泊まり込みレポートと、泉の執筆(2)

「キャラを生かすプロットか」

 布団に寝そべった山本、泉の方を見てつぶやく。インド風のサルエルにしわしわのTシャツを組み合わせ、見た目は完全にどこかのバックパッカーだ。

「難しいこと聞くわね」

 眉間にしわを寄せ、金子がペットボトルのお茶を飲み干した。乾かしたばかりの髪がパサパサだ。すっぴんを二人に見られることに何ら頓着していないらしい。

 時刻はすでに午前一時を回っている。三人は先ほどまで、ここ菖雪館の客室で山本の課題レポートと悪戦苦闘していたところだった。泉も金子も経営学のことなど全く知らないが、窮した山本に泣きつかれ、教科書やパソコンとにらめっこしながらできる限りの助言をしたのだ。「マーケティング」「コンサルテーション」「コンセンサス」……カタカナが頭上を飛び交い、定義や解釈をめぐって議論が勃発する。三人の言い合いは健在で、特に山本が納得のいくまで意見を闘わせ、つい五分前にそれをまとめ終えたのだった。

「泉はこういう旅館で暮らしてるんだから、屋敷もののホラーとか書けばいいのに」

 金子がからかう。と思うと突然きりっとした顔になり、

「山本は今回、どうやってあの話のプロットをまとめたの?」

「俺か? まず決まってたのは四人組がふざけながらアメリカを旅する話ってだけ。二人に相談してテーマが決まっただろう? それを基に、詳しいプロットが出来上がった。後は、二度と現実に戻れない切なさと対照的な明るいキャラだったら面白いかな、と思ってキャラの具体像を考えた」

 泉がそれを聞いて「なるほど」と声を上げる。

「プロットからキャラを見出したわけだね。じゃあ、ミサは?」

「うちは逆かなあ。最初にキャラ設定をノートに書いたの。その時点での構想は、三部構成にすること、Past、Present、Futureで一つずつ事件が起きること、最後にツトムとミサが幽霊だと判明することの三つだけ。後はキャラを動かしながら考えていった感じだよ」

 泉は腕組みをした。二人の言うことに納得できるが、それでも書き始められそうな気はしない。根本的に、アイディアが全く固まっていないのだ。

「先に作るのがキャラにしてもプロットにしても、要はその両方を行きつ戻りつしながら練り上げていかないといけないんだよね。僕にはそもそも、そのとっかかりがないのかもしれない。今のままじゃ、主要キャラの人数も作品の雰囲気も、何も見えてないから」

「とっかかりか」

 山本が目をこすり、布団の上にどっかりと座り直した。相当に眠そうだが、レポートを手伝ってもらった手前、泉の悩みにも誠心誠意応えねばと思っているのだろう。

「たとえば、オマージュなんかどうだ? 好きな作品を彷彿とさせるような。あるいは、リメイクとか」

「あ、それ面白そうね」

 金子が同意する。泉も、確かにとっかかりになりそうだとうなずく。

「でもコンテストに出すんだから、リメイクは無理じゃないかな? オマージュは程度によるのかもしれないけど」

「言っただろう。あくまでとっかかりだ。アイディアの基礎にはするが、パクるわけじゃない」

 限界が来たのだろう、山本は再びごろりと寝転んだ。

「最近はアメコミなんかも、よりリアルな世界観でリメイクされているだろう? ああいうの、かっこいいよな」

 そう言った五秒後には、いびきをかきはじめている。レポートに悩み、ここ最近睡眠時間を削っていたのだろう。明日の朝は講義もなく、バイトのシフトにも入っていないと言っていたから、久方ぶりの寝坊ができるかもしれない。

 金子もいつの間にか座卓に突っ伏すようにして寝息を立てている。金子のために隣室の客室にも布団を用意していたのだが、それは使われない運命にありそうだ。文学批評演習のレポートを仕上げるために泊まり込んだときも、三人は結局雑魚寝だった。

 泉も座布団を枕にして寝転がる。頭の中で、山本の言葉がぐるぐると回っていた。

 ――オマージュか。僕が自分自身の手で書きたいと思っているものは何なのだろう。

 そこに、金子の台詞が重なる。

 ――「屋敷もののホラーとか書けばいいのに」

 泉は小さく息をもらした。

「……いけるかもしれない」

 そのまま彼は、朝までキャラクターとプロットを練り続けた。

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