第5話 ソフィアは国王を治す
「これは……」
「実は先日の王女の護衛の際、ケルベロスと遭遇する数日前でしょうか。不意をつかれて別のモンスターに深傷を負わされていましてね。情けない話でしょう?」
「よくこの怪我で今まで平然としていられましたね……」
私だったら痛みで動けなかったと思う。
義父様からの暴行でもここまでひどい怪我は負わされたことはさすがにない。
最後に私を殺そうとしてきた件は別として。
「やってみます。こればかりはしっかり詠唱もしますね。『安らかな癒しを与えたまえ、ヒール』」
アーヴァイン様の深傷がみるみるうちに治っていき、本来の姿であろう割れた腹筋へと戻った。
「おぉ……。元どおりになった……」
これを見ていた騎士団たちは大歓声をあげて喜んでくれているようだった。
「ありがとうございます! なんとお礼を言って良いのやら……」
「気にしないでください。むしろ、私に色々な魔法を使えることを教えてくれたのはアーヴァイン様なのですから。お礼を言うのは私ですよ」
「ソフィア様は自分のした偉業を理解してください……」
アーヴァイン様には本当に感謝している。
おかげで今まで不思議に感じていた謎が解けたのだから。
「もしかして、ソフィア様の回復魔法は病気にも効くのでは?」
「誰か病気にかかっているのですか? 試してみたいです」
「病気にかかっているのは陛下です」
「え!?」
ビックリしてしまい、大きめの声を出してしまった。
♢
国王陛下は医師でも原因がわからないような病気にかかっている。
わかっていることとしては、陛下の命はもう長くない。
立ったり歩いたりすることすら困難な状況である。
私が目覚めたときに陛下が来てくれたこと自体が、寿命を縮めてしまう無謀な行為だったそうだ。
だからアーヴァイン様は最初、陛下に対して歩いてはいけないようなことを言っていた。
陛下のいる王室へ向かう途中、アーヴァイン様が詳しく話してくれた。
「こんなことを急に頼んでしまい申し訳ないと思っています……。ですが、陛下は我が国にとってのかなめであり、民衆からも絶大な人気を維持しております。陛下がこのまま亡くなられてしまっては……」
アーヴァイン様が今にも涙をこぼしそうな顔になっていた。
私は貴族に対してのイメージがあまり良く想っていなかった。
義父様からの奴隷と虐待。
そして婚約者だったドレムからも無理難題を押し付けられていた。
貴族とはそういうものなのかと考えていたのだ。
だが、王都へ来てみてよくわかった。
貴族全員が悪い人ではないんだと。
アーヴァイン様や王女、そして国王陛下が気づかせてくれた。
恩人でもある陛下の病気は、私の魔法で治せるかどうかはわからない。
私は、心の底から陛下をなんとか治したいと願っていた。
次第に私の歩行速度は速くなっていった。
「あ……団長……。陛下の容態が……」
前方から警備兵らしき男が顔が青ざめた表情でそんなことを言ってきた。
「すぐ向かう! ソフィア様、こちらへ」
「陛下……。生きていてください……」
長い回廊を全力疾走で王室へと向かった。
王室の前では警備兵たちが厳重な警戒をしている。
警備兵がアーヴァイン様に気がつくと、すぐに王室のドアを開けてくれた。
「陛下!!」
アーヴァイン様が先に王室へと入った。
私も続けて入室する。
王女が陛下の手を握りしめながら涙をこぼしていた。
その横では白衣を着た老人が必死になって、なにかしらの魔法を陛下に向かって発動している。
間に合わなかったか……。
「主治医よ、陛下はまだ生きているか!?」
アーヴァイン様が白衣の老人に息を切らしながら声をかける。
「状態維持の魔法を放っても辛うじて息がある状況です。保ってあと数時間でしょう……」
「間に合ってよかった……。ソフィア様! 頼みます!」
主治医が状況がよくわからないような表情をしていたが、時間がないから後回し。
私はすぐに陛下のそばに近寄り、回復魔法を試みる。
今回は絶対に失敗したくないため、ありったけの魔力を集中した。
