金子の小説 講評

「おおおおおぉぉぉ」

 いつぞやと同じような声を泉と山本が上げる。そして金子はと言えば、こちらも既視感たっぷりに顔を覆っている。もちろん、場所は菖雪館の食堂である。

「あー、これは恥ずかしいわ」

「だろう?」

 さも分かったように山本が言う。金子は「せいっ」と、その顔を張るふりをした。

「で、どうだった? 率直な感想をギブミー」

 泉が早速それに食いつく。

「これ、三部構成にしたのが効果的だったよ。小学生時代、高校生時代、そして大人」

「でしょでしょ? それが今回の秘策よん」

「『思い入れを偽装する』ってやつだね。長いシリーズの初回と、真ん中あたりと、最終回を抜き出してるみたい」

 金子が目を輝かせた。どうやら泉の分析は的を射ていたらしい。

「そうなの! 短編だからキャラに深みをうまくもたせられなくて。だからいっそ、要所要所を切り取って見せれば、読者が『思い入れがある』つもりになるんじゃないかと思って」

「僕個人としては、成功なんじゃないかと思うけど」

「きゃー、泉最高! 抱きしめてあげる」

「それはいい」

 一連の流れを終え、今度は山本が「じゃあ俺が感想を言う番かな」と咳払いする。

「いや、もう満足したから山本はいいわ」

「なぜっ? 俺にも聞けよ!」

「冗談だって。で、山本はどうだった?」

 金子に促され、山本はコーヒーカップを置き、話し始めた。

「確かにこの三部構成はよかった。自分でも真似したいくらいだ。ただ、この効果は諸刃の剣だと思うぞ」

「つまり?」

「単刀直入に言う。なぜトミ婆をあんな姿にした? そしてなぜツトムとミサを殺したんだぁぁぁ」

 山本は頭を掻きむしり始める。誰よりも図太そうでいて実は愛情深い彼は、追い続けていたキャラクターの死に強いショックを受けたらしい。

「いや、だってこれホラーだし。そもそもそういう感情にさせるのが狙いだし」

 金子はにべもない。

「というか、この三人明らかに俺たちがモデルだろ? だから余計に思い入れがさぁ……」

 山本に言われて金子が目を丸くする。

「本当だ! や、これは無自覚だった。確かに似てるわね」

「だろう? キヨヒコはそのまま泉だし、ミサは金子だし、ツトムは俺……」

「何言ってんの。キヨヒコとミサは分かるにしても、それは違うでしょ。ツトムはがっしりタイプ、あなたはぷにぷにタイプ」

「おい、教師になるやつが何てこと言いやがる」

 ひとしきり冗談を言い合った後、金子はぽつりとこぼす。

「でも正直、ツトムとミサを幽霊にするって決めたときはしんどかったなあ。前に山本が言ってたこと分かるかも。書いてるうちに愛着が湧いちゃうね」

「お、金子もシリーズ化するか?」

 山本の言葉に泉も同意する。

「いいね、シリーズ版も見てみたい」

 金子は「ええ?」と返すが、口元がにやけている辺りまんざらでもないようだ

 とりとめもない雑談に夜が更けていく。何杯目かのコーヒーを飲み干し、山本がまた「開かずの間」を話題に出した。

「それで、鍵は見つかったのか?」

泉は手で大きくバツを作る。すでに客室の引き出しや管理室の押し入れを総ざらいした後だった。

「何かヒントはないの? そもそも、おじいさんは何をしていてなくしたんだっけ?」

 頬杖をついた金子が尋ねる。

「僕が聞いたのは、『旅館を閉める前に管理室でこっそり仲間と酒盛りをしていて、覚えていない』ってことだけ」

「うーん、情報はそれだけかぁ」

 泉の祖父は酒豪だった。今回の体調不良は腰と足を痛めてリハビリが必要なだけで、内臓系は至って健康だそうだ。

 電話で祖父は言っていた。

『昔からずぅっと付き合いのある仲間が二人いてな。二人とも麗しき女性さね。一人は至極アクティブで、旅行だ釣りだと動き回っている。もう一人はハキハキして語調は強いが、鋭い観察眼で世の中を見渡している。おしゃべりにはもってこいの二人だ。その上うわばみで、どちらもわしより飲む。わしもちょっと若い気分に戻ってつい飲みすぎた。朝起きて頭はガンガン、胸はムカムカ。しかも、ポケットに入れていた鍵が無いときた。あ? どこの鍵かって? 地下に温泉があるだろ? そう、男湯と女湯があって、それを通り過ぎた先にリネン室がある。その隣だ。まだお前は入ったこともないはず。あれは秘密の部屋だ』

 泉の脳裏に、リネン室と並んだ一昔前の金属ドアが浮かぶ。破ろうと思えば破れるが、それは最終手段だ。

『一人で探すのは骨が折れるだろう。仲間でも作って一緒に探してもらえ。三人寄れば文殊の知恵なーんて』

「おじいさんって、何が趣味だった?」

 金子の声で、泉は回想から引き戻される。

「趣味か。ゴルフをたまにやってたみたいだけど、腰を痛めてからはからっきしだったし。あ、囲碁が好きだったかな」

「この旅館に碁盤はあるの?」

「あるよ、管理室の押し入れで見つけた」

 山本が「それだ!」と食いついた。

「泉、碁笥の中は見たか?」

「ゴケって?」

「碁石を入れる器だ」

「ああ、見てない」

 山本と金子が頭を抱えてうめいた。

「ちょっと泉、もっと頭働かせなさいよ。お酒を飲んで酔っ払った、仲間と囲碁に興じた、うっかり鍵を碁石と一緒に片づけてしまった。どう? ありそうな流れじゃない?」

「ああ! なるほど!」

 泉は手を打ちながら、祖父の『仲間でも作って一緒に探してもらえ』は的を射た助言であったのだとぼんやり思った。

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