第2話 ソフィアは自由になった

「うぅぅ……。あれ?」


 ガサゴソ……。

 目を覚ますと、なにかに拘束されているような感じだった。

 だが、私の力でもその拘束を破くことに成功した。


「これって……ゴミ袋?」


 周りを見渡すと、伯爵邸専用のゴミ捨て場。

 どうやら、私はゴミ袋の中に入れられていて、焼却される寸前だったようだ。


「あれ、そういえば私……。剣で斬られたような気がしたけど……」


 自分の身体を触ったり肉眼で確認してみたが、服は剣で斬られた痕があるものの、皮膚は異常なしだ。

 どうやって傷が治ったのかはわからないが、とにかく生きててよかった。


 おっと、このままでは見つかってしまうかもしれない。

 私が入っていたゴミ袋に適当に重そうなゴミを入れてしっかりと縛っておく。

 そんなことをしていると、義父様たちの声が聞こえてきた。


 急いで物陰に身を潜める。


「ソフィアなど婚約破棄されたショックで自害してしまったと領民たちに伝えておけば問題はない。今の領民ならば私の発言を全て信じてくれるからな」

「ふふ……。これでようやく真のスローライフ生活が送れるのですわね」


 義父様と義母様がゲラゲラと談笑していた。


「まさかソフィアが我々の評判のためだけに利用されていたことなど夢にも思わなかっただろう。最期の顔は傑作だった……」

「私も見てみたかったですわ」

「だが、さすがにグロい現場をお前に見せるわけにもいかぬだろう……」


 やはり、二人とも私は死んだと思い込んでいるらしい。

 絶対に生きていることがバレないようにしなければ。


「それにしても不思議な女でしたよね。どんなに怪我を負わせても翌日にはすっかり回復してしまう」

「あぁ。あれも魔法が使えるからだろう……。全くもって不愉快だった。だが、さすがに剣には敵わなかったようだ。心臓の鼓動も停止していることを確認済みでゴミ袋へ収納した」


 え……。

 心臓の鼓動を手で押さえて確認したが、ちゃんと動いている。

 義父様が人工呼吸などしてくれるわけもないし、どうやって再始動したのだろうか。


「ところで、ソフィアのゴミはどの袋だったか? あんなもの臭ってくるからさっさと燃やしてしまおう!」

「それでは他のゴミと一緒に始末しましょう」

「あぁ。骨も残らぬよう粉々にしてしまえ」


 このゴミ処理場一帯を燃やしてしまうつもり!?

 私は大急ぎで見つからないようにゴミ処理場から退散した。


 ひとまず伯爵邸から逃げ出し、夜が更けるまで誰にも見つからなさそうな場所でそっと身を潜めた。

 見つかってしまったら今度は奴隷どころの話では済まなさそうだったから、絶対に捕まるわけにはいかない。


 ♢


 夜中、暗闇の中ひとり足音すらたてないようにして歩き続ける。

 伯爵が管理している領地とそうでない場所あたりまでたどり着いていた。


 私は非力で体力もないと思っていたが、スタミナはそこそこあるらしい。


「これからどうしようかな。もうこの領地にはいられないし」


 どこかに王都があることだけは知っているが、それがどこにあるのかも、どれほど離れているのかも見当がつかない。


 ただ、むしろワクワクしている気持ちの方が強かった。

 義父様たちは私が死んだと思い込んでいる。

 この領地から出ていけば私は自由の身となるのだ。

 危険は多いが、そんなことはもはやどうでも良かった。


「むふふふふふふふ〜」


 今まで感情をずっと押し殺していた分、自由になったことで化けの皮が剥がれたのかもしれない。

 これからは私らしく生きていこう。


 だが、領地の外は危険なことに変わりはない。

 モンスターにでも遭遇してしまえば、一環の終わりだ。


 せめて体力が保つ少しの間だけでも冒険者のように旅をしたい。

 あてもなく、太陽が顔を出す方向へ歩きはじめた。


 初めて領地の外を一人で歩く感覚は、清々しい気分だった。



「おなかすいたな……」


 伯爵邸から出てからすでに三回目の朝を迎えてしまった。

 伯爵の領地は全く見えないところまで移動していて、大きな山もひとつ越えている。


 幸い、歩いている方面に並行して川が流れているのが救いだ。

 水分補給と水浴びと服の洗濯はできるが、食べ物が全くない。


 王都とは一体どこにあるのだろうか。

 ここまで歩いて来れたのだし、倒れるなら目的を達成してからにしてほしい。

 だが、こういう旅も新鮮で心地よかった。


 今日も川沿いにひたすら歩いていく。

 いつもと変わらない散歩だが、今日は初めて普段と違う状況になった。


「馬? 人!?」


 馬の上に人が乗っている。

 しかも馬も人もかなりの数だ。


 人は鎧を身につけていて剣も腰に装備している。

 おそらくはどこかの剣士たちなのだろう。

 だが、その奥には私が旅をするにあたって最も恐れていたソレがいたのだ。


「モンスター!?」


 一つの身体に対して顔が三つもある。

 本で見た記憶では特に危険生物として認定されているケルベロスと言ったっけ。

 初めて見つけたモンスターがとんでもなく強い化け物だなんて、私は本当に運がなさすぎだ。

 騎士団二十人がかりで討伐をしようとしても、倒せたとしても重傷者や死者が出てしまうと本に書いてあった。


 どうやらケルベロスは馬たちを追いかけ回しているようだ。

 幸い、ケルベロスは動きが鈍いようで、徐々に馬たちと距離が離れていく。

 だが、ケルベロスは私のほうに視線を向けてきた。


「げっ!」


 ケルベロスは私に向かって猪突猛進してきた。


 仮にも私が囮になれば馬たちも安全に逃げられるだろう。

 どうせ私の命は今度こそ助からないだろうしせめてあの人たちが助かればと思う。

 まだ目的も達成できていないから死にたくはないが。


 こうなったら、今まで使えなかった魔法を試してみるしかない。


 覚悟を決めたとき、逃げていた馬と上に乗っている鎧をかぶった人たちはこちらに向かってくるが、もう間に合わないだろう。

 これでは余計な犠牲が増えるだけだ。


「私のことはいいから逃げてくださいー!」


 馬の上にまたがっている人たちに向かって大声でそう言った。

 すでにケルベロスに体当たりされるまで十秒もかからないだろう。


 ここにきて、やっぱり怖いという感情が優った。

 任意で発動したことがない魔法では、ただの悪あがきのような行為だ。

 ケルベロスにとっては、私の魔法程度では、虫が止まったかのような感覚にしかならないだろうけれど。

 それでも少しくらいは抵抗したい。

 今までだってずっと奴隷生活に耐えてきたのだから。


 そもそも私、どの属性を使えるのだろう……。

 試しにケルベロスが苦手な炎属性を試してみようか。

 もしかしたら詠唱にビビって逃げてくれるかもしれない。


「えぇと、『炎を渦巻け。ファイアーエクスプロージョン』」


 魔法は属性があって、人によって使える属性が異なる。

 詠唱してみた結果、どうやら私は炎属性を使えるようだ。


 だが、がむしゃらに魔法を放ってしまったせいで、魔力の消費を考えていなかったため、発動と同時に私は気を失ってしまった。

 ケルベロスの餌になるか、それとも粉々にされてしまうか……。


 今度こそ、さようなら。

 私の短かった十五年間の人生。

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