『安らかな癒し、そして身体の異常を全て浄化せよ。メガヒール!』
あれ……。
ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。
手から眩しい金色の閃光が激しく放たれ、陛下の身体全体を覆う。
回復魔法はうまくいったみたいだけれど、回復のしすぎでおかしくなってしまわないことを願いたい。
いっぽう、今度は私の身体がヤバいことにすぐ気がついた。
身体中の血が全て抜けたような感覚が起きてしまい、ケルベロスに魔法をかけたときのようにバタンと気を失ってしまった。
♢
「おぉ……目を覚ました」
「うぅん? はっ! 国王陛下!!」
意識を取り戻して最初に視界に入ってきたのは、心配そうな表情を浮かべている陛下の顔だった。
ひとまずは陛下の意識は取り戻せたようでよかった。
完治できたのだろうか。
「アーヴァイン団長と医師から聞いた。そなたが私の命を救ってくれ、おまけにどうすることもできないと言われていた病までも治してくれたのだと……」
「治ったかどうかまでは私には分かりませんが……。体調はどうですか?」
「生き返ったような感覚だ。今までは常にめまいと身体中の関節が痛みに襲われていた。だが、今は全くそれがない」
「上手くいったようでよかった……」
「私のために身体を張ってまで魔法を発動してくれたこと、心から感謝する。ありがとう」
陛下が地面に片足をつけ、頭を下げてきた。
跪くという体勢だ。
一国の代表がこのような仕草をしてきて、私は大慌てだった。
「あわわわ……顔を上げてください。私はできるかもしれないことをしたまでですから」
「そうか? 礼を言うのは当然の行為だと思うが」
この時点で今までの固定概念が完全に消えた。
義父様が病気で倒れて看病していたときは、治ったときに『タオルくらい迅速に取り替えろ。私の回復力が良いから治っただけだというのに、ソフィアが看病したような気になるんじゃない!』などと言われていたことがあった。
だが、陛下は違う。
こんなにもお礼を言ってくれて、それだけで私は嬉しかったのだ。
義父様や元婚約者のドレムが酷い人間だったというだけだと思えるようになった。
貴族が勝手な人たちだというイメージが、私にはもうない。
「ありがとうございます」
「なぜ、そなたが礼を?」
陛下がニコリと笑みを浮かべながら立ち上がる。
どうやら本当に元気になられたようで私はホッとした。
「医師からはソフィア殿は魔力切れで倒れていると聞いていたが、一晩で意識を取り戻したうえ、回復魔法だけでなく治癒魔法まで使えるとは……。いったい何者なのだい?」
「私もよくわかりません……」
「そうか。これだけ世話になったのだ。そなただけでなくご家族にも挨拶と礼をしたいと考えているのだが……」
「いえ、どうかお気遣いなく……。私には家族がいませんので」
概ね間違ったことは言っていない。
今まで義父様と言っていた人からは奴隷として扱われ、その上殺されかけた。
義父様も最初から、私を道具として使うために路上で拾ったようだし。
だが、私はどうして露頭に迷っていたのだろうか。
本当の両親のことや幼い頃の記憶がごっそりとないのも不思議だ。
「まぁ、無理もないか」
「はい?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ。でもそなたにはしっかりとお礼はしたいと考えている。いや、考えているという言い方は間違いだな。お礼をさせてほしい」
これほどまで言われて、『いいえ、いりません』などと言ったら失礼になってしまうだろう。
今までの私の中の常識は捨てなければ。
ここはお言葉に甘えて素直にしたがうことにしよう。
「ありがとうございます!」
「何度も言うが、礼を言うのは私のほうだよ」
国王陛下のお礼って、一体どんなものなのだろうか……。
美味しいご飯を食べさせてくれるとかだったら嬉しいなと、私は期待していた。
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