用済みで殺されかけた魔女が幸せを掴んでのんびり暮らすまで〜全属性魔法を使いこなし、王様の不治の病を治したら重宝されました〜

よどら文鳥

第1話 ソフィアの日常

「このグズ!! おいソフィア、十五歳にもなってまだ食事の用意もできていないのか!?」


 今日は婚約者から足止めされてしまったため、伯爵邸への帰宅が普段より一時間ほど遅くなってしまった。

 急いで家事をこなし、食事の支度も進めていたが普段よりも遅れている。

 それに対して義父様の機嫌が悪いようだ。


「申し訳ありません。まもなくできあがりますので、今しばらくお待ちを――」


 ――パァァァアアアアアン!!


 義父様の右手が私の頬に勢いよくあたった。

 痛みはあるが、日常茶飯事なため慣れてしまったものだ。

 平然としていたら更に暴行が加わるため、私は痛がっているフリをした。


 騒ぎを聞きつけたようで、義母様もリビングへやってきた。

 呆れたような表情を浮かべながら、私をギロリと睨みつけてくるのだ。


「アンタが路頭に迷っていたところを伯爵家当主に拾われ、名門伯爵家で使用人として働けている恩を忘れてしまったのかしら?」

「そんなことはございません。義父様には私の婚約者まで指名してくださり感謝しています」


 私は、どういうわけか十歳ころまでの記憶が残っていない。


 伯爵邸で奴隷のように働かされ、寝れる場所は庭にある物置き小屋。

 そんな毎日をくり返している日々の記憶しかない。


 露頭に迷っていたことは戸籍をこっそりと調べたから本当だと理解した。

 私はいったいどこで生まれて、本当の両親はどうしているのだろう。


「これでも私はソフィアに感謝しているぞ?」

「まぁ! こんなクズのどこに感謝するというのですか!? コイツはもっと使えるだけ使わないと!」


 婚約者を指名してくれたことには感謝している。

 婚約者も私のことを奴隷のように扱ってくるし、今日も彼の部屋を掃除させられた。

 だが、まだマシだと思う。

 奴隷生活から逃げたとしても、きっと捕まるだろう。

 どこへ行っても義父様が管理している領地で、私のことを助けてくれる人など一人もいない。

 仮に領地から一歩外に出たら、どんな危険なモンスターがいるかもわからない。


 私は言いなりに生きることしかできないのだ。


「そろそろ頃合いだから言っても良いだろう。まず、危険な荒野で偶然にもソフィアを拾い連れ帰った。おかげで領民から『優しい領主』だと思われ評判はうなぎ上りだった」


 私は黙って聞く。


「はっきり言えばソフィアの家事や食事のクオリティは高いほうだと思う。その辺の使用人に任せるよりもよっぽど働いていることも認めよう。だが、表向きには全くもって役に立たないカスという設定をあらかじめ広めておいたのだ。領民たちは『我々は優しい領主様の元で暮らせて幸せです』などと言われるようになった」


 食材の買い出しに行ったりすると、村の人たちが私のことを哀れな目で見てくるのはこのせいだったのか。

 だが、今さら私が弁明しても無駄だろう。

 すでに義父様の描いた構図が完成してしまっているからだ。


「そして、ソフィアに魔法の才能があることがわかった。これは我が領地ではあってはならないこと。だが領民たちの怒りの矛先が全てソフィアに向いているおかげで、お前一人に家の管理を堂々と命ずることができていたのだよ」


