第12話 闇の評議会
イタリア共和国、ヴェネト州、ヴェネツィア市近辺
ラザレット ヴェッチオ島(旧聖マリア・ド・ナザレ島)地下深くのシェルター。
2013年1月1日 午前4時25分頃
2012年12月31日 午後22時25分頃(大ボリバル共和国時間)
ノスフェラトゥ卿と呼ばれている主(マスター)が暗闇の中でソファーに座っていた。
主(マスター)は頭を抱えた、予想外の出来事の連続で自分の系統の中の一番有能で戦闘力の高い長寿者(エルダー)のヘルムートを大ボリバル共和国へ派遣したが、あの下品な大統領の人間以上への何かへの転生と彼を開祖(ファウンダー)とする系統(レガシー)の感染爆発(アウトブレイク)を阻止することができなかった。
今いるイタリア共和国とドイツ連邦共和国にいる複数のしもべや人間の協力者を動かしても、人間だった頃の遠縁の主(マスター)でドイツ・ポーランド国境付近のカルパティア山脈にある城に住むオルロック伯爵とも情報共有をしていたにもかかわらず、このような状況になっていた。
「我が主(マスター)、緊急会合の準備が出来ました。」
と黒い執事の恰好をしたしもべが声をかけて来た。
「では繋げ、コンラートよ。」
と声(テレパス)で主(マスター)が命令した。
「仰せの通り、我が主(マスター)。」
とコンラートと呼ばれたしもべが返答した。
20数台のモニター画面が光り出した、そして各画面に一人の系統の主(マスター)が映し出された。
「名誉ある闇の評議会の皆さま方が急遽集まりいただき、感謝する。」
とノスフェラトゥ卿が挨拶した。
「ノスフェラトゥ卿、この緊急会合は例の大統領の転生についてか?」
と茶髪で若い貴族的雰囲気のイギリス人のルスヴン卿が突然質問してきた。
「はい、ルスヴン卿。あの大統領が転生した。」
とノスフェラトゥ卿が返答した。
「日本国系統の主(マスター)の転生以来ですね。」
と禿げた頭と青い皮膚のミイラのような外見をしたオルロック伯爵が言った。
「我が主(マスター)が現在冬眠中であるため、代理で私が出席いたしました。」
と青年の外見をした代理人、公安部の森成利警視監、日本系統最古の長寿者(エルダー)が答えた。
「で、どうするのか。」
と微笑を浮かべながら、ハリウッドの1930年代のホラー映画俳優激似の合衆国在住のアーカード卿が質問してきた。この東欧出身の主(マスター)は評議会の一番新しいメンバーであった、19世紀末から20世紀半ばまでこの評議会の面々と死闘を繰り返し、一時期自分が滅亡寸前にまで追い込まれた時期があったほど。闇の評議会加入は認められたのがほんの20年前のことである。
「ドラ。おっと失礼、アーカード卿、これからその話し合いをするのです。」
とノスフェラトゥ卿が答えた。
他の主(マスター)が一気に話しだし、これからとうすれば良いか協議を始めた。
この協議はすぐ終わった。ロシア人の主(マスター)、ボクレフスキー公爵のしもべや部下が既に数人現地入りしていた、核ミサイル発射可能の最新型ボレイ型原子力潜水艦が大ボリバル共和国首都圏と隣接している州であるファルガス州の海に配置されていた。
評議会メンバー全員が感覚的に察知した数分前に発生したアウトブレイクを生き残った大ボリバル共和国官僚の救出作戦も決定した、救出部隊に最年少2人の主(マスター)の系統から出されることとなった。日本の系統と合衆国のアーカードの眷属が選ばれた。もし官僚が生き残ってなかった場合、新たな指導者を立てる計画まで決定された。
転生監視のために現地入りしていた日本国と合衆国の長寿者(エルダー)にすぐ合流するように命令が出された。
会合は5分で終了した。最初の”挨拶代わり”の声だし以外、全て声(テレパス)で行われたため、無駄話が極力省けられ、結論がすぐに出た。
モニター画面がほぼすべてオフとなり、主(マスター)たちは闇に戻っていた。
森成利はルスヴン卿に話をかけた。
「ルスヴン卿、ご子息の中山新一殿が現地入りしている。」
「知っている。」
と若い貴族の外見をした主(マスター)が答えた。
「我が系統の一番の戦闘プロフェッショナルと共にいます。」
と森警視監が付け加えた。
「黒岩の一族の生き残りか?」
と貴族が質問した。
「はい、その通りです、ルスヴン卿。」
と森警視監が答えた。
「ならば安心だ。」
と言って、ルスヴン卿が画面を切った。
中山新一がルスヴン卿と日本の主(マスター)の遠い子孫の子供で、母の中山一美は新一を産んだ後、日本の主(マスター)により転化し、イギリスのルスヴン卿に嫁いだ。政略結婚である。
彼女は子供を産んだ時にはまだ人間だったため、生まれた新一は太陽の元で活動できるディーウォーカーとなった。純粋な吸血鬼ではないため、おそらく歳を取ることとなるが、二十歳となった1930年から見た目は変わらないので老化現象は極端に遅いと思われている。
本来人間と吸血鬼との間の子供は不可能とされているが、それは誤りであった。吸血鬼が傲慢で自己中心的な人物が多いため、生物的に子孫を残したがらない者が多い。血による闇の子供が一番安易な子孫の残し方ので主(マスター)となる者はほとんどそれを選ぶ。
中山新一、イギリス名:アーサー・シンイチ・ルスヴンが2人の主(マスター)の同盟の証でもあった。画面を切ったルスヴン卿は同じ屋敷にいる妻の一美に今回の作戦と息子の役割は声(テレパス)で伝えた。そして妻の泣き声が聞こえて来た。
ノスフェラトゥ卿はまた暗闇に覆われた部屋の中に居た。
約100数年前、自分の命を絶とうとして、一人の人間の少女を愛した。その少女はこの島で殺され、彼女を殺した人間たちを一人残らず惨殺したが、彼の手に残った血と心に残った深い悲しみは今も感じている。
あれ以来、闇の評議会の穏便派、人間擁護派となった。
そしてこれからも滅ぼされる日まではそのままでいると心に誓った。
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