第8話【伯爵視点】飯が不味くなった
さて、ゴミを始末したことで我が家の使用人がいなくなった。
だが、私のことを慕ってくれる者はこの領地には腐るほどいる。
私がちょっと声をかければ喜んで働いてくれることだろう。
まずは『ソフィアが自害してしまった、私は悲しくて心苦しい』などと言って領民たちからの同情を獲得せねば。
幸い、ここの領民たちは横つながりが強いため、噂の広まり方が異様に早い。
私がその辺の人間に一言告げればすぐに噂は広がるだろう。
おっと、ちょうどいいところに野菜商店の女がいるではないか。
私はすぐに顔面蒼白のような顔をしながら歩く。
「これはこれは領主様。……領主様?」
「ん……? あぁ……、すまぬ。少々考え事をしていて気がつかなかった」
「いったいどうしたのですか? 顔色が悪いですけれど病気ですか?」
「いや、我が家で不幸があってだな……」
「まぁ!! まさか伯爵夫人が!?」
「いや……、メイドとして働いてもらっていたソフィアだ……」
ソフィアと名前を言っただけで女は、なんでそんなに辛そうな顔してんのよといった表情に変わった。
「領主様のところのあの子が……。なにか病気でも?」
「いや、自害してしまったのだよ……。いったいどうしてこんなことに……」
「領主様には失礼ですが、いつかこうなるだろうと私どもは誰もが思っていました……」
「ほう……?」
何故だと言った顔を演技する。
内心、計画通りに進んで気分がいい。
領民たちにはこういった反応をするように仕向けた甲斐があったというものだ。
「あの子は人柄はとても良い子だったと思います。領主様もその辺は認めていたからこそ長い間雇えたのでしょう?」
「ん? ……あぁ、まぁそうだが……」
「でもあの子から時々出てくるビリビリっとした感覚が怖くて、魔法を使える子はこの領地では脅威でしかありませんでした」
「ビリビリ?」
この領地ではわざわざ王都から雇ってモンスターを寄せ付けず、なおかつ領地ないでは魔法の一切を放つことができない結界を作ってもらった。
ソフィアが魔法を放てるわけがない。
あいにく、私は子供のころにやっていた悪事を魔女に見抜かれてしまい、罰として呪いをかけられてしまったことがある。
そのせいで魔力特有のビリビリとした感覚がわからない。
感覚がない状態で魔法など発動されては恐怖でしかないのだ。
魔女のせいで私は魔法が大嫌いになった。
「領主様はたしか魔力の察知ができないご病気でしたよね……。私たちは常日頃から時々感じていて……。結界でも防げない魔法があるのねと怯えていました」
「それを……なぜ皆言ってくれなかったのだ……。知っていたらもっと早く殺(ころ)……じゃなくて対策をしていたというものを」
「領主様のお優しい気配りを踏みにじりたくなかったからでしょうか。ただ、やはり中にはあの子に対して邪魔者扱いをして影では領地から追い出そうとしたりしていた人もいましたが」
そう、それで良い。
私の思惑とは少々ずれていたようだが、どちらにしろソフィアを領地から追い出したい願望は領民たちにもあった。
今はひとまずそれでも良いだろう。
ソフィアはもうこの世にいないのだから。
だが一つ気がかりなのは、なぜ結界の中で魔法特有のビリビリとした感覚が領民たちにあったのだろう……。
領地の結界は魔法なしでも平和に暮らせるようにと、強力な術師たちを集めて作ってもらったものだ。
おかげで、どのようなモンスターであっても領地はおろかその近辺にすら近寄れなくなっているし、領地内では魔法なしの落ち着いた生活ができていた。
ソフィアに術師たちを上回るほどの魔力があるとすれば結界など無意味だが、あの女は魔法を使うこともなかったはず。
どちらにせよ、ソフィアはもういない。
考えても仕方がないしさっさと新たな使用人を雇わねばな。
♢
新たな使用人を雇った。
ソフィアと同い年くらいの女で、ちょうど仕事を探していたのだという。
実家で家事や料理の類はやっていたそうで、あとは伯爵家に仕えるために基礎知識さえ教えれば申し分ないだろう。
と、思っていたのだが……。
「こ……これはどういう味付けをしたら……?」
「お気に召しましたか? 旦那様」
いや、逆だ。
決して不味いわけではないのだが、物足りない。
ソフィアに命じて作らせていた料理と同じものを作らせた。
だが、私の知っている味はこのようなものではない。
妻はこういうときに顔に出やすいのが厄介だ。
まだ雇ったばかりだから仕方がないのもあるだろう。
しばらく練習を重ねればソフィアの時よりも美味いものを食べれるようになるはずだ。
「不味すぎですわね。よくこれで料理をしてきたなどと言えますね」
「も……もうしわけございません!」
やめてくれ。
ソフィアの時は計画的だったため、暴言や暴行を加えても領民たちからは良い領主様で通すことができた。
だが彼女は一般人。
ソフィアのときと同じように接してしまえば伯爵家のイメージを潰しかねない。
「私は美味いと思うが……」
「旦那様……」
「あなたったらどういう味覚を? 病気にでもなったのですか?」
「いや……、そうではないが」
「問題なのは料理だけではありませんわ。掃除だってどうなっているのかしら。指を添えて息をしたら埃が飛び散りました。ソフィアよりも低レベルでは困ります」
「うぅ……」
使用人がすでに泣きそうになっている。
これはかなりまずい。
妻には最初は多めに見ておくように言っていたが、まさかこれほど厳しいとは想定外だった。
案の定、翌日には使用人は逃げ出してしまい、玄関の前には辞職届けが置いてあった。
使用人が変な噂を流さないでくれればいいのだが……。
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