第7話 ソフィアは住居を手に入れる

「この宮殿みたいなお屋敷を私が受け取ってもいいのでしょうか……」

「我々騎士団と王女、さらに国王陛下の命を救った功績はそれほど偉大だということですよ」


 私が想定していた十倍以上の豪華さがある屋敷だ。

 いや、屋敷という類ではなく、もはや宮殿……。

 いくら陛下の命を救ったとはいえ、こんなものを受け取っていいのだろうか。

 しかも、報酬はこれだけではない。


「王金貨って初めて見ましたけれど、金貨の百倍の価値があるんですよね……?」

「そうです。金貨一枚で民間人の平均月収と言われていますね」


 さっきから横で私の護衛をしてくれているアーヴァイン様に質問攻めだ。

 信じられないようなことが起こりすぎていて気持ちに整理がついていない。


「王金貨を五枚ももらってしまったのですが……」


 屋敷と王金貨三枚。

 贅沢をしなければ、これだけで一生のんびり過ごせてしまいそうだ。

 しかも、屋敷に配属していただいた使用人たち全員に対して、陛下のポケットマネーで年俸を払うらしい。


「陛下もただソフィア様に渡しただけではなく、しっかりと周りの利益も考えていると思うので、そんなに恐縮にならなくともいいかと思いますよ」

「どういうことですか?」

「はは……。まぁ、屋敷の中に入ればわかると思いますよ」


 アーヴァイン様はクスりと笑いながら私を屋敷の敷地まで誘導してくれた。

 庭がとにかく広い。

 ここで農園を作って野菜を育てて自給自足生活をしたりするのも楽しそうだな。


 ここでピシッとした黒い礼服を着ている五十代くらいの男性が屋敷の中から出てくる。


「お初にお目にかかります。わたくし、この屋敷の執事長をしておりますウィンと申します」

「え……と、お初にお目にかかります。ソフィアと申します」


 伯爵家にいたころは貴族関連のマナーや言葉遣いなど一切習ったこともなければ、そういう場所に行ったこともない。

 私は現状貴族ではないけれども、この屋敷の周は家は建っていないためとても静かな場所だ。

 少し離れたところでようやく住宅地となるのだが、この辺りの地域には貴族や富裕層の家しかない。

 陛下やアーヴァイン様とも今後関わっていく場面が多くなると思う。


 今から少しずつでも言葉遣いを覚えていかなければ。

 今回はウィンさんの言葉を真似させていただいた。


「ウィンさんは以前陛下の専属執事を務めていたこともある有能なお方ですよ」

「いえいえ、ほんの短い期間ですので」


 そんなに凄い人が私が住むことになる屋敷の専属執事になってしまっていいのだろうか。


「お嬢様は息子の命の恩人でもあります。恩人のために人肌脱ごうと思いまして」

「お嬢様? 恩人?」

「おっと失礼しました。ソフィア様に執事長として採用していただければ今後は主従関係をしっかりする上でお嬢様とお呼びさせていただきたく思います」


 私が使用人(奴隷)として伯爵家にいたときは『おまえは私たちを両親同然で思うように』と命令されていたため、義父様義母様と呼んでいた。

 使用人として活躍できないようにあえて言葉遣いなどは教えてくれなかったのだろう……。


「王女様の護衛の中に私の息子がおりました。当時の状況では逃げるしかなかったところをソフィア様に救っていただけたことを熱く語っていまして。私も息子の救世主のお役にたてれば幸いでございます」


 ニコリと微笑む顔は、私の心を和ませてくれるようだった。

 最初は私などのために申し訳ない気持ちが強かったが、そういうことなら私も嬉しい。

 なにより私は本当の使用人としての勉強もしてみたいと思った。

 ウィンさんから色々と学ぶことができそうだと思っていた。


「では、よろしくお願いいたします」

「はい、それではお嬢様と呼ばさせていただきます。ひとまず屋敷の中へお入りください」


 五十以上は部屋がありそうな屋敷の正面ドアをウィンさんが開ける。

 中に入ると、真っ赤な絨毯が敷かれ、目の前にはお出迎えをしてくれるように綺麗な螺旋階段が作られている。

 おしゃれな屋敷だ。


「「「「「「お帰りなさいませお嬢様」」」」」」


 屋敷の中にいた使用人らしき人たちが全員あたふたしたような動きで玄関口までやってきて一斉に挨拶してきた。

 全員私と同い年か年下くらいの女の子なのが気になった。


「実はここで勤める予定の者たちは皆、メイドとしてはまだ経験不足でして……」


 ここでようやく陛下の意図が読めた。

 貴族家に今後配属されるメイドたちをこの屋敷で教育して一人前にさせようという思惑なのだろう。


「私は全然構いませんよ。むしろありがたいです」


 問題なのは新人教育ばかりやることになってしまうウィンさんの負担が大変なことになるのではないだろうか。

 掃除や洗濯に関しては私も手伝っていこうと思う。


「ありがとうございます。実はここにいる皆、孤児院出身の子でしてな。陛下が一人でも多くの子をしっかりと自立して働けるような環境を作ってあげたいという願いを聞きまして……。わたくしも陛下の協力ができないかと愚考しましてこうして屋敷のメイドとして教育をしていたところだったのです」


 どうやら、私が想定していたよりも状況は過酷だったらしい。

 だが、陛下の気持ちとウィンさんの優しさや気遣いに心打たれた。

 私も元は露頭に迷っていた身だし、しっかりとした場所で拾ってもらっているメイドたちを見て嬉しかった。


「これからよろしくお願いいたします」


 私の屋敷生活が始まった。

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