 義父様は魔法が大嫌いのようで、領地には魔法の適性がない者だけが生活している。

 この領地には魔法が一切使えない結界が貼られているくらいだ。

 これも魔法だと思うがそんなことを義父様に言えるわけがない……。


 そもそも結界が貼られる原因も私だった。

 隣町へ仕入れに行く最中に、私は無意識になんらかの魔法を発動してしまったらしい。

 それを見ていた義父様は、化物を見るかのような表情をしていた。


 そのころから、私への暴行が激しくなった。


「なぜ今、私がソフィアへ感謝するようなことをベラベラ喋ったかわかるかい?」

「……いえ、わかりません。なぜでしょうか?」

「明日、婚約者の元へ行けばわかる。楽しみにしているがいい」


 義父様の楽しみは、大抵私にとって嫌なことだ。

 私の唯一の救いが婚約者だと思っているのに……。


 嫌な予感しかしない。

 せっせと夕食の支度を済ませ、家の仕事を全て終わらせた。


 夜も更けたころ、私は二人がゴミ箱に捨てた残飯を食べてから物置小屋で仮眠をとった。



「ソフィアよ、婚約破棄を宣告する」

「私はドレム様の望みのままに従っていたつもりでしたが……。一体なぜですか?」


 婚約者ドレム様の家まで行ったら、いきなり婚約破棄宣言をされた。

 これが義父様が楽しみにしていろと言っていたことなのだろうか。

 さすがに婚約者を指名しておきながら婚約破棄を楽しみに……なんてことはないと思う。


「俺は命令に従っているまでだ。俺から婚約破棄をすれば多額の金が手に入るのだからな」

「一体誰に命令を……?」

「さぁな。どちらにしろ、お前みたいな人間は俺の好みではないし、そもそも俺には好きな女がいる。このあと入ってくる金でその女を口説くつもりだ」

「今なんと……?」

「気がつかない時点でお前はグズで間抜けなんだよ。そもそも俺が伯爵様からの命令で婚約を受け入れた理由は金だ。そんなこともわからずにお前はせっせと俺の命令に従う操り人形でいたのだよ」


 操り人形とは言うが、伯爵家での仕打ちと比べればマシだった。

 それよりも、誰に命令されたのかが気になってしまう。

 義父様ではないだろうし、一体……。


「俺は女を口説き、領地を出て共に冒険者になりたいという夢がある。おまえなど元々必要ないのだ。わかったらさっさと出ていけ。二度と顔を見せるなよ?」


 半ば強引に追い出されてしまった。

 ドレム様……、いや、ドレムからも毎日のように掃除や身の回りの世話ばかりさせられていて、全くデートというような感じはなかったな。

 それでも、まだドレムと一緒にいたほうがマシだったと思ってしまう自分が情けない。


 いっそのこと、領地から逃げ出してモンスターの餌になったほうがマシかもしれない。

 そんなことすら思考に浮かんでしまうほど追い詰められてしまった。


 だが、私は理不尽な生活の中でもやりたいことがある。

 本当の両親が誰で、どこかで生きているのなら会ってみたい。

 それまでは、私はどんな状況であっても生きていく。


 とはいえ、この状況はかなりまずい気がする。

 私は重い足取りで子爵家へ帰った。


 ♢


「ばかものめが!! せっかくの縁談を台無しにしおって!! しかも婚約破棄だと!?」

「申し訳ありません」


 言い訳はしない。

 話の通用できる相手ではないのだから。

 今回は昨日以上にご立腹のようで、ムチや金属棒で殴ってきた。


 毎度のことで痛みも慣れてしまったが、今回も痛いフリだけはしておく。

 そうしないと、討伐で使用しそうな武器を使って暴行されてしまうかもしれないからだ。

 だが今回はそんな思惑も無駄なようで、次第にエスカレートしていく。

 まるで私を殺そうかとするような勢いだ。


 普段家でダラダラとしている義母様は、どういうわけか今日は家にいないため、容赦がない。


「そ……それはさすがに……」

「問題ないだろう? お前はどういうわけか怪我をしても翌朝には回復しているではないか。いや、むしろ今回は二度と回復できなくとも良いのだよ!」


 回復もなにも……。

 そんな武器で攻撃されたら死んじゃうと思うのですが……。

 義父様は両手で剣を持ち、私を睨みつけてくる。

 明らかに今から殺しますというような目をしていた。


 さすがにやばいと思った。

 逃げ出そうとしたが、普段まともに食事が摂れない上に日頃の過労で体力が衰弱しきっていた。

 そのため、あっというまに捕まってしまった。

 振り解くことすらできない。


「昨日、あすを楽しみにしていろと言ったことを覚えているか?」

「は……、は……い……」


 私は恐怖でまともに声が出ない。

 その間にもなんとか脱出しようと試みたがどうすることもできなかった。


「死に土産に教えてやろう。この縁談は、婚約破棄してもらうところまでが私の仕組んだものだったのだよ」

「え!?」

「先ほどの叱責はお前に向けたただの演技だ。申し訳そうな顔をしている哀れな表情は、私にとって最高の報酬だったよ」

「ひどすぎませんか……?」

「だから楽しみにしていろと言ったであろう。お前は十分に伯爵家の評判を上げるために活躍してくれた。用済みになったお前はもういらぬ」

「きゃーーーーーーーーーー!!」


 剣が私の身体を切り刻んだ感覚が一瞬あった。

 そのあと、ひどい痛みがあったが気を失うほうが早かった。


 目的も達成できないままこんな形で殺されてしまうなんて……。

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