉がよければだが」
「僕は異議なし。いいかげん見つけないと、もう何か月も『開かずの間』を掃除できてない」
「よーし、ならば思い立ったが吉日」
そのまま三人は管理室へ向かう。
ドアを開けると、まず右手に流し台とガスコンロが見える。左手にあるのは、ユニットバスに通じる扉だ。そして正面が、一段高くなる形で六畳の畳部屋となっている。
小ぎれいに片付いた部屋を眺め、山本が「うむ」と声を上げた。
「想像以上に物が少ないな」
「じいちゃんも、ここに住んでたわけではないからね。管理室にある物なんて知れてるよ。囲碁の道具、演歌のCD、ラジカセ……」
金子が顎に手を当てて部屋を見渡している。探偵の現場調査さながらだ。
「よく考えれば、碁笥の中にある確率は低かったわね」
「どうして?」
疑問の声を上げた泉に、金子は「だってさ」と口をとがらせる。
「ここに集まったのは三人でしょ。それなのに囲碁をしようとするかしら? もちろん一人が寝てしまった状況下では別だけれど、女性二人はうわばみだったんでしょ? だとしたら、おじいさんたちが囲碁に興じたとは考えづらいわね」
山本も「ふむ」とうなる。
「とすると、やはり客室か? それとも倉庫か? 後者なら、もうお手上げだな」
「ねえ泉、本当におじいさんは他に何も言ってなかったの?」
金子に言われ、泉は記憶を探る。
「でもやっぱり、飲みすぎて記憶をなくしている間に鍵もなくしたってことだけだな。あとは、一人で探すのは大変だから仲間に協力してもらえ、みたいな」
「これがミステリーなら、『一人では届かない場所』に鍵があったりするんだけどね」
――『一人では届かない場所』か。
泉は金子の言葉を反芻する。この旅館にそんな場所があっただろうかと思いを巡らせるが、即座には浮かんでこない。
「まずはおじいさんたちの行動をトレースしてみよう」
言うが早いか、山本はキッチンの脇を通り抜け、靴を脱いで畳部屋へと入った。布団は押し入れにしまわれ、代わりに円卓が出ている。円卓の奥には小型テレビが備え付けられ、その横にあるのは小型の冷蔵庫だ。山本は円卓のそばにどっかりと腰を下ろす。金子と泉もそれに倣い、三人で円卓を囲むかたちとなる。
「ここで三人は酒を飲んでいた。べろんべろんに酔っぱらい……そしてどうしただろう」
山本はイメージを膨らませているようだ。
「この円卓にはきっとお酒の瓶とおつまみがたくさん並べてあったんでしょうね。お酒が足りなくなったら、冷蔵庫から取り出す……。思い出話に花が咲く……」
金子もつぶやいているが、泉は一つの問題点に行き当たった。
――僕らは飲酒の経験がない。
ストレートで大学に進学した彼らは未成年である。だから、酔っぱらった先輩の姿を見たことはあれ、酔っぱらうことへの実感が乏しいのだ。
「だめだ。酔っぱらった経験のないやつが三人集まっても、酔っぱらいがどんなバカ騒ぎをするものなのか分からん」
山本が頭を抱える。
『モニターばっかり見てるより、一緒にバカやれる仲間を見つけた方が一億倍楽しいわっ』
泉の脳内で、小説の一文がフラッシュバックする。
――酔っぱらって何かした。しかもそれは、一人ではできない。あるいは思い付かない。
何かがつながりかけている。それは、小説を練る作業に似ていた。
『思い入れを偽装するの』
今度は金子の声が響く。無論、泉の脳内の話だ。実際の金子は、円卓の前で黙り込んでいる。
――僕らは何を思い込んでいるんだろう?
「泉はどう? 何か思いついた? さっきから考え込んでるけど」
いつの間にか山本と金子は泉の方を向いている。
『確かにここから徒歩で行ける距離だし、それっぽいところだ』
「あ」
泉が声を上げ、山本が「おお!」とうなった。
「何か分かったか?」
「僕たちはずっと思い込んでたんだ。この旅館内に鍵があるって」
「外にあるっていうのか?」
「三人は、酔っぱらってバカやったんだ」
金子が「バカって?」と聞く。
「肝試しだ」
祠は以前来たときと何ら変わっていなかった。夜ではすぐ先も見えない「まくらトンネル」だが、昼だとさすがに怖さの欠片もない。
相変わらず開いたままになっている扉の中を覗き込む。
小鉢、蝋燭立て。中央の木箱。
木箱の中に、丸い何かが入っている。肝試しでは、それを見て賽銭だろうと思ったのだ。
「碁石?」
金子が拾い上げてつぶやく。泉が「やっぱり」とこぼした。
酔っぱらった三人が肝試しを思いつく。幸い、歩いて行ける距離にトンネルがある。ごまかさないように、証拠を残すことが提案される。押し入れには囲碁セットがある。「一人ずつ『まくらトンネル』まで行って、祠へ碁石を置いて来よう」。そして、ここまでやって来た祖父が碁石の入ったポケットをまさぐる。
泉が木箱をずらすと、その向こうに落ち込んでいた鍵が現れた。すっかり錆びついてはいたが、まだ使えるだろう。
「本当にあった!」
三人は顔を見合わせた。
「じゃあ、開けるよ」
鍵はがちゃりと音を立てて回った。もちろん、ここは「開かずの間」である。
「もうここは開錠したままにしておいた方がいいな。開け閉めするうちに、鍵が錆で折れたらかなわない」
「うん、そうする」
泉は山本の助言に従うことにする。「秘密の部屋」だと豪語した祖父には悪いが、ここは風通しも兼ねてしばらく開放しておいた方がよかろう。
「わ、すごい!」
一足早く中を覗き込んだ金子が、いつもより高いトーンで叫ぶ。それにつられて、山本と泉もドアの隙間へ顔を突っ込んだ。ちょうど、三人の顔が縦に並ぶようなかたちだ。
全員が息をのんだ。部屋の中には何列もの書棚が並び、ちょっとした書庫のようなありさまだった。しかもその棚すべてが本で埋め尽くされている。かなり埃っぽいものの、窓もなく日が差さない部屋だから本の状態はよさそうだ。
「ちょっと、名だたる文豪の著作から知る人ぞ知る名作まであるわよ。しかもこれ、初版本ばっかりじゃない?」
金子が興奮している。
「意外だ。じいちゃんは家でほとんど本なんて読まなかったから」
「旅館で働く合間に読んでいたのかもな。お、これは何だ?」
ある書棚の前で山本が立ち止まった。最下段に、明らかに市販のものではないと思われる綴本が並んでいる。
「何だろう。いくつか出してみようか」
埃を巻き上げないように注意深く、泉が本を取り出す。手書きの原稿用紙を綴じたものらしい。表紙には、いかにも純文学といったタイトルと、著者名が書かれている。
「まさか。じいちゃんの名前だ」
泉が目を皿にする。
「おじいさんも小説を書いてたの?」
「いや、文学とは縁遠い人だとばかり……」
山本が「おい、こっちも見てみろ」と声を上げる。彼はさらに2冊の綴本を手にしていた。一方の本には知らない女性の名前が記載されているが、もう一方には「木津井」の文字が見える。
「えっ? これって木津井先生じゃない?」
「おそらく、おじいさんは仲間と、俺たちと同じように小説を書いて読み合っていたようだな。しかもその一人は木津井先生だった」
「だからうちらに、小説を書くようけしかけたのかしら。泉がおじいさんの孫だって知ってて」
「断言はできないが、可能性はあるだろう」
泉が「なーんてこった」と柄にもない台詞を吐き、頭を掻いた。
「情報が多すぎて頭が追い付かない」
――『二人とも麗しき女性さね。一人は至極アクティブで、旅行だ釣りだと動き回っている。もう一人はハキハキして語調は強いが、鋭い観察眼で世の中を見渡している』
「ハキハキして語調が強い人か。確かにそうだ」
苦笑いをする泉に、二人が「どうかした?」と尋ねる。
「いや、別に。それにしたって、まさに『事実は小説よりも奇なり』だね」
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